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もう一度、魔女の母に会いたくて。  作者: ジデン タツバ
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断ち切れず、涙は溢れて。

時間というのは経つのが早く、あれから湖の魔女に会いに行ってからもう数ヶ月。

今でも母を思うとしっとりと目元が濡れてしまう。

会いたい、逢いたいと願う度に涙が溢れてやまない。

掃除して綺麗になった家を眺め、叶わない夢と妄想を抱き、また1つ涙を流した。


「……いけない、今日はあの人が来るのに……」


急いで涙を拭い、もてなしの準備をする。

苦労して買ってきた街の茶葉とケーキ、焼き上げておいたクッキー。


世間が魔女に向ける視線は迫害や偏見に似たソレだ。だから、魔女たちの間では人の住む街で買える物品はそこそこの高級品として親しまれている。


「これであの人は満足してくれるかしら」


その時、コンコンと扉が叩かれる。


「鍵は空いてるわ?いらっしゃい」

「お邪魔するね」


顔見知りの魔女だ。今日はわざわざ向こうからこちらへ出向いてくれた。そして私があの時会いに行った湖の魔女でもある。


「ひとり暮らしは慣れたかな?」

「ええ、慣れたわ。お母さんが残してくれた家具も修復して、こうしてゆっくりお茶ができるくらいにはね」


無意識に「お母さん」と出てしまい、それだけ自分にとって大切な人だったんだと、カップにお茶を淹れながら実感する。


「大丈夫?」

「…うん、大丈夫」


森はあの日と変わらず、静かに佇んでいる。

変わったのは人だけだ。相も変わらず静まり返り、人も、獣も拒む闇。その暗闇をぬけた先にあるこの家。


「まだ人間は苦手?」


その言葉の返答に3秒ほど遅れて「うん」と答えた。

苦手だし、嫌い。

あんな奴ら、一生許さない。そう決めている。

今でも奴隷だった時のことを覚えている。

冷たい鉄製の首輪、手枷と足枷を掛けられ、体の自由すら許されない日々。

その3つが外されるのは外に出ることが出来る僅かな時間。

でも逃げようとすると手首から電流が走って。


思い出すだけで吐き気がする。

マフラー、腕時計もつけようとすればフラッシュバックしてしまって。


「大丈夫かい?」


その言葉で飲み込まれそうになった自我が戻る。

深呼吸をしながら大丈夫だ、と伝えて自分が作ったお菓子を食べる。

口の中に広がるバターの風味が気持ちをなだめるように広がる。


「んん、美味しいじゃないか。前の魔女もなかなかだったけど、君は下手したら彼女より上かも」

「本当?」

「うん。ここに入り浸っていた私が言うんだ、間違いない」


はっはっは、と心底愉快そうに笑ってくれる。


「……まあ、茶番はここまでにして本題に入ろうか。美味しいお茶菓子をご馳走にしてくれてありがとうね。」

「褒められることでもないわ。」

「あの魔女の事を少し忘れたい、と言ったね。それはどういうことだい?」

「……それは、単純に……思い出して、辛いから」

「私は反対だね。」


きっぱりと言われる。

空いた口が塞がらないくらいには驚いている。


「いいかい?昔からよく言われることだけれど人は他人に忘れられた時に完全に死んでしまうんだ。今君が泣いたり、悲しんだり……怒ったり出来るのは、『彼女』のおかげなんだ。君が思い出せる彼女の姿は?」

「……物静かな人で、でも私にはとても優しくて、他の魔女とも楽しそうにお喋りしてて……私より背が高くて、綺麗な顔、深い青緑の瞳をしてて……」

「声は、思い出せる?」

「……声?」


そう言われると思い出せない。

飽きるほど聞いていたはずなのに、記憶のどの引き出しにも入っていない。


「人って死んだその人の声を真っ先に忘れるらしいんだ。私だって死んでしまった仲良しの魔女が4、5人居たけど声までは覚えてない。でもそれでいいんだよ。それは君がまだ人である何よりの証拠だから。彼女を覚えていてやってくれ。君のお母さん(森の魔女)は君を愛していた余りに狂ってしまったんだ。あの憎たらしい顔に何度も助けられた恩がある。死にかけた時に真っ先に駆けつけて必死に看病してくれた恩もある………とてもじゃないけど、返せないくらいに……あの人に、恩が……」


ポツポツと机に水溜まりができる。整った魔女の顔が涙で崩れていく。


「君が攫われた時、私は何も出来なかった……一緒に行って、助けてやればよかったって今でも後悔してる。あの日、私が駆けつけた時にはもう遅かったんだ……焼かれていく彼女をただ見ることしかできなくて、でも……彼女が叫んだ言葉はしっかりと分かってしまって……頼む。彼女のことは記憶に残る限りずっと覚えてやっていて欲しいんだ……私からのお願い、わがままだ……頼む……」


…知らなかった。この魔女も、お母さんに思い入れがあるなんて。こんな時、お母さんならなんて言うんだろう。


「大丈夫、私はずっと覚えてる(覚えているわ)それが私に(それしか私に)出来る方法なら(出来ないなら)ずっと(永遠に)覚えてるよ(覚えていてあげる)


涙を浮かべたままの魔女が目を見開いて、すっと微笑んだ。


「……なんだ、すぐそこにいるじゃないか……」


既に涙で崩れ、その目を帽子で隠した魔女の顔に笑みが浮かんだ。何故だか、ほんのりと身体が暖かくなった。懐かしいような、でも感じたことは無い感覚。不思議だった。


*


やがてあの魔女も自分の家へと帰り、1人になった。

既に日は落ちて暗くなっている。


魔女の手元と机には綿と何種類かの布がある。


……数時間後。


「……出来た!」


不器用だが、母の形をした人形。

今はこれでいい。

見ているだけで心満たされるような、そんな感覚。


思わず胸に抱く。

温もりのない布が、とても暖かく感じる。

お母さん、お母さんと声に出して。

会いたい、逢いたいと何度も願って。

でも死にたくはなくて。

もっと話したかった。もっとあなたのことを知りたかった。

でも知るにはいささか幼すぎて。

あの時、貴女は『自由になりなさい、愛しの我が子』と言った。私にだけそう聞こえるように言った。

嬉しかった。でも、それと同時に後ろ髪を引かれる感覚がして。あなたを置いて行きたくないのに足は前へ前へ進んで。

もしも許されるならもう一度お母さんにあいたい。

綺麗な手で、私の頭を撫でて、

髪を手櫛で流しながら…


お母さんの声を、聞きたい。


『おやすみ、リーベ』、と亡き母に囁かれる妄想を抱き、今日も1人ベッドに潜り込む。

気を紛らわすための母の人形を抱きながら。

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