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あれから数日が経った。
アレキバはまた砂漠に商売しに行き、それを追ってリバイも行ったらしい。
アレキバとエリーシャの仲は、もちろん絶好調。
にもかかわらず、神からの連絡は来ない。
待っているのも仕方ないと、ユウナとシンは、孤児院出身の女の子、セシリーちゃんと一緒に猫カフェに遊びに行っていた。
猫たちは瞳孔をまんまるにさせて、じっと一点を見つめる。
他のお客さんが餌を手に猫なで声を出しても、猫たちは興味を抱かない。
店員さんは汗を拭い、愛想笑みを浮かべる。
「いつもなら、おやつを見せたら走ってくるんですけどねえ」
セシリーは近くにいた三毛猫を撫でる。
猫はなんだと言わんばかりに顔をあげるも、すぐに視線をもとに戻す。
「どうしちゃったのかな。虫でもいるのかな?」
セシリーは目を凝らす。
ふわふわは、『そろそろリフレッシュしたいのである。朝から晩まで人間に囲まれてうんざりなのである』といっていたので、外で待機している。
そのため、いくらセシリーが注意しても、ふわふわどころか、虫一匹いない。
セシリーはくすりといたずらっぽく笑う。
「もしかして、幽霊でもいるのかもね!」
『ぎくっ!』
「なーんてね。幽霊が猫カフェにいる訳ないわ! もっとおどろおどろしい場所にいないと、幽霊らしくないわ」
「……実際の幽霊は、猫に囲まれ、気まずそうに小さくなっているのかもしれないぞ?」
「あら珍しい。シンお兄ちゃんが冗談をいうなんて」
冗談ではないのだが……。
『ちょっと、シン! 針のムジナなんだけど! どうにかして!』
どうにかしろと言われても困る。
――そもそも、猫カフェに行きたいと言ったのは君だろう?
『エリーシャさんの猫を見た時、なーんか思い出せそうだったのよ。だからいっぱい猫を見てれば記憶を取り戻せそうだと思ったの!』
――それで、どうだ? 記憶は取り戻したか?
『すごく緊張してそれどころではないわね』
ユウナはこそこそと物陰に隠れる。
猫は追いかける。
今度は高いところに逃げる。
猫はキャットタワーに上がる。
ユウナはシンの後ろに隠れる。
猫はシンの近くに集まる。
セシリーが「まあ」と口を覆って驚く。
周りの客が羨ましそうにシンを睨む。
「……」
――私を巻き込むな。
心の中で叱ると、ユウナは泣きべそをかく。
『今ならわかるわ。これがネズミの気持ちね』
――知らん。
猫の目も気になるが、セシリーが朗らかな目でこちらを見るのも気になる。
「珍しいわね。シンお兄ちゃんがタジタジになっている。猫好きだったの?」
「嫌いではなかった。今、気持ちが変わろうとしている」
「けど、猫かあ。よくペットを飼うと婚期を逃すって聞くからなあ。私は飼うのは反対よ」
「セクハラ発言か? 何度も言わせるな。私は結婚をする気はない。ちなみにこれは初めて言うが、猫を飼うつもりもない。そんな余裕があるのなら、孤児院の補修をする」
「……孤児院、か」
セシリーの表情が暗くなる。
「……」
セシリーの髪の毛を優しく撫でる。
「そんな顔をするな。私はやりたくてやっている」
「……けど、私は孤児院を出て生活しているのに」
「寄付はいらないぞ」
「うー……」
セシリーが働き始めたとき、なんと彼女は生活費をギリギリに抑え、ほとんどの給料を孤児院に回そうとしてくれた。
さすがに、この額はもらえない、貯蓄に回せと叱りつけ、渋々撤回させた。
『けど、セシリーちゃんは、後ろめたく思っているみたいよ』
戯れようとする猫を避けつつ、ユウナはポツリと言う。
――わかっている。だが、
シンは本心を口に出す。
「私は別に孤児院の運営を嫌々やってはいない。やりたくてやっているんだ」
今いる孤児院の子たちも大事だが、セシリーたちも可愛い可愛い大事な兄弟だと思っている。
彼らが苦しいとき、悲しいとき、淋しいとき、帰ってこれる場所を残さなくてはならない。
だから、シンはどんな手段を使ってでも、孤児院を守る。
『……そっか』
ユウナは微笑ましげに、シンとセシリーを眺める。
『血がつながっていない兄弟愛か。そうね。そういう形の愛もあるわよね』
――何の話だ?
『なんでもない! あたしもこの国の国民らしく、恋愛脳だなあって思っただけ!』
――恋愛脳なのか? 誰とでも付き合ったこともないくせに?
『わ、分からないわよ! 実はめっちゃイケメンの男を三十人ばかり侍らせているかもしれないわよ!』
――ないない。
『きいっ! 相変わらず失礼な男ね! あたしのような可愛い女の子に向かって! 何たる口にききかた!』
――可愛いねえ。
ようやく猫はユウナへの関心がなくなったらしい。
ちょうど近くにいたセシリーにまとわりついている。
「わわっ、ちょっと。もう、急に来ないでよ」
嬉しそうに笑うセシリーを眺める。
――ああいうのを可愛いと言うんだ。
『うぐぐ、セシリーちゃんが可愛いのは認めるわ。け、けど、あたしだって!』
――あーはいはい。お前は素敵素敵。だが、可愛くはないと思うぞ。
『お世辞は貫きなさい』
――どちらかというと、綺麗系ではないか。
『上げて落とす作戦! あんた、成長したわね……。あたしと最初に会った時に、セッ○スしないと出れない部屋に突っ込めっていっていたときのあんたとは大違いだわ』
――お前はとてもとても綺麗だが、性格はネジ曲がっているな。
『悪かったわね』
ちょいちょいと、袖が引っ張られる。
セシリーの膝に乗った猫が、じゃれついていた。
無視していると、セシリーが呆れたように首をすくねる。
「シンお兄ちゃんったら、自分が行きたいって言ったくせに、全然猫と触れ合わないわね」
ちらりと時計を確認する。
「そろそろ日もくれるし、カフェから出る?」
「ああ、そうだな」
『先にふわふわと合流しているわ!』
ちなみに、どうせ猫カフェに来るのならばと、シンはある課題を用意していた。
猫といえば招き猫。商売繁盛の動物だ。
さらに、近年のペットブーム、特に猫の飼育数が増加していることもあり、猫をモチーフとした商品は購買意欲を向上させる。
ならば猫カフェを視察して、商品開発の参考にしようと考えたのだ。
なんかもういいかなと思ったので、とっとと出ていきたい。
やはり、自分は犬派だ。
……あとで服についた猫毛を取らければならない。
詳しく検査したことないが、孤児院にはアレルギーの子もいるかもしれないのだ。
受付に戻り、料金を支払う。
なんと猫カフェは後払いだ。
可愛い猫で人をたぶらかし、想定の時間よりも長くいさせ、料金を上乗せする魂胆に違いない。
素晴らしい商売戦略だ。
今回の猫カフェ訪問で、この手法が一番勉強になった。
セシリーにそう熱弁していると、「よ、よかったわね」とドン引きされてしまった。悲しい。