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次の作戦の舞台は、トルーパー商店が主催するダンスパーティーだった。
さすが国一番の業績を誇るトルーパー商店で、ダンスパーティーも盛大で、政治家や役人などなど、重役たちが大勢呼ばれていた。
ユウナはキョロキョロあたりを見渡す。
『見たところ、アレキバさんはいるけど、エリーシャさんはいないわね。パーティーが始まったときは二人で挨拶回りしていたのに』
このパーティーは、アレキバたちの結婚報告も兼ねている。
二人は傍目では仲睦まじく招待客に声をかけていた。
だが、しばらくするとエリーシャがいなくなってしまった。
これでは作戦の遂行も難しくなる。
『ちょっと心配ね。探しにいってくるわ』
――そうだな。頼む。
『わかったわ』
『我も行くのであるー』
彼女とふわふわは、すいすいと飛んでいった。
○○○
ひょいひょいと人垣を飛び越え、扉をすり抜ける。
『ふわふわ、エリーシャさんの居場所わかる?』
『みんなで探してみるのである』
ふわふわたちは一斉に散って、探してくれる。
ユウナも怠けてはいられない。
『エリーシャさーん! どこですかー。いたら返事してくださーい。なんて、返事するわけないか』
相変わらず、周りの人たちは私を見えていない。
食事を取り、歓談をし、時には愛をささやきあう。
間に彼女が割って入っても、彼らは気づかない。
『さてさて、どこにいるかな』
壁をすり抜け、外に出ると、
『わあっ!?』
黒いまんまるなお目々が、ユウナをじっと見ていた。
『びっ、びっくりした。猫か』
幽霊である私は、普通の人間には見えない。
けれど、一部の動物は視認できる。
この白猫も、ぷかぷか浮かぶユウナを不思議そうな目で見つめている。
『ごめんね、驚かせちゃって』
毛並みが良く、首輪もつけている。
放し飼いにされている猫かもしれない。
白猫はにゃうと鳴くと、ユウナにすり寄ってくる。
だが、ユウナには実体がないので、するりとすり抜けてしまう。
白猫ちゃんはこてん、と首を傾げ、ふんふんと匂いを嗅ぐ。
またすり寄ってくれるが、通り抜けてしまう。
『ふふっ、可愛い』
慣れっこい猫ちゃんだ。
『初めて会ったときも、すりすりしてくれたよね』
頭を撫でようとして、はたと止まる。
『待って。あたし、いま、なんて言った?』
初めて会ったときも、と言っていなかったか?
『……ねえ、白猫ちゃん。もしかして、あたしと会ったことがあるの?』
猫は高らかに鳴く。
まるで、そうだと言わんばかりに。
「ホワイト、何をしているの?」
猫ちゃんはくるりと背を向けると、声の方向に走っていく。
『あ、待って!』
白猫は軽やかにジャンプすると、エリーシャの腕の中に収まる。
エリーシャは白猫ちゃん、ホワイトちゃんを撫で、苦笑する。
「全くもう、ホワイトは自由ね。勝手に荷物に紛れ込んでパーティー会場に侵入して、おまけにゲージを開けて脱走するなんて」
ホワイトはゴロゴロと喉を鳴らす。
「私は怒っているんですからね。めっ、だよ」
説教しているものの、ホワイトは一切聞く耳を持たない。
エリーシャのきれいな服を熱心にふみふみする。
「もう、ホワイトったら」
エリーシャは諦めて、噴水近くのベンチに座る。
「……ねえ、ホワイト」
猫を撫でる手は優しくも、物悲しい。
「私、幸せだよ。だって、アレキバ様と出会えたもの」
ホワイトは尻尾を軽く振る。
「ホワイトにだけ教えてあげる。アレキバ様とはじめて会ったのは、このベンチなの。勝手にアレキバ様を見ていただけだから、アレキバ様はご存知ではないけれどね」
物言わぬ猫に、彼女は独白する。
「私ね、どうしてもパーティーは苦手で、具合が悪くなって外に出たの。そのときにね、アレキバ様がここに座っていたの」
彼女はくすりと笑う。
「はじめは驚いたわ。だって、アレキバ様は社交的な方と聞いていたもの。もしかして、どなたかよい人と逢瀬の最中かしら? って思いましたわ」
キョロキョロとあたりを見渡し、近くの生け垣を指差す。
「あそこあそこ。あそこに隠れていたの。本当はこっそりその場から離れたほうが良かったのだけど、どうしてもアレキバ様から目を離せなかったの」
生け垣を眺める彼女は、懐かしげに目を細める。
「だって、アレキバ様、すごく寂しそうだったから。あんなに自信満々に商売をしているのに、たった一人でいるときは、本当に苦しそうにしていたの」
愛おしげに、ホワイトをゆっくり撫でる。
「あのときから、私、アレキバ様のことを意識しはじめたの。きっと、あれが一目惚れだったのね」
陰謀渦巻く貴族社会の中で、彼女は胸に秘めた恋の花を大切に大切に育んでいた。
運命は彼女に微笑み、見事エリーシャはアレキバと結婚した。
しかし、彼女もアレキバも、己の思いをあまりにひた隠しにしてしまった。
お互いがお互いを思いやっているのに、お互いの心は結ばれず、絡まってしまっている。
『全く、馬鹿な子ね』
けど、嫌いではない。
むしろ、好ましく思う。
どうにかして、二人をくっつけたい。
そのためには、彼女を開場に戻さないと!
例の作戦のために!