書類の山と、一杯の紅茶
午後のラストリーフ支部は、書類の海だった。
窓口業務の合間を縫って、ミーナは資料室にこもっていた。
机の上には、手つかずの旧式業務記録の山。
「……これ、整理しといてって、簡単に言いますけど……」
つぶやきながら、積み上がった紙束を前に、ミーナは途方に暮れる。
ハナミから渡された「ついでに片付けといて」セット。
その中には、何年も前の帳簿、手書きのメモ、斡旋記録──さまざまな書類が無造作に突っ込まれていた。
(まるで、支部の歴史そのものみたい……)
手に取った一枚は、かすれた字でびっしり書き込まれた斡旋記録だった。
──依頼人名、希望職種、面談時のメモ──
そこには、数字だけではない、生きた言葉があった。
『少し不安そうだったが、目を見て話せば笑顔を見せた』
『子供の学費のため、何とかしたいという思いが強かった』
『緊張していたので、まず天気の話から始めた』
(こんなふうに、記録してたんだ……)
ミーナは、そっと指先で紙面をなぞった。
ただの業務記録じゃない。
ここには、人がいた。
支援する側も、される側も、迷いながら、必死に向き合っていた痕跡だった。
(ゴルザンさんたちのやり方って、こういうことだったんですね……)
知らなかった。
いや、知ろうとしなかったのかもしれない。
効率化、標準化。
もちろん、それも大事だ。
でも、ここには確かに「顔の見える仕事」があった。
ミーナは、資料を一枚ずつ丁寧にめくっていった。
昔の斡旋記録には、嬉しい報告も、失敗した記録も、ありのまま残されている。
『初日は緊張していたが、三日目には笑顔が増えた』
『配属後一週間で自主退職。原因は仕事内容とのミスマッチか』
良いことだけを書いているわけではない。
けれど、どの記録からも伝わってきたのは、現場で働く人たちの「誰かを支えたい」という真剣さだった。
(私も、こうありたい)
そう思った瞬間だった。
「お疲れさま。お茶、入れたよ」
ふわりと香る紅茶の匂い。
振り向くと、ハナミがマグカップを二つ持って立っていた。
「ついでだから、あんたの分も。感謝しなさい」
ぶっきらぼうな言い方に、思わずミーナは笑ってしまった。
「ありがとうございます!」
マグカップを両手で受け取ると、じんわりと温かさが伝わってきた。
「書類の山も悪くないでしょ。あんたが未来につなげればいいのよ」
ハナミはそう言い残して、さっさと部屋を出て行った。
ミーナは、紅茶をひとくちすする。
ほんのり甘い香りと、温かさが胸に染みた。
(……うん。私も、未来につなげよう)
資料の山にもう一度向き合いながら、ミーナは小さく決意を固めた。