第十六話 憤慨するバレット
「お前は確かクズ野郎が生んだ女じゃねえか」
バレットはヴィゲブランタを抱えて、他の商品を目をキラキラと輝かせて興味深く見て回っていたが、ふと聞こえてきた男の言葉が妙に気になり、後ろを振り返った。
漆黒の衣装を身に纏った鋭い眼光の男が、メリサをじっと見つめていた。2人の間で何があったのかは雰囲気では分からなかったが、メリサは男を睨み付けているようだった。瞳の奥に複雑な感情を抱いているように、バレットは感じた。
フレイも気付いたようで、バレットと同じように、メリサと男の様子を見ていた。メリサと男はいったいどういう関係なんだろうか?
「ほう、そこにいたのか」
バレットは首を傾げながら様子を見ていたが、男がよく分からないことを呟いたのが聞こえ、目をパチパチと瞬かせた。
「クズ野郎を国外追放したはいいが、肉体だけで、魂がないのが気になっていたんだよな」
男はそう言いながら、メリサの赤毛を睨み付けた。ますます男の言っている意味が理解できず、バレットは頭をポリポリと搔いた。当のメリサは理解しているらしく、表情を一変させた。その表情からは恐怖と不安が感じ取れた。
すると、2人の様子を伺っていたフレイの雰囲気が変わったのをバレットは敏感に感じ取った。フレイの皮膚の表面には今の心情を表しているかのように、血管が浮かび上がっていた。血管には小さな炎の粒子が流れているようだった。
「……お母様は私が守る。炎顔」
フレイが呟いたのと同時に、左目の小さな口から炎が出現したのが見えた。炎は瞬く間に、フレイの顔を象っていく。フレイに瓜二つの炎は凄まじい勢いで、男に向かって突き進み始めた。炎に気付いた男が、チラリとフレイを一瞥する。
「フレイちゃん?」
メリサも気付いたらしく、驚いたように、フレイに視線を向けていた。その目には戸惑いと困惑の色が見て取れた。
「母親の様子に気付いて怒ったか。仕方ないな。術式“五曲蔓延月華”」
男が呟いた瞬間、右腕に術式が浮かび上がる。右の掌から五枚の月の形をした花が出現したかと思うと、澄んだ音色を奏で始めた。
その直後、フレイを象った炎の形が崩れて霧散するかの如く消え失せ、バレットは目を見開いた。次の瞬間、フレイが後ろ向きに石畳に倒れ伏し、手からレイヴォステンが滑り落ちて割れた。口から泡を吹き出し、白目を向いていた。どうやらフレイは失神したようだった。
フレイの身に何が起きたのかは分からなかったが、男の仕業であることは間違いなかった。回りの人々が何事かとざわめき出した。
「ガルルルゥ!」
バレットは咆哮をあげ、男に殺気をぶつける。フレイを失神させられ、穏やかなままでいられるはずがなかった。
バレットは体を覆う炎を右手の指先へと移動させると、巨大な鉤爪を形成した。軽く深呼吸した後、男の背後へと瞬時に移動する。
「ガルルルルルルル(炎之鉤爪)」
バレットは男の背中に向かって、炎で形成した巨大な鉤爪を振り下ろした。男は左に半歩移動して、巨大な鉤爪を避けた。体勢を整える前に、バレットは男に蹴り飛ばされてしまう。けれど、あまり痛みを感じなくて、男が手加減したことが本能的に分かり、バレットは下唇を噛んだ。口の中に鉄の味が広がった。
「バレットちゃん!」
メリサの叫ぶ声が聞こえ、チラリと視線を向ける。メリサの両腕に術式が浮かび上がり、手のひらをフレイに向けていた。フレイは光の粒子に包み込まれ、口から吹いた泡が消えている。よく分からないけれど、回復系の術式を使用しているのかもしれない。
「フレイちゃんを失神させられて怒るのも無理はないけど、その人は何も悪くないのよ。いろいろあって、私が複雑な感情を抱いているだけ。だから、バレットちゃんはその人と戦う必要はないの。こっちに来て、フレイちゃんを起こすのを手伝ってくれる?」
バレットは男を一瞥すると、メリサとフレイの元に駆け寄った。どうせ戦ったところで、男に勝てないことは分かっていた。手加減されたこともそうだが、どことなく強者の雰囲気があり、余裕を感じるのだ。未熟な自分では勝ち目がない。それに当事者がそう言うのであれば、逆らう理由はなかった。
「うぅっ……お母様」
バレットがメリサたちの元に辿り着いたタイミングで、フレイが軽く頭を振りながら、目を覚ました。
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