この人に向いている仕事、だそうです
求人票のファイルを抱え、ミーナは談話スペースに戻った。
その手には、依頼人の申告シートと、分厚い求人票の束。
「えっと……この人に、向いてる仕事……」
依頼人の書いた内容は、空白だらけだった。
かろうじて読み取れるのは、「細かい作業が得意かも」という一言と、以前の仕事で「書類整理を任されたことがある」という短いメモだけ。
(……それだけじゃ、何を勧めたらいいかなんて、わからない……)
本当なら、もっと話を聞いて、背景や想いを知ったうえで、仕事を提案したかった。
でも今のルールでは、それは「非効率な個別対応」扱いだ。
「支部長に提出する推薦理由は、数値化された根拠付きで」と、あの仕様書にも明記されている。
ミーナはそっと、ため息をついた。
(これじゃ、お仕事の斡旋じゃなくて……ただの書類回しじゃないですか……)
手元の求人票に目を落とす。
『文書整理スタッフ募集』
『地元組合の書類管理業務』
『経験不問・コツコツ作業歓迎』
(……うん、これなら……たぶん、大丈夫……)
求人票の条件と、依頼人の「細かい作業が得意かも」という一文を、なんとか結びつける。
「……よし」
ミーナは一枚、求人票を選び取った。
カウンターへ戻り、待合席で不安そうにしている依頼人に声をかける。
「お待たせしました! こちらの求人、いかがでしょうか?」
依頼人は、恐る恐る求人票を受け取った。
視線が文字をなぞる。
「……文書整理、ですか」
ミーナは、必死に笑顔を保つ。
「はい! 細かい作業が得意だと伺いましたので、きっとご活躍いただけるかと……!」
依頼人は小さく頷き、求人票を握りしめた。
「……わかりました。やってみます」
その表情は、決して明るくなかった。
(……本当に、これでよかったのかな)
ミーナは、依頼人を見送りながら、胸の奥でそっと呟いた。
カウンターに戻ると、アルフォード支部長が手元の帳簿に何かをメモしていた。
ちらりとこちらを見て、ひと言だけ。
「適正と求人条件の整合性は取れていますか?」
「……はい。一応、条件は一致しています」
自分でも驚くくらい、乾いた声だった。
アルフォードはそれ以上何も言わず、また帳簿に目を落とす。
(数字の上では、問題ない。でも……)
胸に残るのは、言いようのない違和感だった。
まるで、心を置き去りにしたまま、仕事だけが進んでいくような。
ミーナは小さく首を振り、次の依頼対応に向けて求人票の整理を始めた。
今日も、支部は静かに回り続ける。