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そして銀の竜は星と踊る  作者: サモト
そして銀の竜は星と踊る
8/20

8.

 近頃、イーズは勉強が終わると、すぐに出かける支度をはじめる。


「アルカ様、最近楽しそうですね」


 活き活きと動きはじめた幼い主人に、シャールが微笑する。イーズがくるりと半回転して振り返ると、ゆるい三つ編みにした髪は尻尾のように揺れた。


「今日はどちらまで?」

「シグのところ。昨日のゲームのつづきか、お城の探検かな」

「毎日ホコリまみれになって帰っていらっしゃるんですから。無茶な遊びはなさらないでくださいよ」

「分かってる。行ってきまーす」

「あ、お待ちください」


 飛び出していくイーズの肩に、シャールはうすいショールをかけた。


「朝夕は冷えますから」

「どうしたの? これ。見たことのない柄」

「頂き物です。一昨日、西のカルダン地方からいらっしゃった領主様からの」

「最近、よく物をもらうね」

「アルカ様、陛下と仲がよろしいから」


 シャールは部屋の隅に積み上げてある箱を横目にした。シグラッドとよく遊ぶようになり、食事を共にするようになってからというもの、イーズのところには贈り物がよく届くようになった。各国の使者や各地の領主が、ご機嫌取りに、皇帝だけでなくその婚約者にも贈り物をするようになったのだ。


 イーズは贈り物のショールを留めるブローチをなでた。これも贈り物で、金に群青の青さが印象的な七宝細工だ。


「いいのかな。こんなものもらって」

「問題ございませんよ。むしろ、断ると、向こうを困らせてしまうでしょうから」

「最近ね、お城の人たちによく話しかけられるようにもなったよ。緊張する」


 イーズは表情を引き締め、鏡に自分の姿を映した。一回転して身だしなみを確認し、髪のほつれを直した。


「そうそう、今度、お城で狩猟祭っていうのがあるんだって。秋になるとあるらしいんだけど、シャールは知ってた?」

「存じ上げておりますよ。アルカ様も参加なさるのですか?」

「うん。シグが気晴らしにどうだって誘ってくれたから。シャールもしない? 狩り、得意だよね」

「人並みにできます。しかし、そういう遊びの狩りはあまり……」


 シャールは剣の柄に手の平をのせ、眉間にしわを寄せた。豊かなニールゲンでは、狩猟は生活の糧を得るための手段でなく、娯楽だ。無駄な殺生を嫌うティルギス人の二人は、気乗りしない。


「狩りをするのは男の人だけで、女の人は見ているのが普通なんだって。狩りはしないで、見てようか?」

「いえ、参加いたしましょう。そういう祭で弓を持たないのは、ティルギス人の名折れです」

「でも、私、狩りって得意じゃないんだ。弓を持つと余計に名を折っちゃうよ。シグをがっかりさせちゃう」

「大丈夫です。私が補佐いたしますし、アルカ様を特訓いたします。アルカ様専用の弓もティルギスから持ってきておりますので」


 お任せ下さい、とシャールは胸を張った。得意分野の話題なので自信満々だ。イーズは頼もしく思う反面、不安にもなった。シャールと違い、イーズはニールゲンに来てから一度も弓矢や剣に触っていなかった。


「弓を持って一緒に走り回ってれば、なんとかなるかなあ」


 イーズは部屋を出て、一人、気弱なセリフをこぼした。微動だにしない蝋人形のような衛兵に軽く会釈し、早足に廊下を進む。シグラッドの部屋の衛兵は、慣れた様子でイーズのために扉を開けた。


「シグ、入るね――」


 一歩足を踏み入れた状態で、イーズは静止した。思わぬ人物と出くわしたためだ。気楽な態度を改める。


「こ、こんにちは」

「ごきげんよう」


 クノルは口をへの字に近い形にして、むすっと、不機嫌そうに挨拶した。シグラッドの母親の肖像画から手をはなし、イーズに正面を向ける。咳払いを一つした。


「元気がよろしいですな」

「すみません。ノックもなしに」

「以後、お気をつけ下さい」


 愛想のない、冷めた声だった。イーズは気まずく思いながら、部屋の中を見回す。クノルが口を開いた。


「陛下でしたら、隣国の使者との謁見が長引いていらっしゃいます」

「まだかかりそうですか?」

「そうですな」


 話の接ぎにくい答え方だった。手を後ろに組み、せり出した腹を突き出して立っているクノルからは、無言の圧力が感じられる。イーズは具体的に何時頃までになりそうか尋ねたかったが、質問しにくい雰囲気だった。


「実は、隣国のクリムトからも、陛下に第二王女のローラ姫をどうかという話が持ち上がっておりましてね」

「え?」

「王に妃が何人もいては不思議ですか」

「い、いえっ。前の皇帝陛下にも三人、お妃様がいらっしゃったんですよね。側室もたくさん」

「クリムトも豊かな国です。クリムトの姫君を迎えれば、外交の面で何かと有利ですからな。――ああ、お気になさらず。殿下はティルギスに対する人質のようなものですから、それ以上のことを求めはいたしません」

「人質?」

「はは、勇猛と名高いアデカ王に、面と向かって人質をよこせとは、さすがのニールゲンも怖くていえませんよ」


 イーズは面食らった。自分が人質だという自覚がなかったのだ。クノルから憐れむような視線を浴び、言葉に詰まる。しかし、重苦しい事実に負けまいとするように、イーズは懸命に口を開いた。


「隣の国のお姫様は、どんな方なんですか?」

「さあ。詳しくは存じ上げませんが。それが何か」

「何って……気にならないんですか? シグと気が合いそうかどうかとか」

「陛下の婚姻は、国と国の婚儀です。そんなことは関係ございません」


 クノルは冷たく、呆れたようにいった。イーズは完全に黙った。クノルはシグラッドのことすら、ただの駒のようにしか思っていないのだ。うすい唇に浮かぶ薄ら笑いに悪寒を覚えた。


「それと、陛下、です。いくら親しくとも、人前では言葉遣いにお気をつけ下さい。陛下の威厳に関わる」

「ごめんな――すみません。気をつけます」


 イーズは背筋を伸ばした。身体の前で手を合わせ、礼儀作法の教師に教えられたように、きちんと立つ。


「そう、そうやってお行儀よくしてください。お人形のように」


 クノルはイーズの横をすり抜けながら、ささやいた。肩におかれた手で、簡素な金の指輪が冷たく光る。背筋に怖気が走って、イーズは吐き気がした。同じ姿形をしているが、この宰相の生温かい皮膚の下には、何か別の生き物が潜んでいるような気がした。


「……薬だけもらって、もう帰ろう」


 シグラッドが部屋に戻ってくる気配はない。イーズは肖像画を持ち上げ、隠し棚から細かな葉の入った薬瓶を取った。自分の小瓶に移し変え、もとに戻す。毒薬の扱いに慎重なシグラッドにしては珍しく、ふたの開きかけの瓶があったので、締め直しておいた。


 部屋に帰ると、掃除をする時間でもないのに、シャールが雑巾を手にしていた。予定より早く戻ってきた主人に、焦った顔をしている。


「どうしたの?」


 シャールが床においた袋を隠すようなそぶりをしたので、イーズは気になって、袋をのぞきこんだ。腕と足があった。人形の。元はちゃんと五体そろっていただろうに、陶器製の人形は無残にばらばらになっていた。


「落としてしまったので。せっかくの贈り物でしたのに、申し訳ございません、アルカ様」

「う……ううん」


 嘘をついているのは明白だった。人形の白い肌には、動物の血らしきものが塗りたくられていた。これまで、送られてきたときに塗られていたとは考えにくい。


「贈り物は私が開けますから。気になるでしょうけれど、少し我慢なさってくださいね」

「分かったよ」


 イーズは贈られたブローチとショールを外し、机に向かった。本を開く。だが、クノルの薄ら笑いと、バラバラになった人形が頭に浮かんで、文章は少しも頭に入ってこなかった。


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