一泊目:虹の鳥を探しに
ラベルとメイコウの最初のお話。
噂の虹の鳥を探しに霧に包まれる山へ入っていった二人は、果たして虹の鳥を見つけられるのでしょうか。
「にしても、客こねぇな」
静かな宿のロビーで、俺たちは寛いでいた。
「仕方ないよ。数日前からずっと雨だし、みんな足止めくらってるんだろうね。万来宿は街から離れてるから、こういう日は客が減るんだ」
「たいして強い降りでもないのになぁ……なぁ、ラベル。この記事読んだか?」
旅人である大柄な男『メイコウ』が、この宿の主人である俺『ラベル』に今朝の新聞を見せてきた。
「あぁ、虹の鳥ね。見つけると幸運が訪れるっていうやつでしょ」
「そうそう。どういう訳か、長い雨の後にしか見つからないらしいんだ」
「でもそれって都市伝説でしょ?目撃例はあるのに、誰も捕まえたことは無い。道に迷った旅人が霧の中で見た幻覚ってのが噂の始まりだし」
そう言うと、メイコウが持っていたジョッキを置いて立ち上がり。
「ラベル、捕まえに行こう!俺たちが最初の捕獲者になるんだ!」
メイコウの唐突な提案に、俺は窓の外を眺めて言った。
「……雨、まだ降ってるけど」
まだ小雨が降り続ける山を慎重に登っていく。
雨で地面がぬかるんでおり、油断すると滑り落ちそうだ。
「おーい!ちょっと待ってくれよ!」
十数歩先を歩くメイコウを呼び止める。
「お前、また体力落ちたな。旅人時代はこのくらい余裕だったろ」
「昔はそうでも、今は宿の主人だ。こんなに歩くことも無くなったし」
ようやっとメイコウに追いつくと、あることに気がついた。
「なぁ、メイコウ。なんか、霧が濃くなってないか?」
「まぁ、山の中だし、まだ雨降ってるしな。にしても、ちょっと危険だな。早めに下山するか」
そう言ってメイコウは先へ進んで行く。
「……進みはするのね」
しばらく登り続けたが、虹の鳥どころか生物の気配すらしない。
霧も濃くなってきており、目の前を歩くメイコウより先がほとんど見えない。
「メイコウ、一応聞いておきたいんだが、アテがあって進んでいるのか?」
「いや、全く」
やはり当てずっぽうだったか。
「流石に霧が濃すぎる。もう下ろう」
「いやぁ、そうしたいところなんだがな。ここまで濃いと、俺にも帰り道がわからねぇや」
「お、お前な....」
普段なら一、二発叩いているが、疲れてそんな気にならない。
「よし、ラベル。今日はこの辺りで野宿しようぜ。これ以上動くのは危険だ」
「はいはい。で、食料は?」
「勢い出来たから、ない」
「だろうね。この霧がいつ晴れるかも分からないし、最低限の食料は確保しておこう」
「だな。と、ラベル。これ腰に結んでおけ」
メイコウに湿った縄の端を渡された。
「これを互いに結んでおけばはぐれないし、お前が滑落しても俺が支えられる。要するに命綱だな」
渡された縄を腰に結びながら、大きくため息を吐く。
「はぁ……なんでこういうのは持ってるのに、食料を持ってこないのかね、お前は」
冷たい縄を結んだら取れないのを確認し、食料探しを始めた。
大量の木の実にキノコ、山菜、果物を地面に置く。
何度か転んだり滑落しかけたりしたせいで、すごく疲れた。
「こんだけあればしばらくは大丈夫だな。ラベル、料理は任せるぜ」
「それはいいけど、どう作れってのさ?こんたところじゃ火も起こせないよ」
そう言うとメイコウは果物を手に取り、口に放り込んでしまった。
「ちょっ!?」
「……うん。生でもいけるぞ。これ美味いな」
シャクシャクと咀嚼音を立てながら、二個、三個と食べていく。
「味じゃなくて衛生面。まだ洗ってないんだぞ、それ」
「雨で洗われてるし、平気だって」
「お前の異様な強さの胃腸と一緒にするな。で?これからどうする」
メイコウは種を吐き捨て、また次の果物を手に取る。
「もう今日は動かない方がいいな。さっきより霧が濃くなってるし、晴れるまでは無闇に動かない方が良い」
「つまり、しばらくは宿もお休みって訳か」
「ま、客いなかったんだし、気晴らしと思おうぜ」
大きくため息を吐くと、足先から疲れが込み上がってきた。
そのまま疲れに身を任せて寝転がる。
「俺は疲れたから、しばらく寝てるよ。霧が晴れたら起こして」
「どんだけ寝るつもりだよ」
……近所のガキ大将だ。
……カラスをいじめてたのか。
……羽が治るまで、ここにいていいからな。
……ほら、この足のテープが友達の印だ!
……またな、もう捕まるなよ。
「……ベル……ラベル!おい!起きろ!」
メイコウに体を揺すられて目が覚めた。
……随分昔の夢を見たな。
「……なんだよ、メイコウ。霧じゃ腹は膨れないぞ」
「寝ぼけてないであれ見ろ!」
メイコウの指す先に目をやる。
そこにはカラスが一羽いた。
「カラスがどうかした?あんなの、その辺にもいるじゃんか」
「そうだけどそうじゃない。カラスは群れる鳥だ。こんな山奥に一羽だけいるのはおかしい」
言われてみれば確かにそうだ。
「でも、カラスだって生きてるんだ。あのカラスは一羽の方が気楽なんだろ」
「まぁ……それはそう。でも、ラベル。あの”話”を覚えてるか?」
「あの話?」
「ほら、宿で見た”虹の鳥”の話だ。今の俺たちの状況、ピッタリじゃないか?」
道に迷った旅人が霧の中で見た……だったか。
確かにピッタリ当てはまる。
「でもあれはカラスだぞ?虹色じゃなくて、真っ黒の」
そうこう言っている間にカラスは飛び上がり、俺とメイコウの上を通って行った。
「ラベル!追いかけよう!」
「は!?いや、ちょ!ひ、引っ張るなっ!!」
結んだ綱に引っ張られ、霧の中を走り出した。
しばらく走ったところで、メイコウが足を止めた。
「くそっ!見失った!」
メイコウにもたれかかり、乱れた呼吸を整える。
「はぁ……はぁ……どうするんだよ……食料……置いてきたんだぞ」
メイコウは辺りを見渡し、カラスを探す。
しかし見つからなかったようで、その場に座り込んだ。
「悪い、ラベル……がむしゃらに走ったせいで、方角も分からなくなった」
「お前が後先考えないタイプなのは知ってるから、別に怒ろうとも思わないよ。それより、ここからどうするかだ」
霧はまだ濃いし、体も疲れている。
このまま動かずにいるのが一番か。
「ラベル。もう動くのは控えよう。霧が晴れてから、山を下ろう」
「あぁ……とりあえず、少し休もう」
俺もその場に座ろうとしたその瞬間、地面に輝くものを見つけた。
不思議に思い手に取ると、それはキラキラ輝く黒い羽であった。
気がつけば、辺りは薄っすら明るくなっている。
そろそろ朝のようだ。
そう考えた瞬間、メイコウがいきなり立ち上がった。
しかし走り出すでもなく、ただ一方向を見つめている。
視線の先に目をやると、そこには虹色に輝く鳥が飛んでいた。
互いに顔を見合わせ、見間違いではないと確信する。
今度は足並みを揃えて、一緒に走り出した。
距離を測るように飛ぶ虹の鳥を追いかける。
まるで、俺たちを導いているみたいだ。
そしていつの間にか霧を抜け、万来宿のすぐ近くに出た。
しばらく追いかけると、虹の鳥は一気に速度を上げ、その身体を黒に戻した。
その黒い鳥の足を見て、オレは目を丸くした。
しかし、黒い鳥はあっという間に遠くへ行ってしまった。
周囲を見回すと、万来宿がすぐ近くにあった。
二人で呆然と立ち尽くしていると、前方に何かを見つけた。
それは先程と同じ黒い羽だった。
水滴が朝日に照らされて、微かに虹色に輝いている。
「なるほど。どうりで捕まらないわけだ。虹の鳥の招待は、朝陽が水滴で反射したカラスだったとは……元気そうでよかった」
メイコウにもう一つの羽を渡し、万来宿に向かって歩き出す。
「メイコウ、ありがとな。いい思い出ができたよ」
「そっか。なら良かった。じゃ、俺はそろそろ旅に出るかな」
万来宿のドアを開け、メイコウを中に入れる。
「土産を待ってるよ。それじゃあチェックアウトをしよう」
お読みいただきありがとうございました!
楽しんでいただけたなら嬉しいです。
下手な表現や文章があると思いますが、素人と思って大目に見ていただけると…助かります。
ラベルを中心に動く……訳でもない、アナログな世界の日常物語。
次回もよろしくお願いします!