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シンも私も、かちりと固まってしまった。
「な!? わ、私が!? フィーヴァさんのことを!?」
そりゃ当然なことで、エリーシャも驚いている。
「ち、違います! 彼とはお見合いのときに会って以来、一度も顔を合せたことがありませんよ!?」
「……エリーシャさん。嘘をつかないでほしい。僕は怒らないから」
「本当に違うんです!」
喧嘩している!?
そんな、ハッピーエンドは!?
幸せなキスをしてハッピーエンドになるはずでは!!??
――おい、ポンコツ幽霊。どうするんだこれ。
『ど、どうするって……!』
パニックに陥っている間に、アレキバは悲しげに目を伏せるとエリーシャに背を向ける。
「二人で仲良くしてください。……では……」
「あ、アレキバ様……!」
まずい。このままでは、二人は仲違いをしてアンハッピーエンド!?
『ええい、ままよ!』
作戦変更!
きゃ! うっかりぶつかっちゃった! 物理的な距離が縮まって、心の距離も密接に!? 作戦!!
『くらえ! アタック!』
祈れば幽霊だって物理で体当たりできるはず!
エリーシャに向かってアタック!
しかし、
『なっ!?』
突如、エリーシャの胸元が光輝くと、ユウナの体が吹き飛ばされた。
『ぎゃふん!』
尻もちをつく。
『い、いたい……』
――今どき、ぎゃふんって……。
『う、うるさい! それよりも、何なの! 腕輪はついてなかったはずよね』
――おそらく、退魔の力だな。
『またあんた変なものを売りつけたの!?』
――いや、今回は違う。
シンはまじまじとエリーシャの胸元を見つめる。
「それは、ペンダントですか?」
「え、ええ。まあ……」
そちらに視線を向けると、彼女の胸元には貝殻の形のペンダントが光っていた。
「中々強力な退魔のアクセサリーですね。ですが、あまり見た目はよろしくありませんね。これでは値段も下がってしまいます」
シンの言うことは正しい。貝殻には安物のビーズが不均等についており、見栄えは宜しくない。
孤児の子供が丹念に作ったと言われれば、納得して購入するかもしれない。
『だとしてもさあ、シン。あんまりな言い方よ』
――ん? なにがだ?
『全く。そんなんだから、女性にモテないのよ』
――なんだと?
『愛する人とのパーティーにつけてきた装飾品なんて、彼女にとっては絶対に大切なものに決まっているわよ。ほら見なさい。エリーシャさんも怒っている』
温厚な彼女も、目を吊り上げている。
「このペンダントは、思いの籠もった無くてはならないものです。値段なんてつけられません!」
周りの人たちが驚いて視線を集中させる。
『こら、シン。謝りなさいよ』
――わ、分かっている。
「……すみません。言葉が過ぎました」
それでもエリーシャの怒りは収まらず、キッと睨みつけている。
そのときだった。
「そのペンダントって……」
光に驚いたのか、シンとの喧嘩が気になったのか、アレキバは立ち止まり振り返っていた。
彼の目は、ペンダントに奪われていた。
エリーシャはさっと顔を赤らめる。
「こ、これは……。子供の頃に貰ったものなんです。あまり見た目は良くないかもしれませんが、思い出の品でして……」
「……思い出の品……。そう、思っていただいたのですね」
「……?」
アレキバは、恥ずかしそうに頬をかく。
「それ、私が小さい時に作ったペンダントなんです」
「……えっ! あ、あの時の男の子が、アレキバ様!?」
アレキバとエリーシャの脳内に、小さな頃の記憶が蘇る。
まだ十にも満たない小さな子どもだった頃のアレキバは、貴族としての教育ばかり受けていた。
トルーパーの名を貸してはいるが、両親は商人の仕事を薄汚い金商売と蔑み、経済のけの字も理解していなかった。
両親は貴族社会での戯れを至高の喜びとし、息子にも貴族の道を歩んでほしいと願っていた。
だが、彼は貴族の細かくも理屈が通らない所作が合わなかった。
それよりも、商店に遊びにいき、従業員たちと遊んでいたほうが楽しかった。
両親はそれを良しとしなかった。アレキバを叱りつけ、無理やり貴族の教育を教え込んだ。
その日も、小さなアレキバさんはフォークとナイフの使い方を叩き込まれ、霹靂としていた。
溜まった鬱憤を晴らそうと、転がっている石をイライラと蹴り飛ばしていた。
彼はつぶやく。
「あーあ。……僕も、おじさんたちみたいに、商品を売って、お客さんに喜んでもらいたいのに」
フォークとナイフの使い方を理解したところで、誰かを幸せにはできないのに。
けれど、そんなことを言ったら、お母さんやお父さんに怒られてしまう。
……でも……
鬱憤のまま、石をける。
思ったより、石は高く遠くへ飛んでいき、
「きゃあ!」
がしゃん、となにかが壊れる音と、女の子の悲鳴が聞こえてきた。
「わっ! な、なに!?」
慌てて走っていくと、呆然と立ち尽くす女の子がいた。
彼女の眼の前には、壊れた砂のお城があった。
……お城には、石ころがめり込んでいた。