STORIES 021:左の肩は雨に濡れ
STORIES 021
2駅離れた街の高校まで、自転車で通っていた。
30〜40分かかったかな?
もともと自転車で遠出するのが好きだったし、一緒に通う友達もいたから、苦にはならなかった。
まぁ…
途中でパンクしたり大雨に降られたり、大変なことも色々あったけれど、ね。
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2年生の終わりに…
バレンタインにチョコをもらったのをきっかけに、後輩の女の子と付き合い始めた。
小さくて、髪が長くて、控えめな笑顔。
彼女も自転車で通学していた。
もっとも、方向がまるで違うから…
並んで走ったりしたことはないけれど。
つまり、普段は一緒に帰るようなことはなかった。
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雨の日…
さすがに中学生までとは違い、自転車通学はお休み。
僕は電車を使う。
彼女は駅からバス。
だから、雨の日だけは…
帰る時間を合わせて、駅まで一緒に歩いた。
それは、まだ携帯電話も普及していない頃のこと。
今日は一緒に帰ろう、なんて気軽に連絡する手段はなかった。
下駄箱に手紙を入れておいたり、クラスまで行って呼び出したりしてね。
長いながい坂道を、ふたりでゆっくり下ってゆく。
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突然の雨で、帰りだけ電車にすることもあった。
傘が一本しかない。
僕が右手で傘を持ち、ふたり並んで歩いてゆく。
少しはみ出した左の肩を、静かな雨に濡らしながら。
きっと彼女は雨に濡れると、溶けて消えてしまう。
そう信じ込んでいるかのような僕は…
注意深く傘を差し続ける。
ぎこちない手つきで。
狭い歩道、長い下り坂をふたりで歩いてゆく。
友達がニヤニヤしながら僕らを追い越して、ときどきチラッと振り返ったりしていた。
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ある雨降りの土曜日。
当時は週6日制だから、土曜も毎週授業があった。
でも、学校は昼まででおしまい。
いつものようにふたりで駅まで歩いた。
どちらも口数は少なかっただろう。
そしてバス乗り場の前でさよならをした。
その日を最後に、一緒に帰ることは無くなった。
女の子と話すのが苦手だった僕が、初めて付き合ったコだった。
あの子もいつも緊張していた。
出逢うのが早すぎたんだね。
こういうことに慣れていなかったふたり。
沈黙のときも心地よくなるくらい、近付けたら良かったのにね。
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いま僕は、その街に住んでいる。
駅前のあのバス停のそばを通るたびに…
雨上がりに見た、あの子の姿を思い出す。
泣き出しそうな、困ったような。
今夜もしとしと降っている。
あの子はどこで何をしてるのかな。