表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そして銀の竜は星と踊る  作者: サモト
そして銀の竜は星と踊る
18/20

18.

 オーレックの脅しと小細工が効いて、それからは誰もこなかった。七日ほど経って人が来たが、扉の前で止まり、入ってはこなかった。何か作業していると思ったら、壊れていた鍵が新しいものと変わって、内側からは完全に開かなくなっていた。この分だと、小屋の外の鍵もつけ変わっていることだろう。


 二ヶ月も経つと、イーズはすっかり地下の生活に慣れて、必要なものは一人で調達できるようになった。怖かった番人とも打ち解け、慣れていない道を案内してもらったり、日中、鞠の投げ合いをして遊んだりするようにもなった。


 有り余る時間を潰すための娯楽もある。書庫の老人に頼めば本は手に入るし、地下の通路をたどって広間に出れば、運がよければ音楽や演劇を鑑賞できる。贅沢さえいわなければ、地下は安全で快適だった。


「ただいま。今日は冷えるな」


 散歩から帰ってきたオーレックは、宙に紫がかった黒い炎を浮かべた。イーズは毛布をかぶっていたが、炎を操れる竜がいるので、寒さはそれほど苦にならない。また、竜は人より体温が高いので、番人がよい温石がわりになった。


「おかえりなさい。何かおもしろい話はあった?」

「いや、他愛のない話ばかりだった」


 オーレックは頭をかいたかと思うと、部屋の奥の方へと引っ込んだ。黒い炎が黒竜の身体を包んで盛んに燃える。水で垢や汚れを落とす代わりに、炎で垢や汚れを焼き、身を清めているのだ。最初は驚いたイーズも、今では慣れっこになっていて、騒ぐことなく本を読みつづける。


「一つあるとすれば、青竜の小僧がまた竜化したということぐらいか」

「え? レギンが?」

「赤竜の小僧が力づくで止めたらしいがな。体調を崩しているらしい。冬中、ベッド暮らしになるかもしれんな」


 水浴びならぬ火浴びを終えたオーレックは、さっぱりした表情で通路から出てきて、イーズの隣に座った。イーズは悩ましげな顔で、番人にもたれさせていた身体を起こす。


「そういえば、私、忘れてた。そもそもこの地下室に来たの、レギンに薬を取ってきて欲しいって頼まれたからだったのに」

「レギンの所に行くのは、難しいぞ。近くに出口がないんだ」

「バルコニーかどこかに投げ入れられない?」

「それなら何とかなるだろうが……足の速さに自信は?」

「兵隊さんに追いかけられても逃げ切る自信はあるよ」


 それなら、とオーレックが納得したので、イーズは懐剣で服の裾を少し裂いた。石と一緒にして、薬を包む。石は投げやすくするための重石だ。


 オーレックに連れられて出たのは、庭園だった。出口は枯れ井戸で、イーズはオーレックに負ぶさって、地上まで出た。百歩ほど先にレギンの住んでいる棟が見える。カーテンに明かりがちらついており、レギンはまだ起きているようだった。


「遠いが、ここが一番入りやすい。走っていって、戻っておいで」


 オーレックは夜闇に目を凝らし、耳を澄ませ、人がいないことを確認すると、イーズの背を押した。さえぎるものがほとんどない。見つかったときには隠れる場所がないのだ。イーズは全速力でバルコニーの下の植え込みまで走り、薬を投げこんだ。


「よしっ……と」


 イーズは深呼吸をして、乱れた呼吸をととのえた。一瞬、レギンだけには声をかけようかと逡巡したが、結局、バルコニーに背を向け、井戸にむかって駆け出した。


「――アルカ!」


 大声で名前を呼ばれて、イーズは驚いて振り返った。かすかな物音だったのだが、気づいてしまったらしい。バルコニーで、レギンが投げ込んだ薬を手にしていた。その後ろから、シグラッドも顔を出す。


「やっぱり! まだ生きてたんだ!」


 イーズは一瞬だけ、立ち止まった。レギンがだれかいないかと辺りを見回しているのを見て、またあわてて走り出す。


「アルカ、待って――うわっ、シグラッド!」


 思わず、イーズも叫びそうになった。シグラッドが二階のバルコニーから飛び降りたのだ。大丈夫なのかと走る速度がゆるむ。しかし、その心配はまったく無用で、地面に降りたシグラッドは、すぐに体勢をととのえ、追いかけてきた。


「なんで逃げる!」


 イーズは心配した自分の愚かさをなじった。俊足なイーズも、シグラッドとでは比べ物にならない。みるみるうちに縮む距離に、イーズは死に物狂いで足を動かした。オーレックが早く、と焦った顔をしている。


「待て!」

「やだ!」

「なんでだ!」

「なんでも!」


 幼い子供の言い合いそのものだが、当人たちは大真面目で、イーズは必死で逃げ、シグラッドも必死で追いかけていた。遠くでは、レギンがアルカの名を呼んでおり、騒ぎを聞きつけて、人が集まりはじめていた。


 イーズは肩越しに背後をうかがい、悲鳴を飲みこんだ。シグラッドの金の瞳が光っていた。姿形は子供だが、空の覇者が、赤い竜がいた。命が危険にさらされているような恐怖に襲われ、イーズは泣きそうになった。


「助けて!」

「なんでそんな必死だ!?」


 後五歩だった。枯れ井戸にたどり着く前に、シグラッドに腕を取られた。逃げようと抵抗すると、地面に抑えこまれた。イーズは足をばたつかせる。そうこうしていうちに、オーレックが井戸から飛び出してきた。爪を立て、肩をいからせ、牙をむき出しにしてシグラッドを威嚇する。


「その子を離せ! 私のものだ!」

「私のだ!」


 シグラッドは黒竜の脅しに怯みもせず、イーズの身体を抱えこみ、威嚇仕返した。集まってきた兵たちは、二頭の竜の争いに手を出せず、どうしていいか戸惑った。睨み合いがつづき、膠着状態に陥る。


「アルカ様!」


 事態の均衡を破ったのは、シャールだった。イーズを庇うように抱え込んでいる皇帝と、それを脅す黒竜を見て、状況を客観的に判断した。


「シャール、だめ! 撃たないで!」


 シャールの動きはあまりに精錬されすぎていて、イーズの制止よりも俊敏だった。流れるような動作で弓が構えられ、矢が番えられ、放たれた。うろこのない腹部めがけて正確に。


「オーレック!」


 オーレックが脇腹を押さえ、身を折る。シャールの一撃に触発され、兵たちがオーレックに武器を向けた。黒竜は矢を抜き、歯を食いしばる。戦う気だと悟って、イーズは愕然とした。もういいから、と涙目で首をふる。


「いっただろう、渡しはしないと。――こんな傷は、序の口だ」


 にい、とオーレックは口の端をゆがめた。傷を受けた部分がたちまち硬化し、うろこにおおわれる。姿形までは変わらなかったが、全身は黒いうろこで強化され、シャールの第二矢ははじき返された。尾の一振りで、兵が地面に倒れる。


 遅れてやってきたバルクが、尾になぎ倒される兵たちを見て、げえっと、汚い悲鳴を上げた。シグラッドはイーズの身体をかかえ起こすと、バルクに向かって放った。


「預かれ! 奪われたら貴様の首を刎ねる!」

「はいはいっ! かしこまりましてっ! ――まったく、怖いんだから。ねえ、姫サン」


 同意を求めて、バルクが顔をのぞきこんできた。イーズの表情が恐怖に引きつった。懐剣を抜き、バルクの手の甲を刺す。


「いっ――ちょっ!? 姫サン!?」


 バルクの拘束を振りほどき、イーズは駆け出した。捕まえようと兵やバルクの手が伸びるが、オーレックが蹴り飛ばした。次々と襲い掛かってくる兵たちを地面に伏させていく。だれもが間合いに入ることに及び腰になる。


「どいて――いろっ!」


 イーズは自分の目を疑った。シグラッドが小さいとはいえ、庭の彫像を持ち上げ、オーレックめがけて投げつけたのだ。


 しかし、オーレックも異常さでは負けていない。右の拳で打ち砕く。


 その隙にシグラッドが間合いに入り込んでいた。兵から奪った鈍器で腹部を強打する。オーレックはよろめいたが、転倒はしなかった。


「小僧――ッ! しつけてやる!」


 オーレックが咆えるように叫んだ。なおも飛び掛ってくるシグラッドを蹴り飛ばす。シグラッドは芝生の上を転がったが、すぐに起き上がった。まったくひるんでいない。むしろ闘志を燃やしていた。


「陛下!」

「下がれ! ――この女、跪かせてやる!」

「アルカ、逃げなさい!」


 二匹の怪物大決戦に唖然としていたイーズは、オーレックの一言で我に返った。バルクが姫サン待って、と手を伸ばしてくる。


「アルカ!」

「アルカ様!」

「姫サン!」


 自分の名を呼ぶ人々に背を向け、イーズは館へ向かって逃げた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ