あの時、あなたがいてくれたから
夕暮れ時。
支部の受付カウンターに、ひとりの中年男性が立っていた。
ミーナは慌てて対応に出る。
「いらっしゃいませ。本日はどのような──」
「ああいや、仕事の相談じゃないんだ」
男性は苦笑して、手にした小さな包みを掲げた。
「昔、ここで世話になったもんでな。お礼が言いたくて、寄っただけさ」
ミーナは、目を瞬いた。
「もしかして……以前、こちらで斡旋を?」
「ああ。もう何年も前になるがな」
男性は懐かしむようにカウンターを見渡した。
「正直、あのときはどん底でよ。何もうまくいかなくて、ここに来るのも怖かった」
ミーナは、そっと手帳を開きながら話を聞く。
「でも、担当してくれた人が、俺の話をちゃんと聞いてくれてな」
「焦らなくていい、って言ってくれた。おかげで、今も細々とだけど、仕事続けられてるよ」
その言葉に、胸の奥が温かくなる。
「担当者……どなたでしたか?」
男性は少し考えてから、照れくさそうに笑った。
「たしか……ゴルザンって名前だったかな」
ミーナは、思わず顔を上げた。
ゴルザン。
かつて、支部を支え、現場を愛し、そして去っていった男。
「そっか……」
小さく呟きながら、ミーナは胸の中で、そっと頭を下げた。
(ゴルザンさん。あなたが蒔いた種、ちゃんと芽を出してます)
男性は、包みをカウンターに置くと、にかっと笑った。
「これ、みんなで食べてくれ。たいしたもんじゃないが」
「ありがとうございます!」
深く頭を下げるミーナに、男性は手を振って帰っていった。
夕陽が差し込むカウンターに、小さな包みがぽつんと残される。
ミーナは、それを両手でそっと抱えた。
(仕事の斡旋って、“その人の今”だけじゃないんだ)
未来へ続く、長い道のりの最初の一歩を、ただそっと支えるだけでもいい。
そんな仕事が、ここにはあったのだ。
静かに目を閉じる。
胸の奥に、確かなものが根を下ろしていく感覚。
──私は、ここで、立派な仕事斡旋人になるんだ。
ミーナは、夕焼け色に染まった支部の中で、小さく拳を握った。
明日もまた、ここで誰かを待とう。
誰かの未来に、そっと手を差し伸べるために。