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 少女、トモシビ様は小さな手をぶんぶん振る。


『あったり! トモシビ様です!』


 仮面はつるりと滑らかで、表情を感じられない。


 にもかかわらず、彼女は感情豊かだ。


 えっへん、と腕組をする。


『本当はこっちの世に出てこれないけど、シン君の歌の力で、出てこれたんだ! シン君すごいよ!』

『その有頂天さは変わらないようであるな。だが、トモシビであっても、我を止めることはできない』


 ドラゴンは本気の殺気をトモシビ様に向ける。


 直接殺意を向けられていない私でさえ、一瞬、恐怖に頭を支配されてしまった。ふわふわたちも、怯えたように震える。


 ドラゴンは憎悪の感情を言葉に乗せる。


『愛を司るお前ならわかるだろう? 我は、愛の結晶である愛子を殺されたのだ。人間は報いを受ける責任がある』


 普通の人間なら気絶しかねな圧だが、トモシビ様はあっけらかんと答える。


『そりゃあ、子供が殺されちゃったら、そんなに怒るのもわかるよ。本当に殺されちゃっていたらね』

『……どういうことであるか』

『だって、君の子供、ピンピンしているじゃない』


 ふわり、と、視界の外で何かが動く。


 ほこりのような白い虫、ふわふわが、戸惑い気味に私とドラゴンの間まで飛ぶ。


 ドラゴンは、息を呑んだ。


『我の愛しき子どもたち、無事だったのか……!』

「なっ、なんだって……」


 この白い虫が、ドラゴンの子供!? 


 にわかには信じられない。


 しかし、ふわふわは何か感じるものがあるらしく、落ち着きなさげにくるくるとその場を回る。


『う、うーん。我らも、良くわからないのである。でも、あなたからは、なんだか懐かしい匂いがするのである』

『生まれたときに我から離れてしまったから、自分の存在が不確かになってしまったのである』


 ドラゴンはふわふわに嬉しそうに頬ずりする。


『お前が卵から強制的に孵ってしまったとき、そばにいたのは愚かな人間であったのである。お前はその男を親と勘違いし、ついて行ってしまったのである。その後、この男の魔力に惹かれて、鞍替えしたのである』

『えっと、我らが一緒にいたのは、そこの守銭奴ではないのである、ユウナである』

『なら、その女に惹かれたのである』


 さらっと悪口を言われた気がする。


 しかし、それで納得がいった。


 ドラゴンは魔力を感知する器官が、他の動物たちよりも敏感である。


 まるで孵ったばかりの小鳥が、動くものを親と認識するように、ドラゴンの子供も、強い魔力を持つものを親と認識する。


 本来なら、強い魔力を持つ者は、親のドラゴンであるべきであった。


 しかし、子供が孵ったとき、親はいなかった。


 そこにいたのは、ドラゴンの言葉を借りるのなら、『愚かな人間』。


 つまり、リバイしかいなかった。


 ふわふわたちは、一旦はリバイについていった。


 その後、リバイよりも強い魔力を持つユウナに取り付いたのだ。


 事の経緯は理解した。


 それでも、シンの中には、ある疑問が浮かんでいた。


 そもそも、ドラゴンの子供は、シシュツムシになるのか? 


 本や図鑑には、そんなこと書いていなかった。


『本来はああやって生まれないよ。けど、不完全な状態で生まれたから、あの姿になるんだ』


 答えたのは、トモシビ様だった。


『すごい魔力を持っている動物はね、生まれる前と死んだ後はああなるの』


 シシュツムシは、神の子供であり、神の亡骸。


 そんな伝承があったのを思い出した。


 あれは、本当だったのか。


 えへん、とトモシビ様は胸をはる。


『私だって、昔はあんなにかわいかったんだからね!』


 トモシビ様の昔の姿は正直どうでもいい。


『どうでもいいの!? 君、本当に私を信仰している神父なの!?』

 

 どうでもいいが、心を読むのはやめてほしい。


『う、それはごめん……』


 少しはその仮面の無表情さを見習ってほしい。


 しかし、あのシシュツムシがドラゴンの子供ならば、もはや、人間にあだなす必要はなくなった訳だ。


 ふわふわたちも、ドラゴンを説得してくれている。


『お母さん、もうやめるのである。人間たちも悪いことをしたけれど、僕たちが生きていたんだから、許してあげるのである』

『……本当なら、お前が生きていたとしても、人間には報いを受けてもらわなくてはならない。だが、』


 ちらりと、ドラゴンは私をみる。


『その男の歌に免じて、引き上げるとしよう』

「それはありがたい」


 トモシビ様はこくこくと頷く。


『うんうん! シン君の歌、本当によかったよ!』


 大絶賛してもらってありがたいが、私からすると、別にだいそれたことをした気持ちはない。


 そんなことよりも、大事なことがある。


「ドラゴンよ。失礼を承知で、お願いしたいことがある」


 腕の中にいるユウナをかかげる。


「彼女は、あなたの呪いにかかってしまっている。どうか、解除してはもらないだろうか」


 ふわふわたちも、ぴょんぴょん飛び跳ねる。


『僕たちからもお願いなのである! ユウナは、僕たちを守ってくれた恩人なのである!』

『ああ、分かった』


 ドラゴンは一吠えすると、ユウナの体が光り輝いた。


 黒いモヤのようなものが体から剥がれると、空へとあがり、ふっと消えた。


 彼女だけではない。


 街中、至るところから、黒いモヤが空へと立ち上っている。


『ついでに、他の人間の呪いも解除しておいたのである』

「よかった……!」


 これで、ユウナは無事だ。


 しかし、ドラゴンは首を横にふる。


『だが、我の呪いにかかっていないとしても、その女の体力は限界に近い。助かるかは怪しい』 

「……そんな……」


 結局、私はユウナを助けることはできない?


 ……そんなの、認めたくない。


 けれど、


『方法なら、一つあるよ』


 今度も答えてくれたのは、トモシビ様であった。




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