三泊目:波乱の買い出し
いつものじゃがいもが買えず、街へ買い出しに行くラベル。
しかし、謎の子供の家を探すことになって……じゃがいもは無事手に入るのか?
「ありがとやっしたぁ!今後ともどうぞご贔屓に!」
いつもの商隊を見送り、買った食料を倉庫に運ぶ。
「……よし、これで全部っと」
しかし今回は運が悪かった。
「まさか、じゃがいもの仕入れがないとはな……」
今期はじゃがいも畑が動物に荒らされ、収穫数が少なかったらしい。
更に、新参の商隊が買い占めてしまったらしく、いつもの商隊は買えなかったらしい。
「まぁ、こぼれたミルクを嘆いても仕方ない……か」
大きめの袋と財布を持ち、外に出る。
幸い今は宿泊者がいない。
鍵を閉め、ドアにかけた札を裏返す。
「さ、行くか」
久しぶりの街を目指して歩き出した。
アマツキ街。
円形に作られた街は、中央広場で交差する二つの大通りで四つに分けられている。
南西部の工業区、南東部の商業区、北東区の住宅区、北西部のスラム街といった具合だ。
俺が来たのは、商業区の中でも特に人が多い露店通り。
大勢の商人や地元民が集い、値切りや呼び込みの声が飛び交う。
「すいません!通りまぁす!」
今日はいつにも増して道がごったがえしており、じゃがいもを一袋分買うだけでも一苦労だ。
「どうも、また来るよ」
「あざっしたぁ!いらっしゃい!こちら全部で……」
店員さんも大忙しだ。
露店通りからしばらく歩くと空気は一変し、静かで落ち着いた場所に出る。
ここは職人通りと呼ばれており、その名の通り職人達の店が建ち並ぶ。
少し遠回りになるが、こっちからなら落ち着いて広場に戻れる。
「おや、ラベルさん。久しぶりね」
「岩餅屋のおばちゃん、お久しぶりです」
固めのせんべいを作る岩餅屋の奥さんだ。
「今日は買い出し?」
「はい。いつも買ってるところのじゃがいもが動物にやられちゃったらしくて」
「あらら、それは大変ね。大変だったでしょう。そうだ!うちの煎餅持ってきな!出来たてだよ!」
「えっいいんですか!?ありがとうございます!」
おばちゃんから煎餅の入った箱を受け取ると、中から香ばしい醤油の香りが溢れてきた。
「今度お店の方に行きますね。それじゃ」
おばちゃんと別れてしばらく歩きだす。
もう少しで広場に出る。
辺りの店をキョロキョロしながら歩いていると、路地の入口に座る男の子を見つけた。
見た感じ、まだ10歳くらいだ。
誰かを待っているように見えるが、何だか妙な気がする。
近寄って行くと、向こうもこちらに気がついた。
「や、こんにちは。ボク、何してるの?」
「えっあ……いや、なんでも……」
「そう?何だか困ってそうだったけど、平気?」
男の子は目を泳がせながら頷いた。
「……そっか。じゃあ、俺は行くね」
俺が立ち上がり歩き出したところで、その男の子が袖を掴んできた。
「ね、ねぇ!俺、キョウ!おじさんは?」
「俺?俺はラベルだよ」
「じゃあラっさん!一緒に遊ぼ!」
ら、らっさん?
「遊ぶ?うーん……いいけど、何をして?」
ついさっきまでとは打って変わり、男の子はやんちゃな笑顔を浮かべた。
「じゃあ、俺の家探そう!俺今迷子なんだ!」
なんでそんなに自慢気なのか。
「迷子って……大変じゃないか。家はこの辺?」
「ここどこか分かんない!」
そっかぁ……。
「じゃあ、まず広場に行こう。広場からなら、見覚えのある建物が見つかるかもしれないし」
「分かった!じゃあ、しゅっぱーつ!」
本当にさっきまでの寂しそうな感じはどこへやら。
男の子は元気に走り出した。
「で、見覚えのある建物とか見える?」
「うーん……」
広場のちょうど真ん中に作られた噴水をぐるりと回る。
「あっ!こっちかも!」
「お、あった?」
「多分!」
多分かぁ……。
キョウが指さしたのは工業区。
工場が大半を占める区で、あまり人が住んでいるとは聞かない。
「ラっさん早くー!」
「あぁ、今行くよ」
いつの間にか走り出していたキョウを追いかけ、俺も工業区に入った。
さすが工業区というだけあり、大きな音や嗅ぎなれない臭いが入り交じっている。
「キョウ。ここは見覚えあるかい?」
「え!?なに!?」
「ここは!見覚え!あるかい!」
「え!?」
「ここはッ!!見覚えッ!!あるかいッ!!」
「ないッ!!」
「じゃあ!もう他の区に行ってみよう!」
「え!?」
俺はキョウの手を引いて来た道を戻った。
「ラっさん!あそこで遊ぼうぜ!」
「おー、公園じゃん。いいけど、少しだけな」
次に来たのは住宅区。
人が暮らすための区で、家や公園、学校などがある。
「それでどうだ?この辺は見覚えある?」
「うーん……ちょっと知ってるような気がする。家が多かったんだよ」
「じゃあ、遊んだら探しに行こうな」
「うん!」
そう言ってから早二時間経過。
「次はまた鬼ごっこ!ラっさんが鬼ね!」
ずっと遊び続けていた。
「な、なぁ……キョウ。そろそろ家を探しに行かないか?流石に疲れてきたんだけど……」
「えー?まだまだ遊びたいよ!」
「じゃあ、せめて少し休ませてくれ……」
「仕方ないなー。じゃあ、あそこの芝生で休もう。この時間は日当たりが良くて気持ちいいんだ」
言われた芝生に座ると、確かにふかふかで暖かい。
寝転がったらすぐに寝てしまいそうだ。
「そういえば、俺お腹すいたな。ラっさん、何か食べ物ない?」
「今は芋くらいしか……あ、ちょうどいいのがあるぞ。さっき岩餅屋の人に貰った煎餅だ」
「せんべい?なにそれ?」
「え、知らないのか?硬い米菓だよ。ものにもよるけど、醤油の香ばしい香りと味が美味いんだ」
キョウに煎餅を渡すと、不思議そうな顔をしながら噛み砕いた。
一口目を飲み込んだキョウは目を輝かせ、あっという間に一枚を食べきった。
「もいっこ!」
「口に合ったか?はら、落ち着いて食えよ」
貰った煎餅を食べきった俺たちは、再び家探しに歩き出した。
「……なぁキョウ。さすがにここは違うと思うんだけど」
「んー?」
次に来たのはスラム街。
警備の目が届かない場所であり、法が適用されにくい。
上下関係で物事が決まり、基本逆らうことは出来ない。
キョウが勝手に走っていってしまったから追いかけてきたが……。
「キョウ、ここは危ないところなんだ。誰にも見つかってない内に逃げよう?」
「んー」
キョウはさっきから同じような反応しかしなくなってしまったし、困ったな……。
その時、遠くから誰かが走ってきた。
「あっ!おい!見つけたぞっ!」
「うわっ……ラっさんこっち!」
キョウに腕を引っ張られ、狭い路地へ連れていかれた。
「おい、いたか?」
「いや、見失った。クソッ!やっと見つけたのに……」
「まだこの辺にいるはずだ。お前はあっちを探せ!」
「おぉ!」
足音が消えた。
そっと顔を出して辺りを見回す。
「……もう誰もいないぞ、キョウ」
「そっか。じゃ、行こっか」
そそくさと歩き出したキョウの頭を抑える。
「待て待て。キョウ、お前ここで何したんだよ?ここのヤツらを怒らせてると酷い目にあうぞ」
「知ってるよ、ラっさんよりもね」
「え?それはどういう……」
「歩きながら話すよ。行った方が分かりやすいし」
「あっおい、気をつけないと……」
「「見つけたぞ!オメェら!」」
怖ーい人たちに見つかった。
「待てやぁ!」
「逃げられると思うなよ!」
「げへへへ一攫千金……一攫千金……」
「ガキャア!」
後ろが怖い。
キョウを抱えて逃げているが、限界は早いぞ。
「なぁ!キョウ!どっちに行けばいいんだ!?さっき行くとか言ってただろ!?」
「……いいの?こんなことに巻き込んじゃったのに」
「乗りかかった船だ!気にしないよ!」
「っ!……じゃあ、次の角を左!」
キョウに指示されたとおりに進む。
やたらスラム街の道に詳しいワケは後で聞くとしよう。
「……次の十字路を真っ直ぐ……あっ!ラっさん後ろ!」
言われて振り返る。
だいぶ近ずかれていたようで、キョウに言われなければ危なかった。
俺は咄嗟にじゃがいもをぶち撒ける。
先頭集団が足を取られ、そこに後続が突っ込んで転んだ。
「ウハッ!ラっさん最高!!あ、次左ね」
「なぁ、まだ走るのか!?さすがに疲れてきたんだけど!?」
「もう少しだよ!もう少しで見えてくる……ほら!あれが俺ん家だ!」
そう言ってキョウが指さす先には、このスラム街で一番大きな家が建っていた。
「あ、あれがっ!?」
玄関前に着くとキョウは降り、袖の下から鍵を取りだして開けた。
「なんでそんな所に閉まってるんだ?」
「ここじゃ大切なものは隠して過ごすんだ。じゃないと盗られるからね」
「さ、さすがスラム街だな」
中に入ると、高級そうな椅子に座り葉巻を吸っている厳ついおっさんが待っていた。
おっさんは俺たちを見て立ち上がり、小さく手を叩いた。
「ようこそ、そしておかえり、キョウ。今回は随分長く遊んできたな」
「ただいま、父様。この人が遊んでくれたんだ!」
キョウの父親らしいおっさんは俺を睨みながら近ずいて来た。
目の前で止まり、ぎっと睨みつける。
「…………お前さんが、キョウの面倒を?」
「え、あっはい。ラベルっていいます。えっと、町外れで宿屋を経営していて……」
そこまで言ったところで、おっさんに遮られた。
「ありがとうッ!!あの子はやんちゃだから苦労をかけたろう?なのにここまで連れてきてくれたこと、感謝するぞ!」
「えっ」
顔は変えずに、俺の手を強く握ってきた。
いや、これはこれで怖いな。
と、そいうえば、さっきおってきていたヤツらを忘れていた。
「あの、さっきまで外で柄の悪そうな人達に追われていて、もうすぐ追いつかれてしまうかもしれないんだ!」
「うむ、分かっておる。だが安心しなさい。この区画においてここは最も安全な場所だ」
「えっと……それはどういう……」
「えっとね、ラっさん。俺の父様は、この区画の商人をまとめるボスなんだ!父様に逆らったらここで商売できなけなるから、誰も父様には逆らえないんだ」
「キョウ……なんか凄いな」
キョウはニカッと笑い、そそくさと二階へ上がっていってしまった。
「さて、君。名前は?」
「あっ、俺はラベル。街道沿いで宿をやってる者だ」
「そうか、宿主か。では、息子を連れてきてくれたお礼をしよう」
そう言ってそそくさと他の部屋へ行ってしまった。
どうしていいか分からず、外を気にしながら待っていると、割とすぐに戻ってきた。
「連中なら大丈夫だ。私が、キョウを連れてきた者に褒美をやると言ったから、君は追われたのだ。キョウが帰ってきた今、もう追われはせんよ」
おっさんのせいかい。
「それより、これがお礼だ。気に入るといいのだが……」
「あ、どうも」
おっさんから大きな袋を貰った。
臓物とか入ってないか心配だったが、中には大量の野菜が入っていた。
「動物に荒らされた農家の無事だった野菜たちだ。今朝仕入れたばかりで、どれもまだ新鮮だ」
……動物に荒らされた畑。
じゃがいもを手に取ってよく見るとやはり、これはいつもの仕入先の農家の作物だ。
まさか、こんな形でいつものじゃがいもを手に入れられるとは。
露店で買ったものはさっきぶちまけてしまったし、ちょうど良かった。
「ありがとう。実はちょうど必要だったんだ」
「そうか、なら良かった」
「ラっさん!これ、俺からのお礼!お気に入りなんだ!」
戻ってきたキョウから何かの箱を渡された。
「おぉ、ありがと。開けていいかい?」
「うん!」
蓋を開けると、中にはクッキーが入っていた。
「クッキーか!久しぶりに食べるなぁ……」
早速一枚口に放ると、優しい甘さが口の中に広がった。
噛めば噛むほど甘くなり、口の中で溶けるように崩れる。
これは……そこらで買える代物じゃないぞ。
「うん、美味いな!これ、どこで買えるやつだ?」
「ポートの千美屋千美屋から取り寄せてるんだ。ちょっと遠いんだけど、美味しいからね」
千美屋ってたしか、高級品ばかり取り扱う店だったような……。
「こ、これはまたすごいものを貰っちゃったな。さすがに家に送っただけじゃ……」
「それもあるけど、あのせんべいのお礼だよ。めちゃくちゃ美味かった!ありがとっ!」
キョウの無邪気な笑顔に、これ以上は何も言えなくなった。
「……そっか、ありがたく頂くよ。じゃ、そろそろ帰るかな」
「うん!あの公園でよく遊んでるからさ、また遊ぼ!」
キョウ親子に見送られ、俺は外へ出た。
そう、治安の悪いスラム街の道へと……。
……無事に帰れるといいな。
お読みいただきありがとうございました!
ラベル、だいぶ特殊な人脈が出来ましたね。
次はどんな人と繋がるのでしょうか?
次回もよろしくお願いします!