禁忌魔術"LOVE TRIGGER"
あれから、どれだけ時間が経ったのだろう。
異様に重い体を起こし、目を開けて周りを見ようとする……が、その前に嫌でも目につくものがあった。
「む、虫ッ……!?」
手首や首筋を這いずる百足の感触。
胃袋から一気に込み上げてくる何かを無理やり飲み込み、状況を理解しようとする。
だがその僅かな冷静さは鋭い痛みにより消え失せる。
「いだああぁぁ!?!?」
「叫ばない、で……」
パニックになり続ける両眼が捉えたのはまるで屍のような人。最早それを人と呼んでいいのかすら分からない。
ボロボロの黒衣の服装、朽ち掛けた包帯や真新しい包帯をぐるぐる巻きにした顔。こちらを見るその瞳はまるで暗闇に瞳だけが浮かんでいるようにも見える。帽子は破れ、片腕はもうただくっついているだけのようにぶらりと揺れる。
「驚かせて、ごめんなさい、ね……私は、魔女。亡者の魔女。貴方のお母様……森の魔女に、恩がある。」
そう言い、亡者の魔女はいまだ噛み続けている百足を引き剥がしてくれる。細い老婆のような指が傷跡をなぞればたちまちに痛みは引いていく。
吸い込まれるような瞳を覗けば、その目から哀しみが溢れ出すように涙がこぼれる。
「綺麗な、瞳。あの人に、そっくり」
そう呟いて、亡者の魔女は自分の服で涙を拭う。
「私に、ついてきて。今なら、やっと、森の魔女に恩返しができる」
白い手が、目の前に差し出される。
その手を握る。
暖かい。
その温もりにどこか親近感を覚える。
薄暗い道を歩いていくと、やがて亡者の魔女が住処にしているらしい空間につく。
魔女は私を椅子に座らせると、目の前に座って私の瞳を覗いてくる。
「私の、言葉に続いて同じ事を、言って」
1つずつ深い息を吐きながらその魔女は言う。
私は魔女の言葉を聞き、頷いた。
"I will redo my deeds."
"私は 私の行いをやり直す。"
"I have something I must accomplish, even if it means turning the world against me."
"私には、世界を敵に回してもやり遂げなければならないことがある"
"Reach out to the cold world. I don't care if it brings ruin or salvation."
"冷たい世界へ手を伸ばす。それが破滅になろうと、救いになろうと構わない"
"Because I want to feel the warmth of my loved ones."
"大切な人の温もりを感じていたいから。"
"Forbidden magic "LOVE TRIGGER".
"禁忌魔術 『ラブ・トリガー』"
…だが、唱えても何も起こらない。
「…もっと、強く願って……魔力を、流し続けるの……」
魔力を練り続け、2人の足元に開いた巨大な魔法陣へ流し込んでいく。
体の内側から削ぎ落とされていく感覚。
「……し、………で。こ…………よ。」
薄れゆく意識の中、視界が捉えたのは、胸元が開き、心の臓をさらけ出した亡者の魔女の姿。
「もっ、と、強く…………!」
亡者の魔女の言葉に押され、更に魔力を流し込む。
「……その、調子……魔力は、そのまま…で………あと、よろしく、ね………リーべ、ちゃん…………」
パン、と軽い銃声のような音がする。
感覚が鈍くなった体に、生暖かい何かがかかる。
魔女が倒れるのが見えた。
……ああ、私はただの盛大な自殺に巻き込まれたのか。
『と……な……いで』
耳元で話す声。
薄らとだが、霊体が見える。
魂のような、それだけでは個人と特定つかないものが。
『とめないで』
そう言われても、魔力がこれ以上持ちそうにない。
意識も飛びそうなのに、これ以上は……
『諦めないで』
目の前に、久しい人の姿があった。
『あの子の残った魔力をあげる。貴方ならこの魔術を完成出来るわ、頑張って』
「ッ……!?」
半透明の母の手が胸元に当てられる。その瞬間、身体の許容量を超える魔力が流れ込んでくる。
『全力で、続けるの。あと少し、頑張るのよ』
魔法陣へ魔力を送り続ける。
いくら流しても、身体の魔力が減らない。
それほどまでに私の許容量は少なく、亡者の魔女がどれほど無理をしていて、その上まだ私の事を気にかけ、最後に自身を捧げられる魔術を仕込む程には余裕があったことを痛感する。
捧げられた血が、人の形になっていく。
それに肉付けされていくように、身体が形成されていく。
脚、身体、腕、頭……と、どんどん形成され、やがて完全な母がそこに居た。
「よく、頑張ったわね……」
笑顔で抱きしめられる。その温もりは実に数年ぶりに味わうもので、どうしても、どうしても、欲しかったもの。
「おかあ、さん…………!」
目から大粒の涙が零れていく。力が入らない体で、母に抱きつく。
「あなたのこと、ずっと見ていたわよ。辛かったわね、寂しかったわね……苦しかったわね……」
「ぁ……あああぁ……っ……ああああああああぁぁぁ………!!」
「良いわ。泣きなさい。
──あなたも、ね?」