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神からアレキバ・エリーシャのカップルの仲を取り持てと言われたとき、シンは困惑した。
世間的にみれば、シンはエリーシャを捨てた身である。
アレキバとも、話したことはあるが、そこまで仲が良くなかった。
下手に接触しても、二人に警戒されてしまいかねない。
最悪、私の出現のせいで、二人の仲がこじれる可能性すらあった。
悩んで教会の周囲を歩いていたとき、手入れのされていない生け垣に、彼女が潜んでいた。
明らかに実体のない、幽霊であった。
神父たるもの、いや、一般市民たるもの、怪しいものには近寄りたくない。
普段の私なら見て見ぬふりをするか、王国の騎士に報告する。
だが、そのときの心は、神からの嫌がらせに参っていた。
ふと、こう思ったのだ。
幽霊ならば、アレキバたちの調査も容易にできるのではないかと。
半ばやけになって、いたずらにふける彼女に声をかけたのだ。
あのときのように、ユウナは生け垣に隠れていた。
「ユウナ、やっと見つけた」
出会いの場所にいてくれたのが嬉しくて近寄ろうとするが、
『来ないでっ!』
ユウナの制止に、思わず足を止める。
『近寄ったら、あんたもドラゴンの呪いにかかっちゃう』
「そんなのはどうでもいい!」
『どうでもよくない!』
ユウナは、今度は小さな声でいう。
『……シン。あんたには、やってもらいたいことがある。だから、私に近づいてはいけないの』
必死にユウナは話す。
『あたしの両親に、こう頼んで。アレキバさんかリバイさんから血清を作ってほしい、って』
「血清……?」
『両親にそう言えばわかる。それで、血清をドラゴンの呪いにかかった人たちに配ってほしい。そしたら症状が軽くなるはず』
彼女はシンには良くわからない説明をする。
いわく、アレキバたちはドラゴンの呪いから解き放たれている。
そのとき、体の中に抗体ができる。
血清をつくり、他の病人に投与すれば、呪いへの抗体を受け継ぐことができる。
全員が全員治療できる訳ではないが、呪いに対抗するには、この方法しかない、と。
だが、シンには彼女の苦しそうな吐息しか耳に入らなかった。
「分かった。君の両親に伝えておこう。それで、君が治る方法は? どうすればいい」
『……』
彼女は、黙った。
「ユウナ。話してくれ。出来ることなら何でもする」
『……シン、ありがとう。けど、無理なの』
ユウナらしくもなく、声は弱々しい。
『あたしは、もう手遅れなの。だから気にしないで、早く他の患者さんたちを助けてあげて』
「……」
動けなかった。
このままいなくなれば、彼女はいなくなってしまうような、そんな気がしてならなかった。
けれど、同時に彼は理解していた。
彼女は、もう助からない。
ならば、シンは彼女にしてやることは、一つしか無い。
ふわふわたちが私の周りに集まる。
『シン。早く行くのである。ユウナの意志を、尊重するのである』
「……」
『お願いである』
「……くそっ」
何が神父だ。
何が愛を司る宗教だ。
一人の命も守れないではないか。
「そこで待っていてくれ、ユウナ。絶対に、君も助けてやる」
すぐにユウナの両親の下へと行こうと駆け出す。
数歩進んだとき、彼の耳元で、声が聞こえた。
『ありがとう』
ハッとして、踵を返す。
ふわふわの制止を聞かず、シンは彼女のもとへと走った。
だが、
彼女は、どこにもいなかった。
……どこにも、いなくなっていた。




