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魔王の求婚  作者: 真山空
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前編


 どうしてこんなことになってしまったのだろう――ジノは、土の上に仰向けに寝転がったまま考えた。


 体はあちこち痛む。

 背中には、転がった砂利の感触が伝わり、寝心地だって悪い。

 なにより、目に入った曇天が暗い気持ちを加速させる。


 ――思い出すのは、少し前の出来事。

 荷物と有り金を全部持ち、転移魔法でさっさと逃げ出した仲間……いや元・仲間たち。

 連中とは、一応魔王討伐という目的を掲げて行動する同志だったはずだ。

 その名目で引き合わされたのに、勇者一行として集められた者たちは勇者であるジノに散々殴る蹴るの暴力を振るい罵倒した後、全てを持ち去りいなくなってしまった。

 

 元々、友好的な関係ではなかったが、まさか魔王討伐の最終局面でこんな裏切りに会うとは思わなかったのだ。


「……ひとりになってしまった……」


 ポツリと呟くが周囲に生き物の気配がない荒野では、当然返事がない。

 だからといって……。


「……別に……あんな連中は、いなくてもいいけど……」


 無意識に手に力が入り、地面に爪を立てていた。

 嘘泣き聖女と、それにころっと騙され、もはやただの取り巻きと化していた魔法使いに戦士、弓使いだ。彼らはまるで示し合わせたようにジノを罵倒した。


 曰く、聖女に乱暴を働こうとしたと。


 なんでも魔王の元へ向かう最終決戦を控えた今。この先、何があるか分からないから、せめていい思いをさせて士気を上げろと聖女に迫り、嫌がる彼女を組み伏せた――聖女はなんとか逃げ出して、仲間に助けを求めたため、彼らは正義の制裁を下す、という話だった。


 ジノは寝耳に水の展開に、ついていけなかった。

 それが、隙に繋がった。

 戦士に殴られ、あとは芋虫のように丸まったまま、殴る蹴るの連続。

 最後に唾を吐きかけて、彼らは去って行った。


 お前のようなクズとは、これ以上一緒に戦えない。

 お前が勇者だなんて間違いだとしか思えない。

 最低最悪な存在でも、勇者の矜持くらいあるだろうから、最後の責務をひとりで果たせ。

 

 ――等々、好き勝手喚いて、装備もお金も全部持っていなくなったのだ。

 つまり、勇者一行は最終決戦目前で崩壊してしまった。

 残ったのは、見事に嵌められた間抜けな勇者がひとり。


「……はぁ~」


 ため息しか出ない。

 自分が迫ったとか、勘弁してほしい。

 どちらかといえば被害者だ。


(あの聖女様……)


 最終決戦を前にして不安なのから始まり、私の思いは知っているでしょうと言いだし、とうとう服をはだけて迫ってきた聖女を押しとどめたのに、なぜ自分が悪者にされるのか。まったく、理不尽すぎてついていけない。

 簡単に嘘をつきパーティ内に不和を招く聖女にも、そんな彼女に盲目な男たちにも、がっかりだ。

 だから――あんな連中、いなくたっていい。


「……どうせ、元々邪魔者勇者だったんだから」


 自身に言い聞かせるように呟き、ジノは立ち上がった。

 顔を合わせた時から、そうだった。


 男たちは聖女に首ったけで、常にけん制し合っていた。

 聖女はそんな男たちを喜んで見ていた。彼らは互いをけん制し、監視していた。

 

 それだけならまだしも、疑惑の目はジノにも向けられていた。いや、彼らの馬鹿げた『協定』――決して抜け駆けしないという協定に混じらなかったため、向けられる目は一際厳しく、ジノは孤立していたに近い。

 ジノにしてみれば、なんでそんなものに加わらなければならないのか分からなかったから断っただけなのに。

 選ばれた勇者というのも気に食わない要素だったらしい。男たちは、ジノをやせっぽっちでガキみたいな顔した野良犬と呼んだ。聖女が常に庇っていたが、彼女のその行動が純粋な優しさからくるものではないと分かったのはわりと最初のうちだ。


 仲間意識なんてない。けれど、それでもなんとかここまできた。

 あとは、魔王と対峙するだけだったのに……。

 今さら新しい仲間を見つける時間はない。

 もしかしたら、連中はそれが狙いだったのかもしれないが――ジノには確かめる術がない。

 魔王を倒せなければ困るのは連中も同じだろうに、と思ったが……きっとうまく嘘をつくんだろう。


 平民出の勇者であるジノと、華やかな聖女様と彼女に侍る見目麗しい男共。どちらの口から出る言葉を信じるかといえば――。

 

(貴族はきっと、あいつらを信じるんだろうな)


 そうすれば、きっと今のようにひとりで倒してこいなんて言われるに決まっている。

 だったら、このままひとりで戦うだけ――だけど……と、ある少女の顔が脳裏に浮かんだ。


 王侯貴族の中にいて、たったひとりだけ、自分を信じてくれるだろう存在だ。レティ――同じ村で育った、ジノの幼なじみ。ジノが勇者に選ばれるよりはやく、王都に連れて行かれた親友。


 再会を果たしたとき、とても喜び……ジノが勇者として魔王討伐に旅立たねばならないと知って、誰よりも案じてくれた彼女とは……必ず戻ると約束していたけれど……。


「……ごめん、レティ……。約束、守れないかもしれない」


 心配そうに見送ってくれた幼なじみの名前を呼ぶ。

 無事に帰ってきてくれと言っていたあの子は、この顛末を知り泣くだろうか。


 国を出る時、彼女からお守りだと渡された首飾りを握り、ジノは目を閉じた。


『ジノ、ジノ、どうか無事に帰ってきてね』


 別れ際の幼馴染みの顔を、最後に聞いた声を思い出すと、とたんに寂しい気持ちになる。

 

(もう、二度と会えないかもしれない)


 ジノの手は、小さく震えていた。

 それでも――自分は行かなくてはいけないのだと、己を奮い立たせ……立ち上がった瞬間、大地の感触が消えた。


「たいそうな覚悟じゃな、勇者」

「――え」


 揶揄するような女の声。

 パッと顔を上げれば、そこは荒野ではなく屋内――荘厳な雰囲気が漂う、城の中だった。

 ジノが、ここは城だと予想できたのは、視線の先に玉座があったからだ。


 そして、そこに悠然と腰掛けているのは妖艶な雰囲気の美女だった。

 直接顔をみたのは一度だけだが、忘れられないほどの存在感――この美女こそ。


「……魔王……」

「ふふ。我の顔を忘れずにいたか。……ようこそ、我が城へ。ふたりきりで会うことが出来て、嬉しいぞ」


 微笑むと、美女の姿をした魔王は玉座から降りてくる。


「――まさか、そっちから招いてくれるとはね。……手間が省けたよ」


 ジノは剣を手にした。

 しかし、魔王は戦闘態勢に入らない。

 微笑んだまま、おっとりとした口調で尋ねてきた。


「なあ、勇者。辛い目にあってまで、なぜ戦う?」

「――っ」

「仲間だったか? あの連中に裏切られたのだろう? 理不尽な目にあって、なぜ他人の代わりに戦わねばならない」


 魔王は、見ていたのだ。

 自分たちが仲間割れして――最終的には、見捨てられた勇者の姿を。


 ならば、甘言で自分を取り込むつもりだろうか。それとも、油断させて殺すつもりか。

 ジノは油断なく魔王を見据えながら口を開いた。


「たしかに、仲間たちとは決別した。向こうと私は、理解し合えなかったから。……でも、戦うことはやめない。笑っていて欲しい人達がいるから、誰に馬鹿にされても裏切られても、たとえひとりきりになったって、私は折れない」

「ふむ」


 魔王は、考えるように首を傾げる。

 そして――笑った。


「やはり勇者、そなたはいい。実にいい」

「……何だって?」

「我はそなたを気に入っておる。人の中にあって唯一といっても過言ではないくらいにな。だから――そなた、我と結婚するがよい」

「…………」


 ジノは真面目な顔は崩さず、しかし内心で疑問符をばらまいた。

 今なにか……おかしな幻聴が聞こえたぞ、と。


「どうした勇者。突然の申し出に戸惑っているのか? さもありなん。だが、案ずることはない。我は魔王。万物を超越せし存在故に――そなたが望む姿をとろう」


 勝手に話し出した魔王の輪郭が揺らいだ。

 かと思うと、妖艶な美女が立っていた場所には入れ替わるように愛らしい幼女が立っている。


「この通り。老いも若きも思うがままだ。幼い姿がよいのなら、望むとおりに。成熟した姿を好むならば、そのように。全てはそなたの為すがままだ。さあ、どちらがいい?」

「どっちって……」


 ジノは思った。

 なぜ、自分はこの手の災難にばかりあうのだろうと。


 聖女に乱暴しようとした嫌疑の次は、幼女趣味の疑いをかけられている。 

 同じ日に、立て続けに――最悪だ。

 疲弊したジノの精神は、とうとう勇者の振る舞いというものを放棄した。

 口調も取り繕わず、だるそうに言う。


「はぁ~……私は女だ。どちらも結構」

「なんと!?」


 幼女姿の魔王が素っ頓狂な声を上げるのを見て、ジノは「やっぱり……ここでも勘違いされていた」と大きなため息をついたのだった。


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