きれいな色
あたし、雨の日がキライ。髪の毛がモジャモジャになるから……。おやおやおや。ブツブツ言いながら可愛い沙木ちゃんがやってきましたよ♪
雨ふりが続いています。
沙木ちゃんは小学1年生。小学校に入って初めての梅雨の季節です。
「うわぁー! きれいだわ! この、折り紙のくす玉のようなお花」
傘を持ったまま、立ち止まって見とれている沙木ちゃん。
(ええと、え~っとぉ……。ママといっしょにお買い物の帰りに見たときに、ママがお名前を言っていたわ。白いごはんにのせて食べるおノリみたいなお名前だったわ……)
「あ! アジサイ」
沙木ちゃんたら、味付け海苔のことを想像しちゃったみたい。うふふ、おもしろいね! 素敵だね。
アジサイは色が変わっていく不思議なお花です。
(わたし、こんなかっこいいレディになりたいわ! 変身できるなんて、魅力的じゃないっ)
一つの場所に紫色、水色、そしてピンクのお花もうれしそうに咲いています。みんなでおしゃべりしているみたいだよ!?
沙木ちゃんがしばらくお花をみつめていると、ポーンと、小さくて透明な、なにかが飛び上がりました。
「やあ!」
元気いっぱいに手を上げてあいさつをしたのは雨のしずく。
背の高さは、沙木ちゃんのてのひらの半分よりもっとちっちゃい。
よくみるとニコニコ顔だし、おしゃれな長靴もはいているよ。
沙木ちゃんはびっくり。オバケかと思いちょっと怖くなった。
「あ、あなたはだ~れ?」
「ぼくは、雨の妖精。名前は『しずく』って言うんだ!」
とっても小さい、耳かきの先のような手を差し出すしずく君。
沙木ちゃんはおそるおそるしずく君と握手をしました。
そのとき(なんでわたしの手はいつもよりこんなに大きいのかしら?)と思いました。
そう! それはしずく君の手が小さいから、自分の手が大きく見えた、ということかもしれないね?
「しずく君、ここでなにをしているの?」
「ぼくはね、お花や虫たちを守っているんだよ」
沙木ちゃん、興味津々です。
「わかった! あなたは、雨がパパやママね!?」
しずく君はうんうん、とうなずきながら「正解!」とウインクしました。
「ねぇ、しずく君……きいてくれる? わたしはね、雨ふり、キライなの」と言ったあと「あっ」と沙木ちゃんは続けて言い「ごめんなさい」と謝りました。
だって、雨はしずく君のパパとママです。
しずく君のお顔をそっとみる沙木ちゃん。
にっこりしています。
「怒ってないの? しずく君……」
しずく君は明るいお声で言ってくれます。
「怒ったりしないさ」そして「君はどうして、雨がキライなんだい?」ときいてきました。
沙木ちゃんは答えていいんだなと感じて答えます。
「んー……ママにきれいにとかしてもらって、おリボンで結んでもらう髪の毛がね、モジャモジャになってしまうの。それは悲しいわ。それと、お洋服もぬれて冷たくなるよ」
しずく君はまじめに沙木ちゃんのお話をきき「ふむふむ」とうなずいています。
「ねぇ、しずく君、きっと……アジサイさんはいやじゃないのよね? びしょぬれだけど」
「もちろんそうだよ。ぼくたちがいないとお花はさみしがり、咲くことができないんだ。だからこうしてお花のそばにいて見守っているのさ。あ、虫たちもそうだよ。雨が降らないと悲しくて涙をこぼし、涙が涸れてひからびちゃう」
「え、なんですって!」
沙木ちゃんは、それは大変と思いました。
そこへ沙木ちゃんのママがやってきました。
「沙木ちゃん、おかえりなさい。今日はいつもより帰りが遅いからママ、心配したわよ。ここでなにをしていたのかな?」
「うん、ママ……しずく君とおしゃべりしていたのよ」
沙木ちゃんはアジサイの葉っぱの上を指さしました。
あれ?
いないよ? さっきまで葉っぱの上で一生懸命お話ししていたしずく君が。はて……。
ママはキョトンとしながら「しずく君? カタツムリさんでもいたかな?」
「ううん、ママ。涙の形をしていて、お手てや足がはえていた。小さな妖精よ。美しい長靴をはいていたわ」
ママは「ママも会いたいわ、しずく君に……。ママがきたら隠れてしまったということかしら?」
「ンー、よくわかんない。ママ、おやつ食べたい」
「そっか、沙木。じゃあしずく君に会うのはまた今度にしようかしらね!」
ママは優しくそう言って、親子はお家へ帰って行きました。
手洗い・うがいっと! でも……なんだか沙木ちゃんは、さっきしずく君と握手をした手を洗うことを、なぜかさみしいと感じました。
洗面所の鏡の前で、ちょっぴりボンヤリする沙木ちゃん。
キッチンからママが呼んでいます。
「沙木~、手洗い・うがいはバッチリかなー。おいでおいで。クッキー焼けたわよ~」
自分のさみしさを振り払うように、ギュッと目をつぶって沙木ちゃんは石鹸で手を洗いました。
「ママ~、ココア味のクッキー、すごくおいしい! バタークッキーも!」とモグモグしながら、沙木ちゃんは親指をグッドと立てました。
この仕草は「オッケー」とか「やったね」や「とってもすばらしい!」という気持ちを表す、沙木ちゃんお得意の仕草なんです。
次の日は雨がだんだんやんで行っていました。少しの雨です。今日は下校時間も、きのうよりは髪の毛がモジャモジャではない沙木ちゃんは、ごきげんさんの帰り道。
「わ~! つぼみだったお花が咲いているわ。アジサイのお城ね、ここはまるで!」
沙木ちゃんはきのうのように、しばらくそこに立っています。
瞳を閉じて花の王国のお姫さまになっているところを夢みていました。
「またまた、やあ!」
あ、きのうのしずく君だとすぐにわかりました。
声がいっしょだったから。
目をあけた沙木ちゃんは驚いちゃった。だってだって……。
「しずく君……? こんにちは。きのうより体がうんと小さいよ?」
「ああ」
しずく君は腕を組み、堂々とした様子。そして、とても温かい心を感じさせます。
「パパやママが静かに過ごしている。あ、つまり……雨がきのうより少ないだろう?」
「うん、そうね」
沙木ちゃんが返事をすると、しずく君はお話を続けます。
「ぼくは雨でできているからね、きのうより小さいのさ」
それをきいて、せっかく仲良しになったけれど……しずく君はじゃあ、お天気になったらどこかへ行くのかな、と思い沙木ちゃんは、なんだかしょんぼり泣きたくなってきました。
そうして、沙木ちゃんのほうから手を差し出しました。笑顔でね!
「あ、ああ……握手だね!」
なんだかしずく君は照れています。
そうして小さな小さな手を差し出してくれました。
握手をすると、沙木ちゃんはますます自分の手が大きくなったと感じました。
「みたかい? お花、きのうよりきれいだろう? たくさん咲かせたのさ。魔法なら任せておくれ」
しずく君は、鼻高々という感じです。自信のあるお顔です。
「しずく君、その長靴はどこで買ったの? そんな色、見たことないわ。透明なようで透明じゃない、そうしてまばゆいほどに光っているね」
「ああ、これかい? これはじいちゃんが作ってくれたんだ。きみ、霧って知っているかい?」
「き……り。キリギリスじゃなくて『きり』なの? 知らないわ」
「じゃあ、お空の雲は知っているかい?」
「うん」
コクリと丸い目をしてうなずく沙木ちゃん。
「そのね、雲が低いところにあるようなのが霧だよ。じいちゃんは霧の妖精でね、この長靴は霧で形を作り、ある呪文を唱えると色がつくのさ」
「どんな呪文?」
ワクワクしながら、話をきいていた沙木ちゃんが尋ねる。
するとしずく君が、小さな体からとっても大きな声を出した。
「セワァ――――シ! クヨカナナミッ」
(こんな小さな体から、わたしよりも大きな声を出す、しずく君、すごい!)
びっくりしちゃった沙木ちゃん。沙木ちゃんは楽しくなってきて、自分も言ってみたくなった。
「せわあ……せ、なく? あれ?」
憶えられないので、ランドセルから鉛筆とノートを出し、呪文を書いた。
しずく君が丁寧に、一文字ず言ってくれたから書くことができた。
(うふふ! わたしの長靴もおまじないで、きれいな色に変わるかしら。アジサイが姿を変えてゆくように……ランラン!)
その次の日は、おてんとうさまカンカン照り。
沙木ちゃんは学校から帰るとき、今日も夢のようなアジサイたちのもとへかけ寄りました。
「ほんとうにきれいだわ~」
そして、呪文を憶えたので、しずく君にきいてほしいと思って待ちます。
けれど、お花の葉っぱは乾いているし……しずく君は出てきそうにありません。
あまりにもずっと沙木ちゃんがそこにいたので、ママが走ってきました。
「沙木! やっぱりここだったのね~」とママは沙木ちゃんをギュと抱きしめました。
「ママぁ、しずく君がいなくなっちゃったよぉ」
沙木ちゃんはヒックヒックと泣き出してしまいました。
「うん……うん。そうなのね、沙木、さみしいよね」
ママは、沙木ちゃんの髪の毛を大切そうに撫でてくれました。
沙木ちゃんは、お家にかえって夜、ノートの呪文を書いたページをそっと開きました。
呪文をじーっと見ていて、ハッとしました。
“せわあしくよかななみ”
……あれ? あ! さかさまに読んだら「みななかよく、しあわせ」
なんだかハートの奥に清らかな、泉が湧き出る感覚がした沙木ちゃん。
そして沙木ちゃんはニッコリ!
なぞなぞみたい。ありがとう、しずく君!
きっとまた会える!




