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ふわふわは悩むユウナの心を読み取り、こそっとささやく。
『聞いてみたらよいのではないか? あの男は、目的のためなら幽霊も使う卑劣な男であるぞ?』
『……だけどさ……』
出来るなら、彼を傷つけたくはなかった。
『なんでであるか?』
不思議そうに首を傾げるふわふわ。
『……なんでだろうね』
記憶もない、命もない、そんなユウナのそばには、ふわふわしかいなった。
成仏の方法もわからず、生まれ変わる方法もわからず、どうしていいか全くわからなかった。
カップルを脅かす道楽に勤しんでいたが、それも孤独を慰めるためでしかない。
そんな中、シンはユウナに乱暴ながらも手を差し伸べた。
最初は嫌だったが、彼を過ごしているうちに、どうしようもない寂寥感を抱かなくなっていた。
だから、ユウナはシンに感謝していた。
彼がなんとも思っていないのは間違いない。ふわふわの言う通り、使える物は使っているだけに違いない。
それでも、シンを傷つけるような方法は、とりたくなかったのだ。
ふわふわは、ユウナの心を読み取り、しばし考える。
『それはいわゆる……。友情、というものであるか?』
『……うーん』
友達、友達かあ……。
なんだか照れてしまった彼女は、斜め上方向の解釈をしてみる。
『あれかもしれないわよ。人質にとられた人が、犯人に同情する的な』
「……何の話をしているのかと思ったが、私への悪口か?」
人質をとっている自覚あるシンは、ぐいっと鎖を引っ張った。
『ぎゃふっ!』
ごろごろと地面を転がり、ぐったりと倒れる。
『ひどいっ! 女性に対する扱いじゃない!!』
「何言っているんだ。ユウナは女性の前に幽霊だろう」
『本当にこの男は……!』
シンに歯向かうことはできないにしても、一矢報いることくらいは出来るのではないか。
何をしてやろうかと顔を上げるが、シンは別の方向を見ていた。
「あっ、……しまった。無意識に帰ってきてしまっていた」
『うん?』
どたばたと、地面が振動する。
「シンお兄ちゃん!! ただいま!!」「シンお兄ちゃん、おままごとして遊ぼうよ!」「シンお兄ちゃんシンお兄ちゃん!! 戦いごっこしようよ!!」
大小様々な子供たちが、シンに群がっているではないか。
『う、うん……?』
神父らしからぬ守銭奴男に、純粋無垢な子供たちが懐いている。
つまり、これは……。
『ま、まさか、児童の人身売買までやっているのあなた!!??』
シンは呆れて口を開きかけ、ユウナの姿が子供に見えないことを思い出し、心の中で念じる。
――そんなわけなかろう。人身売買は我が国では法律違反だ。法律の罠をくぐってやるにしても、買い手がいないから利益にもなれない。
――他国なら売れるかもしれないが、そこまでの輸送費がかかる。
――我が国は険しい山や魔物が住む砂漠、激流の海に囲まれている。船や馬車で移動できない以上、他国へは徒歩で移動しなくてはならない。
――体が弱く、魔物の餌食になりやすい子供を歩かせるのは、リスクがあまりに大きすぎる。人身売買なぞ、ハイリスク・ノーリターンだ。やる価値もない。
『え、何? ……一度、本気で人身売買しようとしていたの……?』
――そんなことはない。理論的に説明したまでだ。
『……』
――待て。私が人身売買を考えていたと本気で思っているのか? 違うぞ。教会の孤児院で暮らしている子たちだ。
『孤児院……?』
教会の隣に、小さな家が建っていた。
家の前には、五歳くらいの子どもたちがカケッコをして、十歳くらいの子が小さな子どもたちとおままごとをしている。
誰も彼も、シンを見ると目を輝かせて「おかえりなさい!」と挨拶をする。
家の扉が開き、可愛らしい大人の女性が出てきた。
「あら、シンお兄ちゃん! 遅かったわね」
肩まで伸びる茶色の髪の毛に、優しげな細めの黒い瞳と、美人タイプな女の子だ。
「セシリー、すまないな。留守番ありがとう」
「いいのよいいのよ。私も仕事が忙しくて、全然顔出せていなかったから」
セシリーは、人懐っこい顔でニコニコ笑う。
「それにしても、また金策で走り回っていたの? まったく……。孤児院の資金がないのなら、私が寄付するのに」
「孤児院出身者からは募金を受け取らない主義なんだ」
セシリーは肩をすくめる。
「もう、シンお兄ちゃんったら……。私たちをかわいがってくれるのはいいけど、大人なんだから、お金くらい出すのに」
「可愛がっていない。もらわない主義だからだ」
「はいはい」
ユウナは二人のやりとりで、シンがあんなにも守銭奴な理由を察した。
親がいなくとも子は育つというが、お金がないと子供は育たない。
たくさんの子供達を養うため、シンは恋愛商品なんてものを発売して、資金を集めていたのだ。
『なるほどね……』
今まで、どうして国教の神様はシンの夢に出て神託を与えたのかと疑問に思っていた。
なるほど、これほどまでの善行をつんでいれば、信仰心が多少なくても、頼み事をしたくなる。
それにしても……。
『そっか……』
シンは、あんなにも可愛い女の子がそばにいたのか。
ならば。
……あの作戦を、実行してもいいかもしれない。
『ユウナ?』
ふわふわが訝しげに尋ねる。
『なんだか、悲しそうな顔をしているが、どうしたのであるか?』
『悲しそう? ……さあ? なんでかしらね』
唯一の人間の知り合いが、他の子となかよしだったのが、寂しかったのかもしれない。
そんな、しょうもない気持ちだ。
『……さあ、作戦会議をしなくちゃね』
ユウナは、にっこりと笑った。