1
ユウナがシンをうっかり煽ったせいで、カップル成立大作戦を続けなくてはならなくなってしまった。
『くうっ……! あたしのバカ!』
いくら後悔しても、手遅れである。
それに、ここで引き下がれば、シンに絶対バカにされる。「あんな強気なご発言なされていましたが、口だけだったようですね」と笑われるに違いないのだ。
『ぐぬぬ……。こじらせカップルを素直にさせる方法ねえ……。』
どうにか頭をひねり、宙返りをして、深く深く考えて、とある言い伝えを思い出す。
『そうだ、神父職だけが使える祝いの歌を歌えば、二人のこじらせも治るのでは?』
魔法にはいくつか種類があるが、特定の種族や職業しか使えない魔法もある。
祝いの歌は、神父職にしか使えぬ魔法だ。
その効力は、奇跡。
神がかりな奇跡を起こすことができるのだ。
我ながらいい提案だと思ったが、シンの顔は曇る。
「私は、……歌が苦手なんだ。昔から、あれだけはできない」
『へえ、神父なのに? 魔力不足なの?』
「……そうではないんだがな。それに、あの歌は世間で言うほどの効力はない。高名な神父なら絶大な力を発揮するが、それ以外の歌は気分が落ち着く程度だ」
『うーん、だめかあ……。なら……。うん、そうだわっ!』
ミツバチに肉をプレゼントしても意味はない。
ドラゴンに花の蜜をプレゼントしても意味はない。
ターゲットの好みを詳しく知らなくては、的はずれな作戦を実行してしまう。
『まずは二人のことを調査してきましょう!』
「そうだな。それがいいかもしれない。お願いできるか?」
『もちのろん!』
そして一日後。
だめ男を脅かしたあのベンチにて、ユウナは自信満々に報告していた。
『えへん。あたしはね、幽霊の体を利用して、二人の素性を調査してきたのよ!』
「ほう、なるほど。まずは敵を知ることから始めたのか」
『そうそう! まずは、アレキバさんから教えてあげる』
部下からも愛され、職人からも愛されているのは本当だった。
一方で、とある悪い噂も流れている。
『それもズ・バ・リっ!』
「賄賂しているって話だろ?」
『んな!? なぜ知っている!!』
「弱みでも握ればゆすれると思ってな。金持ちの身辺調査は積極的にしている」
『あなた、本当に神父なの?』
悪い噂とは、競合他社を秘密裏に潰しているといった噂であった。
アレキバの商店トルーパー商店は、国内の良質な原材料を仕入れ、お抱え職人に加工してもらい販売する、小さな商店であった。
トルーパー商店が国一番の商店になったのは、過酷な砂漠を越え、国外の材料を仕入れるようになってからだ。
急斜面の山脈にて産出された大きなルビーを、職人が丁寧に丁寧に磨きあげ、美しく加工したネックレス。
雪国を支配するマンモスの毛皮を生地に、可愛くつくった防寒ワンピース。
灼熱の火山にだけ生える花から抽出された、男性をとりこにする香水。
物珍しい材料から作り上げる卓越した加工品に、国内の民のみならず、国外の貴族からも注目され、売上が何十倍も跳ね上がったのだ。
トルーパー商店の想定外の跳ね上がりに、他の商店も後に続こうとした。
だが。
どの商店も、砂漠を越えられなかった。
この前も、砂漠を通って貿易他商店が、死者こそ出さなかったが、壊滅してしまったのだ。
噂はこう伝えた。
アレキバが裏で手を引き、他商店を壊滅させているのではないか、と。
『あんな人の良さそうな見た目なのに、他の商店の人たちを危ない目に遭わせるなんてねえ。ひどい話よ』
どうだ、自分はこんなにも情報を手に入れたぞと胸を張るユウナだが、シンが冷たい水をさす。
「そもそも砂漠超えは難しい。その商店の失敗の理由までは知らないが、どうせ適当な装備で砂漠に突入して、自滅したのがオチだ」
『……そ、そう……』
ちょっと落ち込んでしまったものの
、ふわふわに励まされ、ユウナはもう一つの報告をする。
『な、なら、これはどうだ!! エリーシャさんの噂なんだけど、実は彼女、アレキバさんの前に婚約者がいたんだって!』
ほんの数年前の話だ。
相手は男性ではあるが容姿端麗で頭も良い、完璧な人だったらしい。
しかし、色々あって婚約破棄されてしまった。
『噂では、元婚約者はエリーシャさんに惚れたままだとか!』
ユウナはとっておき情報を誇らしげに語る。
『元婚約者はアレキバさんの知り合いだから、アレキバさんは元婚約者に気をつかって、アタックできないって話よ!』
「それはないな」
今度もバッサリ切り捨てられてしまった。
さすがのユウナも、ムッとしてしまった。
『なんでそう言い切れるのよ』
「……説明はできないが、違う」
ユウナは心が読めるので、シンが隠そうとしていた事実が素早く伝わった。
『……え、ええ!! エリーシャさんの元婚約者って、シンなの!!??』
「……人の心を勝手に読むな」
『そ、それで!? 好きなの!? エリーシャさんのこと!!』
「全然」
『全然!?』
「婚約破棄したのも、私からだからな」
『そ、そう……』
ユウナはこそっと尋ねる。
『ちなみに、どうして断ったの?』
「……」
シンは目をそらす。
「色々あったんだ」
『……』
何か隠しているな、と彼女は悟った。
けれど、
『……まあ、いいわ。それよりも、作戦をつめましょうか!』
シンは目を瞬かせる。
「なんだ、心を読まないのか」
『カップルをくっつけるのが今回の作戦でしょう? エリーシャさんもあんたのことを引きずってなさそうだし、知らなくてもいいと思ったの』
「……幽霊のくせに、常識はあるんだな」
『どこぞの守銭奴人の弱み握り神父と比べると、常識はあるわよ』
「……」
シンは、肩をすくめた。
「……そういえば、君の名前を聞いていなかったな。なんというんだ」
『そういえば、あたしの方は自己紹介してなかったわね。ユウナよ、ユウナ』
実のところ、ユウナとふわふわとの会話で、彼女の名前は知っていた。
けれど、直接聞くのが、礼儀だと思ったのだ。
『それで、こっちがふわふわ』
『我はふわふわである。お前のことは嫌いである』
「では、ユウナ。ふわふわ。よろしく頼むぞ」
『な、何よ今更……。人に首輪つけておいて……』
シンの照れも、ユウナはちょっとビビっただけで終わった。