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【短編】現代ドラマ短編シリーズ

不幸の小箱

作者: 烏川 ハル

   

「おや、これは誰だ……?」

 郵便受けに入っていた手紙を手に取ると、田乃口(たのぐち)隆吾郎(りゅうごろう)はその場で立ち止まったまま、小さく首を(かし)げていた。

 企業や役所などから送られてきたものではなく、普通の官製はがきに書かれた私的な郵便物だが、表面(おもてめん)にある差出人の名前に全く心当たりがなかったのだ。

 不思議に思いながら、裏返してみると……。

 脅迫じみた文面が書かれていたにもかかわらず、隆吾郎の顔には笑みが浮かんだ。

「ほう、懐かしい。不幸の手紙じゃないか、これは!」


 不幸の手紙とは一種の迷惑行為であり、隆吾郎が子供の頃に流行(はや)っていたという。

 ただし彼自身は受け取ったことがないし、家族や友人も同様。だから隆吾郎にとっては伝聞でしか知らないものだった。

 そして隆吾郎が大人になる頃には、電子メールの台頭により「不幸の手紙」も電子版の「チェーンメール」へと進化。もはや不幸の手紙を受け取る機会なんて一生ないと思っていたくらいだ。

 隆吾郎の記憶によれば『この手紙を十人に出せ。さもないと不幸が訪れる』みたいに脅されるのが、典型的なパターンだったはず。

 しかし……。

「ふむ、これは少し()っているぞ。それとも、令和バージョンならばこれが普通なのかな?」



 以下の指示を守りなさい。

 守らないと不幸になります。

 まず、この手紙を同じ文面で、同年代の十人に出しなさい。

 また、この手紙をA4用紙に拡大コピーして、以下の展開図を切り取り、小箱を組み立てなさい。完成した小箱は、外からよく見える窓際に置きなさい。

 そうすれば不幸を防ぐどころか、その小箱に幸福ポイントが貯まり、幸せが訪れるでしょう。



 という文章と共に、少々複雑な図面が付記されていた。

 文面によれば「小箱」のはずなのに、サイコロのような六面体ではない。展開図を見ただけでは完成形が想像できないほどであり、隆吾郎はその点に興味を惹かれてしまう。

「ちょっとしたパズルと思えば、面白そうだな……」


――――――――――――


 出来上がった小箱は、縦長の直方体を基本として、両側に非対称の突起がついた形状。それぞれの突起はさらに上へと曲がっており、イラスト化されたサボテンを彷彿とさせる。

「鉢植えのサボテンを模した置物と思えば、確かに窓際に置くには適しているかもしれん」

 若干ほっこりした気持ちになり、隆吾郎はそれを指示通りの場所へ。

 文面にあった『そうすれば不幸を防ぐどころか、その小箱に幸福ポイントが貯まり、幸せが訪れるでしょう』を信じたわけではないが、ただ単に「中途半端は何となく嫌」という想いから、ついでに「この手紙を同じ文面で、同年代の十人に」という部分も実行した。

 すると……。


――――――――――――


「突然の訪問、申し訳ありません。(わたくし)、このような者でして……」

 灰色のビジネススーツを着た男が、玄関先で隆吾郎に名刺を渡す。

 隆吾郎がチラッとそれを見ている間に、灰色の男は素早く鞄を開けて、何やら商品を並べ始めていた。

「こちらは我が社の新製品で、一家に一台、ぜひ置いておきたいほどの……」


 いつのまにか隆吾郎の家には、訪問販売のセールスマンが頻繁に訪れるようになっていた。

 なぜ急に増えたのか、隆吾郎には心当たりがなかったが……。


 最近では高齢者を狙った押し売りや訪問詐欺も、手当たり次第ではなくなったらしい。

「不幸の手紙に従うような人間ならば、押しに弱くて流されやすいはず」と考えて、そうした手紙をあらかじめ送りつけるグループが出てきたのだ。しかも最初に何人かに送っておけば、手紙の指示通り十人に拡散させる者のおかげで、勝手に広がっていく。便利なシステムになっていた。




(「不幸の小箱」完)

   

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