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そして銀の竜は星と踊る  作者: サモト
そして銀の竜は星と踊る
4/20

4.

 翌日、イーズの部屋に織物や菓子が届けられた。昨日、イーズたちを襲ったレギンからの詫びの品だった。物にあまりこだわらないイーズでも、一目で分かるくらいに上等な品ばかりで、イーズは眼を丸くした。


「昨日は失礼いたしました」


 年嵩の侍女が、ぴくりとも表情を動かさずに謝罪を口にした。レギン付きの侍女だという。髪を後ろにひっつめ、背筋を伸ばし、いかにも厳しそうだ。黄褐色の眼は無感動で、人形にでも見つめられているようで落ち着かない。


「レギン殿下は貴い血をお持ちであるがゆえに、あのような病を持ってお生まれになりました。致し方のないことです。あまり騒ぎ立てなさりませんように」


 詫びの品をすべて部屋に運び入れたことを確認すると、侍女はさっさと身をひるがえした。謝りに来たわりには、誠意が感じられない、それどころか尊大な態度だった。シャールは不快そうに眉をしかめた。


「あのう……」

「何か」

「すみません、来たばかりでよく分からなくて。レギン殿下というのは、どういった方なんですか?」


 イーズがおずおずと尋ねると、侍女は片眉をあげた。そんなことも知らないのか、といった顔だ。


「陛下のご婚約者でいらっしゃるのですから、当然ご存知だと思っておりましたが。レギン殿下は、シグラッド陛下の兄にあたります」

「お兄さん?」

「先代皇帝の正妃ナルマク様の御子で、長男であらせられます。本来であれば王位を継いで当然ですけれども、お身体が弱く、後を継ぐのが難しかったので、シグラッド陛下が代わりに継いでいらっしゃるのです」


 この城で一番偉いのは、現皇帝ではなくレギンだといういように、侍女は語った。


 レギンの方は無事なのか、昨日ああなったのはどうしてなのか、聞きたいことはまだあったが、侍女はそれ以上の質問に答えてくれそうなほど友好的でなく、イーズは質問を呑みこんだ。今日の教師が来る時間も迫っていたので、黙って引き下がった。


「失礼な方たちですね。口では謝罪していますが、少しも悪いなんて思っていませんよ。あれなら、謝りに来てもらわない方がまだマシです」

「私たちのこと、敵視してるみたいだったね。なんでだろ」

「皇帝陛下の婚約者だからでしょう。弟が王位に登っているのが、気に入らない様子ですから」


 シャールは不機嫌な口調でいい、贈り物をそれぞれ適当な場所へ片づけた。


「王様って何人兄弟か知ってる?」

「三人だそうですよ。前はレギン殿下の上にもう一人いらっしゃって、四人兄弟だったそうですが、お亡くなりになられたそうです。全員腹違いで、現皇帝のシグラッド陛下は第三妃のお子だと聞きました」

「ってことは、昨日レギン殿下をいじめていたのが、三男になるのかな」

「レギン殿下、いじめられていらっしゃったのですか?」

「レギン殿下が大事にしてる物を、ネズミにくっつけて、追いかけっこさせようとしてたの。レギン殿下、体調悪そうにしてたのに。竜になったレギン殿下に襲われても文句は言えないよ」

「王座争いの絶えない国といいますから、兄弟仲はよろしくないのかもしれませんね」


 シャールはなぜか深くため息を吐いた。イーズが不思議に思って首をかしげると、シャールはいいにくそうに口を開いた。


「実はこの後の授業に、陛下と、陛下のご兄弟と勉強することがあるんです」

「うえ……」


 想像するだけで胃がずしりと重くなった。皇帝とは謁見以来、顔は合わせたことはあっても話をしたことはなかった。向こうに仲良くしようという意志がまったくないのだ。会っても、無視。イーズに対する興味がゼロだ。


「休んじゃ駄目?」


 シャールが申し訳なさそうにする。イーズはがっくりうなだれた。気詰まりな授業になりそうだった。拷問に等しい。


 授業はそれから三日後だった。天体の授業で、空にくっきりと星が見える時刻になると、イーズは重い足取りで指定された塔に登った。登って、予想通りの顔ぶれにうんざりした。婚約者のシグラッドに、その兄のレギン、弟のブレーデン。


 三人はすでに着席していた。教師の座るらしい椅子を挟んで、右にシグラッドとブレーデン、左にレギンと分かれている。イーズは起立したまま授業を受けたいと思ったが、部屋に控えている召使に促され、レギンの隣に座った。シグラッドが少しこちらを見たようだったが、イーズがそちらを向いたときには、もう眼をそらしていた。


「……でね、シグラッド兄さん、その吟遊詩人、ちゃんと買ってきてくれたんだよ。僕がいってたのとおんなじのをね。見てよ、これ」


 ブレーデンはレギンに接していたときとは違い、甘えた声を出して、シグラッドに話しかけていた。シグラッドにすり寄って、美しい刺繍入りの布袋を開けてみせる。イーズは部屋の内装を観察するフリをしながら、その様子を横目にした。


「綺麗でしょ? ザイルの国のものは、なんにしても色が綺麗だよね」


 袋から顔を出したのは、赤子の手ほどもあるクモだった。真っ白な身体に青い筋が入った、変わった色のクモだ。ブレーデンはそれを手でつかむと、机の上に乗せた。八本の足を器用に動かして、クモは机の上を這う。


 レギンの身体がやや強張った。ブレーデンの口の端に、ほのかに嘲笑が浮かぶ。嫌がらせも兼ねているようだ。イーズはむっとした。クモを無造作につかみ上げる。


「しまっておいてよ。びっくりする」


 クモを突き出すと、ブレーデンは眼を点にした。他の二人も驚いた顔をしていた。予想以上に注意を浴びて、イーズの方が驚いた。


「勝手に触るなよ!」

「か、勝手に触ったのは謝るけど、そんなに大事ならしまったままにしておけばいいのに」

「うるさい、僕の勝手だ」

「ブレーデン、早くしまえ。もうすぐ教師も来る」


 興奮するブレーデンをたしなめたのは、シグラッドだった。ブレーデンはイーズをにらみつけながら、クモを袋に戻す。怒られたのはおまえのせいだといいたげな、恨みがましい視線が突き刺さった。イーズが居心地悪そうにしていると、ようやく教師がやってきた。


「遅れてすみませんでしたね。全員、おそろいですね。では、さっそくですが授業を始めましょうか。今夜は天体の勉強です。星の動きは天の動き。世界の動きを示します。時には恐ろしい予兆を知らせることもありますが、眼をそむけてはいけません。恐れず、その忠告を聞き入れ、立ち向かえば、私たちを導いてくれることでしょう」


 白いひげをたくわえた学者は、しわくちゃの手を望遠鏡にそえ、星を一つ一つ指差しながら、その星の季節による動きや、星と天候の関係を説明していった。イーズは、天体の勉強はそれほど苦労しなかった。何もない平原を移動して暮らすティルギス人は、星を見て方角を判断する。星座を五つ探してくださいと言われて、イーズは十も数えないうちに見つけてしまった。


「アルカ殿下、よろしければ一ついかがです」


 窓にはりついて星座を探す三人から、三歩下がったところでイーズが暇そうにしていると、白ひげの教師が札を差し出してきた。二十枚くらいある札を、扇形に広げて持っている。ティルギスにも似たようなものがあるので、占いの札だと分かった。


「先生は占いをするの?」

「滅多にしないのですけどね。なにせ、私の占いは良く当たると評判なので、悪いことが的中したら大変です」


 教師は冗談めかしていい、いたずらっぽく片目を瞑った。息抜きの遊びなのだろう。イーズもつられて笑い、気軽に一枚引いた。


「ふむふむ……これは」

「何が出たの?」


 白ひげ老人は札をひっくり返した。馬に乗った戦士が、剣を掲げて勇ましく出陣しようとしている絵が描かれている。


「この札は出発や前進といった積極性を現します。困っていることがあったら、積極的に対処してみるといいでしょう。絶対にいい結果になりますよ」

「先生! 先生ってば! 見つけたよ! 見つけたから見てよ! 早く!」

「はいはい、すぐ参りますよ、ブレーデン殿下」


 教師はイーズの背中をポンと叩くと、どれどれ、と窓の方へ歩いていった。イーズは手渡された札を見下ろし、ブレーデンと一緒に星を指す婚約者へ目をやる。だが、そう簡単に話しかける勇気は出なかった。


 ため息をついて眼をそらす。レギンと目が合った。とっさに逸らしたくなったが、ここでも逃げては不甲斐ない。勇気をふりしぼった。


「星、見つかった?」

「だい…たい」


 どちらも控え目な声量だった。話しかけておきながら、応えておきながら、びくびくと相手と距離を取り合う。


「あ……頭、大丈夫だった?」

「竜のときだったから、あのくらい平気だよ。い、痛かったのは、痛かったけど」

「そ、そうだよね。ごめんなさい」


 お互い黙りこみ、眼をそらし合う。ブレーデンのはしゃいだ、甲高い声が耳に響いた。


「……の。ごめん。謝りに行こう謝りに行こうって思ってたんだけど、皆が外に出してくれなくて」

「ううん! そんなの。私は全然ケガがなかったから気にしないで。私の方こそごめんなさい。あなたがブレーデンにからかわれてるところを見ていたんだけど、助けに入る勇気がなくて。割って入っていれば、あんなことにはならなかったのに」

「止めてくれて、ありがとう。竜になると歯止めが利かないんだ。全身に力がみなぎって、興奮して、何も考えられなくなる。それで、いつも誰かをケガさせて……」


 レギンは自分が痛そうに、顔をゆがめた。


「僕は竜の血を濃く継いで生まれてきたんだ。竜の血は適度に濃いと身体を強くしてくれるけど、濃すぎると、竜の血に身体が耐えられなくて、病弱に生まれつく。心も竜としての性に侵されて、理性のなくなるときがある。それが、この前の発作だ。竜化の発作って呼んでる」


 指先が白くなるほど、レギンは右手で左腕をきつくつかんだ。めくれた袖から、爪の食いこんだような痕がいくつも見えた。自制するために自傷しているのかもしれない。イーズは表情をくもらせた。


「ともかく、君にケガをさせなくて本当に良かった。シグラッドのお嫁さんにケガなんてさせたら、目も当てられない」

「そんな。私は…」


 イーズは言いよどんだ。婚約者というのは名ばかりだ。宮廷中のだれもが知っている。


「ひょっとして、うまくいってない? あいつの口から、君の事を聞かないけど」

「うん……嫌われちゃったみたいで」

「あいつ、自分でティルギスの姫がいいっていったのに。無責任だな」

「私がティルギス人らしくないから、がっかりさせちゃったみたい」

「でも、あいつは王なんだ。あいつがアルカのことを無視したら、それはニールゲンがティルギスを無視したってことになる。シグラッドが我侭すぎる」


 レギンは義憤を感じているようだった。教師と話しているシグラッドをかるくにらむ。


「だいたい、アルカは充分ティルギス人らしいじゃないか。僕に立ち向かってきたんだから」

「第一印象がよくなかったんだと思う。謁見のとき、私、ずっと腰が引けていたから」

「謁見のときが悪かったのか。じゃあ、今は違うかもな。君のおかげで竜化が解けたっていったら、妙に感心していたから」

「レギンは王様と仲いいの?」

「まあね。周りはいい顔しないけど」


 レギンを憂鬱そうにため息をついた。


「アルカはティルギス人だから、馬に乗れるんだろ?」

「乗れるよ。どうして?」

「今度、僕の体調がいいときに、三人で出かけよう。アルカがティルギス人らしいってことが分かれば、あいつも気が変わると思うんだ」

「うまくいくかなあ」

「大丈夫。きっとうまくいく」


 レギンは自信満々に笑った。授業の終わりには、暇なときは部屋に遊びに来てほしい、と部屋の場所を描いた地図まで渡された。トントン拍子に話が進んで、イーズは思わずぽかんとしてしまった。


「アルカ様も、もう遅いですから、お部屋に帰ってお休みくださいね」

「あ……はい、先生。帰ります。そうだ、これ」


 イーズは預かったままだった占いの札を取り出した。返す前に、騎士の絵をまじまじと見つめる。


「何かいいことはありましたかな?」


 何もかもお見通しといった顔で、教師がにっこりと笑った。イーズははにかみながら、札を持ち主に返す。


「勇気は大きい方がいいです。でも、小さくたってかまわない。自分ができることの大きさを恥じることなんて、ないんです。小さくても、大事な一歩です」

「ありがとうございました、先生」


 遠かった皇帝との距離が、少し縮まった。イーズは明るい声で挨拶すると、来たときと違って、かるい足取りで塔の階段を降りた。

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