四泊目:新たな従業員
仕事中に倒れている人を見つけたメイコウ。
万来宿に連れて帰るがなにやら不思議な人のようだ。
「しばらく来てなかったからな……こりゃ骨が折れるぞ」
山道に飛び出している枝を切り落としながら進む。
切っても切っても終わりが見えない作業に、メイコウは大きくため息を吐いた。
「ま、サボってた自業自得だよな。うだうだ言ってても仕方ない。よし!やるか!」
気合いを入れ直して一歩踏み出す。
すると、何かを踏んだ。
「ん?何か踏んだような……」
足元を確認すると、ほんのり白い肌色が見えた。
「うおわぁっ!!」
メイコウは飛び上がり尻もちを着いた。
改めてしっかり確認する。
それは紛れもなく……人の足だった。
「で、連れて帰ってきたと」
「どうしたらいい?」
「俺に聞かれても困るんだけど」
メイコウが女性を連れてきた。
息はしていたので、死んではいないようだ。
だけど……。
「とりあえず起きるのを待つしかないでしょ。名前も分からないんだから」
「まぁ、そうだよな。じゃあ、ラベルは普通に過ごしてくれ。起きるまで傍にいるよ」
「あなたに連れてこられたしね」
「そうそう。メイコウが連れてきたんだし当然……え?」
女性は突然起き上がり、気持ちよさそうに背を伸ばした。
そして眠たそうに目を擦る。
「こんにちは、優しいお二人。いい宿だね。落ち着く」
女性は立ち上がり窓際の椅子に腰掛け、俺たちの顔を見て小さく笑った。
「ふふっ……面白い顔だね。ところで、お金は無いけどしばらく泊まっていいかな?なんか何も思い出せなくて、行くあてもないんだ」
まだ思考は止まっているが、この人が相当マイペースなのはよく分かった。
あと、起きて早々図々しいな。
「……いいけど、その間は働いてもらうよ。さすがにタダでとは行かないからね」
「ちぇー。ま、分かったよ」
唇を尖らせる女性に、メイコウが尋ねた。
「なぁ、今何も思い出せないって言ってたけど、記憶喪失ってやつか?名前も分からない感じ?」
女性は顎に指を当て、少し考えた。
「……名前は『イサナ』だね。それ以外は分からないな」
「そうか……イサナは裏の山の中で倒れてたんだが、なにも思い出せないか?」
イサナは窓を開け、景色を眺めながら答えた。
「思い出せないね〜。無理に思い出そうとすると頭痛くなるや。にしても殺風景だね。街道と山しかない。あ、川もあるね」
本当に気を失っていたんだよな?
「……とりあえず、今日はしっかり休んだらいい。働くのは明日からでいいから」
「りょうか〜い。ところで、なんか食べるものない?お腹すいてるんだ」
「じゃあ何か作ってくるよ。自由にしてて」
「手伝うぞ」
俺とメイコウは部屋を出て、ロビーへ向かった。
少し部屋から離れたところで、メイコウが前を向いたまま言った。
「……なんか、悪いな」
「色々手伝ってもらうからな」
「……はあぁぁ」
俺一人のロビーで机に突っ伏し、大きなため息を吐く。
「どうしたもんかなぁ……伝え方がいけないのか?いやでも他にどう言えば……」
ぶつぶつ言っているとドアが開き、薪割りを終えたメイコウが入ってきた。
「よっ。そっちの調子……は、良くなさそうだな」
「メイコウ……イサナのことで……ちょっとね……」
メイコウが向かいに座った。
「苦手なタイプか?」
「いや、そういうんじゃないんだよ。ただ、何をさせても失敗が多くてさ……付き合い方がいまいち分からないというか何というか……」
「つまるところ、苦手なわけだ」
「……まぁそうだね」
イサナが来てから早三日。
色々と仕事をやらせてみるが、どれも失敗ばかり。
初めてだろうし、失敗するのは仕方ないのだが……。
「覚えようとしている気がしないんだ。何となくでやろうとしているような気がして……」
突っ伏す俺を見て、メイコウは何かを決めたように立ち上がった。
「よし。少しイサナのところに行ってくる。今は何してるんだ?」
「え?今は近くの川で洗濯してもらってるけど」
「わかった。じゃ、また後でな」
そう言ってメイコウは出ていってしまった。
「……何を考えてるんだか。まいいや、昼ご飯作ろ」
ラベルがいつも行っている川へ向かう。
別に説教をたれに行く訳では無い。
ただ単に、イサナと話をしたいだけだ。
川に近づくと、どこかから歌が聞こえてきた。
この曲……どこかで聞き覚えが……。
「……らっらーら♪」
「夜明けだ目をこすって起き上がれ♪」
タイミングを合わせて歌い始めると、イサナは驚いた顔で振り返った。
「晴れ間だぞ。船出だぞ♪」
「「急いで帆を張れ出航だ♪」」
イサナは再び川を眺めた。
「今の、ポートの漁師の歌だろ」
「そうなの?無意識に口ずさんでただけなんだよね」
「それにしては、歌詞も覚えてたみたいだけど?」
イサナは寝転がり、そっぽを向いてしまった。
「ちょっと思い出したんだよ。いつも歌ってたなって」
「となると、イサナはポート育ちなのかもな」
少しの沈黙の後、イサナが話し始めた。
「私はポートのみかん農園に生まれたんだ。小さい頃は楽しかったけど、大きくなるにつれて世話が面倒になってきて……他のことをしてみたいって言ったけど、農園を継げって。だから……逃げ出したんだ」
話終えると、ほっとしたようなため息を吐いた。
「はは、言っちゃったね」
「記憶喪失ってのは?」
「ごめん、嘘だよ。全部覚えてる。私記憶力良いんだ」
「そうだったのか。なら良かった」
そう言うとイサナは不思議そうに俺を見た。
「……怒らないの?」
「何で?」
「だって、嘘ついてたんだよ?」
「怒るほどの事じゃない」
「……変わってるね」
「よく言われる。でも、自分らしく生きてるだけさ」
イサナは空を見上げたが、その目はどこか遠くを見つめていた。
「よかったら、昔のこと話してくれないか?」
しばらく返事はかえってこなかった。
数分するとイサナは立ち上がり、濡れた衣服の入った籠を持ち、こちらに振り返った。
「今はまだ忘れていたい。またいつかね」
「そっか。じゃ、戻るか。そろそろ昼飯できる頃だろ」
「あ、ラベルさんには内緒でお願い」
「記憶のことか?あいつも怒らないぞ」
「そうじゃなくて……ここにいる理由が無くなっちゃうから。まだここにいたいんだ」
イサナはそう言って微笑み、歩き出した。
あいつの居心地がいいと言われると、俺も嬉しい。
口元が緩んで仕方ない。
イサナと雑談をしながら、俺も宿へ歩き出した。
「ただいまー」
メイコウが帰ってきた。
「ラベルー、飲み物くれー」
「はいはい。で、何話してきたの?」
「んー?くだらない事だよ。調子どうかとか、仕事楽しいかとか」
水を注いだコップを渡し、向かいに座る。
「それでなんて?」
「めんどくさいってさ」
「そっかぁ……」
そう言ったところでドアが開き、イサナが戻ってきた。
「あ、おかえり。ちゃんと干せた?」
イサナは俺とメイコウの間に椅子を持ってきて座った。
「頑張りましたー。でも風が強くなってきたから、早めに取り込んだ方がいいかも。あ、私もお水くださーい」
「じゃ丁度いいし、二人とも昼食食べな。」
「「わーい!」」
台所に戻り、丼に米をよそってその上に具を乗せる。
温めておいた味噌汁もよそり、水と一緒におぼんに乗せて二人の元へ運ぶ。
「ほい、今日の昼は親子丼だよ。七味はご自分で」
「親子丼!久しぶりだな!いただきます!」
「一二三四五六七味っと。いただきます」
イサナは辛いものが好きなのだろうか。
大量に七味をかけている。
「むぐむぐ……ゴクン……あぁー美味しー。この数日食べててわかったけど、ラベルさんはあれだね。一流の料理人に引けを取らない腕だね」
「はは、言い過ぎだよ。までも、褒められるのは嬉しいね」
「いやいや、ほんとだよー。あ、そうだ。私のこと、正式に雇ってくれない?」
「え?あぁ、うん。え?今なんて?」
「ほら、今の私って非正規雇用でしょ?ここ居心地いいからさ。正式に雇用してもらえば出ていかなくていいでしょ?」
突然の話に思考が止まる。
なんかメイコウはニヤニヤしてるし。
「……えーっと、いいよ。というか、こっちとしても色々助かる。けど、知っての通りあんまり客は来ないから、給料はそう高くないよ?」
「別にいいよ。あ、じゃあ代わりに三食屋根付き風呂付きでどう?」
「イサナがそれでいいならいいけども。今とそう大差ないし。部屋……はどこかを好きに使えばいいか」
「じゃ、決まりで」
イサナは再び親子丼を食べだした。
……決まるの早かったな。
まぁ、従業員が増えて助かるのは確かだ。
もっと丁寧に教えていけば、一月後には大体覚えられるだろう。
今は深く考えなくていいか。
「おかわり!」
メイコウから丼を受け取り、キッチンに戻った。
これは余談だが、翌日からのイサナはほとんど失敗をしなくなった。
本人曰く。
「今までは責任もやる気もなかったから」
とのこと。
……まぁ、いいか。
お読みいただきありがとうございました!
万来宿に新たな従業員が出来ましたね。
マイペースなようですが、悪い人じゃなさそうですね。
それてでは、次回もよろしくお願いします!