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そして銀の竜は星と踊る  作者: サモト
そして銀の竜は星と踊る
16/20

16.

 朝食が済むと、イーズは地下通路を案内された。地下で暮らしていくためには、地下通路を知らなければはじまらない。黒竜の尾の先にともった紫黒色の炎をたよりに、イーズは暗い道を進んだ。


「アルカ、ここに管があるのは分かるか?」


 立ち止まったオーレックは、イーズの手をつかみ、通路の上の方に触れさせた。むき出しの土壁に、先に蓋のついた管が埋まっている。蓋を開けると、侍女たちのにぎやかな話し声がもれ聞こえた。どこかの棟の、使用人たちの控え室につながっているようだった。


「こんなふうに、あちこちに部屋の会話を盗み聞きする仕掛けがあるんだ。たぶん、この通路を作った王が密談を聞くために作ったんだろう」

「嫌な趣味」

「ふふ、そうだな。だが、おかげで私は地下に住んでいても退屈しない」


 オーレックは蓋を閉じると、イーズを抱き上げた。五歩ほど慎重に歩いた後、跳ねる。跳ねた拍子に飛んだ小石が、地面に開いた穴に落ちた。穴の底には逆さにした木の杭が仕掛けてあり、小石はそれにぶつかりながら、穴の底に落ち着いた。


「落とし穴だ。こういう罠があちこちにあるから、気をつけなさい」

「一人で歩いていたら、絶対に落ちそう」

「目に頼らないで歩くんだ。靴を脱いで、足裏で道の感触を覚えなさい。声を出して、その反響を耳で確かめて、道がどこまでつづくか判断する。目を閉じて、嗅覚を澄ませてごらん」

「湿っぽいにおいがする。木が腐ったみたいなにおい」

「仕掛けの木の杭が、半分腐っているからそういうにおいがするんだ。そう、その調子だよ。子供は物覚えが早いから、きっとすぐに覚える」

 

 オーレックは歩きながら、罠がどこにあるか、分かれ道がどこに繋がっているか、丁寧に説明した。それは好きなだけここにいていいという無言の意思表示のようで、イーズは嬉しかった。暗くぶきみな通路を、怖気づくことなく歩く。


「あの先、明るいところが書庫だ。司書のジジイは私の知人なんだ。口が堅いから信頼できる。ちょっと寄って行こう」


 書庫と地下通路は、細長い小さな格子一つで繋がっていた。格子からは上着の裾が垂れ落ちており、オーレックが爪先で布地をひっかけると、老人が顔を出した。来訪者がオーレックであることを知り、顔のしわを深くする。


「お久しぶりです、竜姫様。ご無沙汰でしたな」

「近頃は本を読む気にもなれなかったのでな、寄らなかったんだ。まだくたばっていなくて安心したよ」

「貴女様が地上に出ていらっしゃるまでは、死ねませんよ。貴女様と共に戦場で死ぬことが私の夢だったんですから」


 老人は格子に顔をはりつけるようにして、地下をのぞきこんだ。目尻にしわのある目が、青年のように輝いている。元将軍の囚人に注がれる眼差しには、崇拝に近いものが込められていた。


「何か読みたい本でもございますか? 新しい本が入りましたから、そちらなどいかがでしょう」

「いや、今回は読みやすい本が欲しいな。子供でも読めるような、難しくないものがいいな。物語めいたものを頼む」

「ほう。珍しいことをおっしゃいますな」

「また寄るから、いつも通りここに落としておいてくれ。ではな。寒くなってきたから、身体に気をつけて過ごせよ」

「お気遣い、ありがとうございます。竜姫様、今日はなんだかご機嫌がよろしゅうございますな」


 自分の暇つぶしになる本を頼んでくれたのだろう、イーズは嬉しくて、オーレックの尻尾を少し強く掴んだ。にこりと笑って応えたオーレックは、また通路を先へと進む。すると、今度は食糧の貯蔵庫に出て、ここで、イーズは貯蔵庫から食糧を盗むときの注意点を教えられた。


 食糧庫の次は、どこかの衣裳部屋に出た。だれかの寝室にも忍びこみ、雑然とした、探せばなんでもそろっていそうな倉庫にも出た。水は、人目に気をつけて地上に出れば井戸水を汲んでくることもできたし、地下に、地面から水のにじみ出るところがあった。生活に必要なものを調達するのに困ることはなさそうだった。


「すごいね。本当にどこにでも繋がっているんだ。ひょっとして、外にも繋がる道があるの?」

「あるが、私も使ったことはない。扉を開く鍵が、今は片方ないんだ」

「扉くらい、オーレックなら足で蹴破れちゃいそう」

「はは、もう試したことはあるよ。だが、さすがに無理だった」


 オーレックは壁に手をあてながら進み、立ち止まった。壁をよく探り、また一つ管を開ける。どこかの部屋の会話が聞こえてきた。


「……ん、だれかに呼び出されたのではないでしょうか。あの小屋に呼び出されて、興味本位であの小屋に入った。そして、地下の黒竜に襲われた」

「だれもアルカにあの小屋のことを教えていなかったのか?」

「さあ。聞いていたかもしれませんが、小屋の地下が宝物庫だと聞いて、見てみたくなったのでは? ときどき、ありますからなあ。そういう事故も」


 話し声は、クノルとシグラッドのものだった。執務室あたりだろう。自分のことを話しているのが分かると、イーズは息を潜めた。


「あれは金品欲しさに危険を犯すようなやつじゃない。王座なんてどうでもいいというやつだ」

「では、ここでの生活に堪えかねて、逃げ出したのでは? 小屋の方に行くと書いてあるだけで、実際に小屋にいったとは限りませんし。城での生活は、ティルギスの姫にはかなり窮屈そうでしたしたからなあ」

「クノル卿」

「なんでしょう、陛下」

「私が何も知らないと思うなよ」


 幼い少年のものとは思えない、鋭い声音だった。束の間の沈黙があった後、クノル咳払いがあった。咳払いは不自然なほど大きく、威厳を保とうとしているように聞こえた。


「もう一度、あの黒竜に聞け。絶対に知っているはずだ」

「そうは言われましても、黒竜は何分、凶暴で」

「それで?」


 シグラッドは苛立っていた。ですから、と諭すクノルの声は、気色ばんでいる。クノルは幼い皇帝を思うままに操縦したがっていたが、幼いながらも気丈な皇帝は、宰相の思うようには動かなかった。真っ向から反駁する。


「陛下、あの地下に立ち入るだけで、どれだけの被害が出るとお思いですか」

「あれは私の妃だ。おまえたちが行かないなら私が行く」

「陛下はずいぶんと、あのティルギスの姫をお気に召されているようで」

「気は弱いが、蜂だの虫だのにいちいち悲鳴を上げないし、ゲームに負けてもふてくされないし、ちょっときついことをいっても、ぐずぐずいうことはないからな。どこかの王女のように」


 二人の対立は、皇帝のあてこするような物言いで決定的なものになった。陛下、とクノルは引きつった声を出す。


「お気持ちはよく分かりました。そこまで仰るのなら、もう一度、小屋に兵をやってみましょう。とびきり勇敢な兵を。

 ――エイデ殿などが、適当でしょうな。竜将軍のパッセン殿に育てられた優秀な男ですからな」

「待て。エイデはゼレイアがいない間の留守番役だぞ。あれになにかあったら、誰がゼレイアの代わりをするんだ」

「ご心配なく。同じくらい優れた人材が、わたくしの親戚におりますので」


 とっさの機会をなれた調子で利用して、クノルは自分の利を確保できるようにした。シグラッドの鋭い気迫を片手でいなすような、澄ました反論だった。何度も似たような場数を踏んでいるようで、シグラッドに反発されても、クノルはまだ余裕がある。一方の皇帝からは次の言葉が出てこず、沈黙がつづいた。


「陛下、それでしたら私が地下に参ります。私の責任です。私が……」


 唐突に湧いた三人目の声に、イーズは心臓が跳ねた。シャールだ。思いつめた声音に、イーズははじめて、逃げたことに罪悪感を覚えた。


「シャール殿、お気持ちは分かりますが、地下の囚人がどんな相手がご存知ですか? 剣や弓の攻撃は通らない、拳は盾を砕き、操る炎は鉄をも溶かすのですよ」

「それでも、行かせてください。私があんなことをいってしまったから、アルカ様は一人で無茶をなさったんです。だから――」


 イーズはつま先立ちになって、管の蓋をしめた。両手を握り締め、オーレックを見上げる。


「オーレック、お願い。もし私のことを問い詰められたら、死んだって言って。地下に迷い込んで、番人に食べられたって」


 イーズはニールゲンに差し出された人質でもある。逃亡したとなれば、追うのはニールゲンだけではない。ティルギスすら敵に回るだろう。故国の人間に追いまわされるなど、想像するだけで泣きたくなる。


「私の言葉だけでは不足だろう。アルカ、上着を脱ぎなさい。それに血をつけて、すぐにだれかに見つかるようなところに捨ててくるから」

「名案だよ。そうすれば、皆、すぐに諦める」


 イーズはさっそく上着を脱いで、オーレックに預けた。


 これで、シャールは新たな任地へ赴いて、自分の護衛をしているよりも、よっぽどティルギスに役立つことをするだろう。シグラッドは今度こそ望み通りの王女と婚約できることだろうし、自分は静かにひっそりと暮らせるようになる――そう考えて、イーズはほっと息を吐いた。


「さあ、そろそろ一旦戻ろうか。おまえがここで暮らしていくための準備をしないといけないからね」

「うん」


 イーズは一度だけ、外界と繋がる管を振り返ったが、オーレックに導かれるまま、地下を歩んでいった。

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