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彼女が帰ってくると、彼氏はゲスな心を顔を引っ込め、好青年ぶって笑顔を振りまく。
「やあ待っていたよ! 君がいない間、さみしくて泣いちゃうかと思ったよ」
「もう、あ・な・たってば! なら、ただいまのチューをしないとね」
「仕方ないなあ」
唇が近づく。
しかし、触れる前に。
「うん……?」
女性側が身を引いた。
彼氏が唇を突き出し、滑稽にもキス待ちをしていたものの、いつまでたっても柔らかい感触がやってこない。
「どうしたのかい、マイハニー?」
「……な、なにか、寒気がしない……?」
「寒気?」
ようやく彼は目を開けた。
彼が最初に目にしたのは、
半透明の、幽霊だった。
「ひ、ひ、ひいいいい!!!」
彼氏は飛び上がる。
「な、な、な、な、な」
『あたしは、生霊。あなたが悲しませた女性の幽霊よ』
『これ以上他の子を泣かせるなら、呪いをかけよう!!』
たくさんのふわふわが、わっと迫る。
「ぎゃああああ!!!! ごめんなさい女遊びはもうしません十人の女性とも手を切ります!!!」
「はあ!!?? ちょっと、どういうことよ!!! 説明しなさい!!」
二人のカップル、いや、しょうもない男とかわいそうな女性がは走っていった。
『あはは! よしよし、やったわね!!』
『さすがユウナである。見事な演技なのである!』
ふわふわたちは、キャッキャと喜ぶ。
ちなみに、たくさんいるふわふわだが、意思は一つで、全員に個性があるわけではないらしい。
ふわふわの一つを撫でてあげ、ユウナはうんうんと頷く。
『でしょでしょ! これで一組のリア充が消え去ったわ! いやー、愉快愉快!』
幽霊になり、記憶も失ったユウナの生きがい。
それが、リア充を撲滅することだった。
なぜかわからないが、ユウナはリア充を見ると虫唾が走り、別れてほしいと心から願ってしまうのだ。
過去に恋愛のトラブルがあって、リア充を嫌っているのか。
それとも、何もなかったから嫌っているのか。
多分、後者だろうが、細かいことは気にしない。
今日は最低な男とかわいそうな女を別れさせて成気分がいい。
『ふわふわ! 今日はパーティーよ! レストランに侵入して、美味しいご飯を食べている気になるわよ!』
『なんでそんな無意味なことをするのかは分からないが、付き合うのである』
楽しいご飯巡りをしようとした、
そのとき、だった。
風を切る音がした。
突風かとユウナが顔をあげると、一枚の紙が飛んできた。
いや、ただの紙ではない。
その証拠に、紙は意志を持っているかのごとく、ユウナに向かって飛んでくるではないか!
『ぎゃああ!! な、なに!?』
『ユウナ!』
紙はユウナの首にまとわりつくと、なんとなんと、がっしりとした首輪になった。
『なんじゃこれ!!』
外そうとするも、がちゃがちゃと音が鳴るだけだった。
『うう、なにこれ! ちぎれない……! 鍵かかってるの!?』
『ユウナ! 大丈夫であるか! 鍵……をかける穴はないのであるが、鎖が付いているのであるぞ』
『鎖? あっ、本当だってわわわっ!!』
鎖にぐいっと引っぱられた。
『ぎゃああ!!』『ユウナ!!』
風船のように引き寄せられる。
『あわあわあわあわ!! げふっ!』
地面に叩きつけられ、小さな悲鳴を上げる。
『な、なんで……。あたし、幽霊なのに』
幽霊なので、地面に接触しないはずなのだ。
「私が首輪を引っ張ったから、地面にあたったのだろうな」
見知らぬ男の声が聞こえた。
『だ、誰!?』
彼は、整った顔でにやりと笑う。
「商売敵を制裁する神父様だ」
背の高い男だった。真面目な見た目で、七割八割の人間には「きっと素敵なお人なのでしょう」と評価される。
だが、生前のユウナは人を見る目を育んでいたらしく、彼が信頼ならん男だと察した。
何よりも、幽霊の彼女にとって重要な情報は、彼の着ている服だった。
『……神父様……』
聖職者は、死者にとっては天敵でしかない。
ユウナは絶望してぐったりとする。
『ええい、煮るなり焼くなり炙るなり切るなり湿布はるなり好きにしなさい!』
「だいぶ好きにできるな。なら、私の頼みを一つ聞いてもらえるか」
『……なによ』
まさか、考えるのもおぞましい行為をするつもりなのか。
げへへ、相手は幽霊だ、何しても構わないだろ的な!?
怯えるユウナだったが、彼が口にしたことは、あまりにも意外な頼み事だった。
「……実はな、とある二人のカップルをくっつけるのを手伝ってほしいんだ」
『……へ?』
しばらく、絶句してしまった。