3
少女、トモシビ様は小さな手をぶんぶん振る。
『あったり! トモシビ様です!』
仮面はつるりと滑らかで、表情を感じられない。
にもかかわらず、彼女は感情豊かだ。
えっへん、と腕組をする。
『本当はこっちの世に出てこれないけど、シン君の歌の力で、出てこれたんだ! シン君すごいよ!』
『その有頂天さは変わらないようであるな。だが、トモシビであっても、我を止めることはできない』
ドラゴンは本気の殺気をトモシビ様に向ける。
直接殺意を向けられていない私でさえ、一瞬、恐怖に頭を支配されてしまった。ふわふわたちも、怯えたように震える。
ドラゴンは憎悪の感情を言葉に乗せる。
『愛を司るお前ならわかるだろう? 我は、愛の結晶である愛子を殺されたのだ。人間は報いを受ける責任がある』
普通の人間なら気絶しかねな圧だが、トモシビ様はあっけらかんと答える。
『そりゃあ、子供が殺されちゃったら、そんなに怒るのもわかるよ。本当に殺されちゃっていたらね』
『……どういうことであるか』
『だって、君の子供、ピンピンしているじゃない』
ふわり、と、視界の外で何かが動く。
ほこりのような白い虫、ふわふわが、戸惑い気味に私とドラゴンの間まで飛ぶ。
ドラゴンは、息を呑んだ。
『我の愛しき子どもたち、無事だったのか……!』
「なっ、なんだって……」
この白い虫が、ドラゴンの子供!?
にわかには信じられない。
しかし、ふわふわは何か感じるものがあるらしく、落ち着きなさげにくるくるとその場を回る。
『う、うーん。我らも、良くわからないのである。でも、あなたからは、なんだか懐かしい匂いがするのである』
『生まれたときに我から離れてしまったから、自分の存在が不確かになってしまったのである』
ドラゴンはふわふわに嬉しそうに頬ずりする。
『お前が卵から強制的に孵ってしまったとき、そばにいたのは愚かな人間であったのである。お前はその男を親と勘違いし、ついて行ってしまったのである。その後、この男の魔力に惹かれて、鞍替えしたのである』
『えっと、我らが一緒にいたのは、そこの守銭奴ではないのである、ユウナである』
『なら、その女に惹かれたのである』
さらっと悪口を言われた気がする。
しかし、それで納得がいった。
ドラゴンは魔力を感知する器官が、他の動物たちよりも敏感である。
まるで孵ったばかりの小鳥が、動くものを親と認識するように、ドラゴンの子供も、強い魔力を持つものを親と認識する。
本来なら、強い魔力を持つ者は、親のドラゴンであるべきであった。
しかし、子供が孵ったとき、親はいなかった。
そこにいたのは、ドラゴンの言葉を借りるのなら、『愚かな人間』。
つまり、リバイしかいなかった。
ふわふわたちは、一旦はリバイについていった。
その後、リバイよりも強い魔力を持つユウナに取り付いたのだ。
事の経緯は理解した。
それでも、シンの中には、ある疑問が浮かんでいた。
そもそも、ドラゴンの子供は、シシュツムシになるのか?
本や図鑑には、そんなこと書いていなかった。
『本来はああやって生まれないよ。けど、不完全な状態で生まれたから、あの姿になるんだ』
答えたのは、トモシビ様だった。
『すごい魔力を持っている動物はね、生まれる前と死んだ後はああなるの』
シシュツムシは、神の子供であり、神の亡骸。
そんな伝承があったのを思い出した。
あれは、本当だったのか。
えへん、とトモシビ様は胸をはる。
『私だって、昔はあんなにかわいかったんだからね!』
トモシビ様の昔の姿は正直どうでもいい。
『どうでもいいの!? 君、本当に私を信仰している神父なの!?』
どうでもいいが、心を読むのはやめてほしい。
『う、それはごめん……』
少しはその仮面の無表情さを見習ってほしい。
しかし、あのシシュツムシがドラゴンの子供ならば、もはや、人間にあだなす必要はなくなった訳だ。
ふわふわたちも、ドラゴンを説得してくれている。
『お母さん、もうやめるのである。人間たちも悪いことをしたけれど、僕たちが生きていたんだから、許してあげるのである』
『……本当なら、お前が生きていたとしても、人間には報いを受けてもらわなくてはならない。だが、』
ちらりと、ドラゴンは私をみる。
『その男の歌に免じて、引き上げるとしよう』
「それはありがたい」
トモシビ様はこくこくと頷く。
『うんうん! シン君の歌、本当によかったよ!』
大絶賛してもらってありがたいが、私からすると、別にだいそれたことをした気持ちはない。
そんなことよりも、大事なことがある。
「ドラゴンよ。失礼を承知で、お願いしたいことがある」
腕の中にいるユウナをかかげる。
「彼女は、あなたの呪いにかかってしまっている。どうか、解除してはもらないだろうか」
ふわふわたちも、ぴょんぴょん飛び跳ねる。
『僕たちからもお願いなのである! ユウナは、僕たちを守ってくれた恩人なのである!』
『ああ、分かった』
ドラゴンは一吠えすると、ユウナの体が光り輝いた。
黒いモヤのようなものが体から剥がれると、空へとあがり、ふっと消えた。
彼女だけではない。
街中、至るところから、黒いモヤが空へと立ち上っている。
『ついでに、他の人間の呪いも解除しておいたのである』
「よかった……!」
これで、ユウナは無事だ。
しかし、ドラゴンは首を横にふる。
『だが、我の呪いにかかっていないとしても、その女の体力は限界に近い。助かるかは怪しい』
「……そんな……」
結局、私はユウナを助けることはできない?
……そんなの、認めたくない。
けれど、
『方法なら、一つあるよ』
今度も答えてくれたのは、トモシビ様であった。