椅子の並びが、戻ってきてるな
支部の談話室。
アルフォード=グレインは、静かに扉を押し開けた。
静かな午前中の空気の中、椅子と机がきれいに並んでいるのが目に入る。
──かつては、少しずつ乱れていた。
誰かが急ぎ足で通りすぎ、椅子を適当に引きずった跡。
書類や荷物が無造作に置かれ、通路が狭くなっていたこともあった。
だが今は、椅子はきちんとテーブルに収まり、通路もすっきりと開いている。
(……微かな変化だが)
アルフォードは、心の中で小さく頷いた。
その時、談話室の奥で、静かに椅子を直している男の姿を見つけた。
マルコ。
支部の施設管理を担う、無口なドワーフの老職人。
彼は、誰に頼まれるでもなく、ひとつひとつ、椅子の向きを揃え、脚を揃え、微妙な位置調整までしていた。
無駄な動きは一切ない。
気づかれない場所でも、当たり前のように整えている。
アルフォードは、しばらく黙ってその様子を見ていた。
やがて、マルコは椅子の高さをわずかに直しながら、ぽつりと呟いた。
「……椅子の並びが、戻ってきてるな」
その言葉に、アルフォードの胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
数字には現れない。
報告書にも書かれない。
けれど、たしかに支部には、少しずつ、前とは違う空気が流れ始めている。
誰かが気づき、誰かが動き、誰かが守ろうとしている──
そんな微かな連鎖が、ここにはあった。
アルフォードは、静かに談話室を後にした。
胸の内には、わずかな手応えと、これまでにない確かな希望が宿っていた。




