『海獣の実』
海辺の町に一人の女性が引っ越してきた。名前は高城 凛。都会での激務に疲れ、祖母が遺した小さな家で静かに暮らすことを望んでいた。
その家の裏手には、立ち入りを禁じられた森があった。住民は口を揃えて言う。「あそこには近づくな」と。理由を尋ねても、どこか歯切れが悪い。
凛はある夜、夢を見る。暗い海の底。赤黒くたわわに実った果実のようなものが、海藻のような触手に絡まれて揺れていた。ひとつの実が弾け、中から眼球のようなものがこちらを見返してくる。
翌日、裏の森で奇妙な匂いに気付いた。潮の匂い。海は遠いのに。奥へと入ると、そこには一本の木が立っていた。木に見えたものは、実際には動かない“何か”の触手が束になっていた。
そこには実が実っていた。柔らかく、ぬめりを帯びた実が、まるで胎児のような形で揺れている。
凛はそのひとつに、夢で見た“眼球”があることに気付いた。
やがて町では異変が起こる。海辺で失踪者が続出。凛の体にも変調が現れる。塩辛い血の匂い。皮膚の下で蠢くもの。
彼女は夢の中で告げられる。
> 「おまえは、種を喰らった。いま、おまえの中で“実”が育っている」
そして気づく。あの実のひとつが落ちたとき、彼女はそれを手にしていた。そして――口に運んでいたのだ。
物語は、静かに、しかし確実に進行する“寄生”の中で終わる。
最後の一文――
> 「彼女の腹部がふくらむたび、海の匂いが部屋を満たしていった。」