ヒーローがヒーローを辞める理由
【登場人物】
キングイーグル…正義のヒーロー。突然ヒーロー引退を表明する。
ヒーロー連盟日本支部局長…日本のヒーローたちを統括する人物。キングイーグルに引退する理由を問う。
ーーとある正義のヒーローの話…なのだが…
「突然ですが、私は本日をもってヒーローとして戦うことを辞めさせていただきます。」
正義のヒーローとしてこれまで活躍してきた男・キングイーグルが「ヒーロー連盟」の幹部にそう言った。
「な、なぜだキングイーグル⁉」
ヒーロー連盟日本支部の局長は突然のことに動揺した。
「ここしばらく考えたんです。今までのヒーローとしての自分を顧みて。その結果、私はこれ以上ヒーローを続けることは出来ない。」
「しかし、ヒーローとしての君がいなくなったら、この世界はどうなるんだ。」
「今は自分よりも若く優秀なヒーローもたくさんいます。タフな彼らなら、いかなる困難も乗り越えられるはずです。」
「キングイーグル…」
「それでは失礼します。」
「ちょっと待てキングイーグル。」
去ろうとしたキングイーグルを局長は呼び止めた。
「今までの自分を顧みたと言っていたが一体過去のどこが引っ掛かったんだ?」
局長の問いにキングイーグルは一瞬固まる。
「え? 今までのすべてが引っ掛かったんです。」
「それじゃよくわからないよ。具体的に何が引っ掛かったんだ。」
「………」
キングイーグルは、乗り気ではなかったが重い口を開いた。
「ヒーローって、社会からのバッシングとかすごいんですよ。」
「⁉」
呆然とする局長。
「だって聞いてくださいよ。この前も悪の組織とビルの中で戦った時、必死の思いで大勢の戦闘員を倒したんですよ? それなのに後日ビルの管理人から私宛てにビルの修理費が届いたんです。」
「え⁉ そうだったの?」
何も知らなかった局長。
「そうですよ! 普通先に勝手に乗り込んだ悪の組織側が弁償すべきでしょ! 私はビルから悪の組織追い払ったんですよ?」
「そりゃそうだな。」
「あいつら、悪の組織に要求するのが怖いから、それに自費で直すのがキツイからっていうおかしな理由で私に請求したんです。」
「うわーそれはひどい。」
「そうでしょ。ヒーローってそんなに都合の良い存在なんですか?」
「まあ、テレビのヒーローは都合の良いタイミングで駆け付けて都合よく毎回勝つけど…」
「今は現実の話をしてるんです! しかもそれだけじゃないですよ? しばらく経ったら今度は悪の組織からも請求書が届いたんですから!」
「どういう神経してるんだその悪の組織!」
局長は仰天した。
「戦闘員本人やその家族から治療費やら慰謝料やら…もう訳がわからないですよ! 自分から悪の組織に与して戦ってるくせに!」
「まあ戦闘員の場合、首領とか怪人とかの上司に言われて戦いに来てるわけだからな~。」
局長は腕を組み天を仰ぐ。
「何ちょっと納得してるんですか。ふんっ、どうせ世間は私みたいに成功して金をたくさん持ってチヤホヤされてる人間が憎いんですよ。だから平気で理不尽に金を要求したりするんだ。とにかく、私はヒーローを辞めます。」
「あぁ~、ちょっと待って。」局長が引き止める。「こちらもサポート不足だったところがあったかもしれない。これからはヒーロー活動における弁償代や慰謝料は全てヒーロー連盟が負担できるように本部に提案してみる。な? なんとかヒーロー続けられないかね?」
キングイーグルは少し間を置いてから口を開いた。
「局長、ヒーロー連盟を変える前に、まず警察や自衛隊を変えた方が良いです。」
キングイーグルは真っ直ぐに局長を見つめた。
「け、警察と自衛隊?」
「えぇ、怪人や怪獣が現れた時、まず警察や自衛隊が避難誘導や迎撃を開始します。しかし、私が現れたらどうでしょう。突然民間人側に回って一緒に応援し始める。」
「それは、君という希望が現れたからだろう。応援することやされることの何が悪いのだ。」
「応援してる間、彼らは何の援護もしないんですよ! 民間人と一緒にただ応援するだけ。いやいや、お前らはどうみてもこっち側にいるべきだろうが! 仕事しに来てるんだろうが! 急に掌を返しているんじゃねぇ!」
「うぬぬ、君はそんなところまで見ていたのか…戦いながら。」
「ふんっ、いつもは治安を守りまーすとか、国防を守りまーすとか言って正義アピールしてるくせに、結局難題はすぐに丸投げ。ほんと、嘆かわしいものですよ。」
「結構な言いようだなキングイーグル。怒られるぞ。」
局長は思わず引いた。
「それでは今度こそ失礼します。」
「ちょっと待ってェ!」
局長はキングイーグルの腕を掴んで引き止める。
「もうなんですか! 気持ち悪いな!」
「本当にそれでいいのか? 後悔はしないのか?」
局長は必死の思いでキングイーグルに食らいつく。
「もう!後悔なんて無いですよ! 第一、私の性質に合わなかったんですよこの仕事!」
「なんだそのヒーローの仕事に合わない性質って!」
「私、潔癖症なんですよ! だから怪獣とか怪人が口から吐く火とかガスとか本当に無理なんですって!」
「なんだよそれ!」キングイーグルに振りほどかれる局長。「火なんて別に汚くないだろう!」
「考えてもみてくださいよ。口から大量のモノを自分に向かって吐かれているんですよ?吐かれているんですよ?」
「別にいいじゃないの…いいことはないか火とかガスだから。でも別にゲロじゃないんだよ?火だよ?火。」
「もう!あんたには潔癖症の気持ちなんてわからないんだ! あんなの不衛生だ!不衛生だ!」
「もーわかったよ。ヒーローは辞めるんだな?後悔はしないんだな?」
「ええ。後悔はないです。あったらこんなに必死になってませんよ。」
「わかった。というか逆になんで今まで続けられてたんだよ…」
局長はどこか疑問に思いつつもようやくキングイーグルのヒーロー引退を受けれたようだ。
「それでは今までお世話になりました。」
キングイーグルが局長に頭を下げる。
「ところで…」局長が最後に質問する。「ヒーローを辞めたら何になろうと思っているんだ?」
キングイーグルが立ち止まる。すると振り返り、こう言った。
「タレントになります!」
「た、タレント⁉」意外な答えに驚く局長。「ヒーローたちって引退した後もなんか平和に関する仕事に関わったりしてるけど…タレント⁉」
「タレントになってトーク番組とかに出て芸能人たちと繋がりたいんですよ。」
「は?」
「YouTubeとかもいいな。若い子たちが注目してくれるかも。」
「待て待て待て待て待て、現実は見えてるのか?」
「だって周りからチヤホヤされるんですよ? キャーキャー言われるんですよ? タレントとして私はチヤホヤされたいんです。」
「チヤホヤされるって…君アラフィフだろ。五十手前のおっさんだろ。」
「五十手前のおっさんって…実際今もヒーローとして応援してくれてる人はいるでしょう。」
「まさか潔癖症でもヒーローを続けてたのって…」
「チヤホヤされたいからでーす!」
「もーう知らない! 勝手にやってろ勘違いジジィ!」
「あんたの方が十分ジジィだろうが! フンだ! 俺はこれからタレントとして華々しい第二の人生を送るんだ!」
「あーきもちわる。」
呆れてアラフィフ貪欲ジジィヒーローを軽蔑した目で見つめる局長。
「あ、ところで…」踵を返すキングイーグル。「私の場合、退職金は結構つきますよね?」
「お前が欲しいのは、チヤホヤともう一つは…金か。」
「そうです。」
「帰れクソジジィ。」
ーー終わり