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帰り道フレンズ(後編) 夏の日の思い出

夜にハナのお家へ。

ハナの家に無理矢理連れていかれる。

拒否することもできないまま半ば強引に引っ張られて。


古びたアパートに招かれた。

築三十年以上が経過したお世辞にもお洒落とは言えない建物。

近所にこんなボロアパートがあったとは驚いた。

いや昔の記憶では何度か訪れたような気もするが。


ハナは帰宅後すぐにお風呂へ。

これが彼女の日課だ。

開けっ放しのドアから少しだけシャワーの音が漏れ聞こえる。

今まさにハナがと想像すると少しだけ興奮した。

しかし今はそんな場合ではない。

ハナによく似ているがまるっきり性格の違う少しきつそうな女性と対峙する。

母親として近づく男に警戒するのは当然でそれは自分でも良く分かっているつもり。

だからなるべく理解を示し説得した上でこのピンチを乗り越える算段。

それがハナの為にもなる。


「あなたは? 」 

「初めまして。ハナさんとは何度か帰りが一緒で親しくなりました」

事実だ。下手に嘘を吐けば怪しまれるだけ。

「呑気な物言いね。あなたは娘を連れまわしたのよ」

「はあ? 」

「とぼけないでください! 娘が拒否しないのを良い事に連れまわした挙句に…… 」

「いえ。やましいことは何もしていません。ちょっと寄り道をしただけで…… 」

「いいですか。これは誘拐ですよ。親の許可を得ずに連れまわすなんて間違ってるわ! 」

興奮が収まらない女性。怒りに任せ声を荒げる。

「いや。誘拐は無理があります。彼女ももう高校生。自主性を重んじるべきでは? 」

「はああ? 何を冗談言ってるんですか? まさか何も知らない訳ありませんよね」

「確かに何となくは分かっています。でもそれも漠然としていて…… 」

「もういいわ! 話はこれで」

女性は部屋から出て行った。

お茶で一息つく。


第二ラウンド。

「ごめんなさい。言い過ぎましたわ」

冷静さを取り戻した女性。これで何とか誤魔化せるか?

「誤解の無いように。私は何もしていません」

「信じます。ハナを守ってくれたんでしょう」

「ええ。一応」

「分かっているんです。一緒に歩いてきた時点でその事は分かっていました。

もしハナによからぬことをしたのならそこまで面倒を見ずに一人にする。

あなたは親切にも送ってくださった。でもそれでも誘拐は誘拐です。今後は気をつけて欲しいわ」

「誘拐…… この私が…… 」

「今日はこのくらいで。お帰り下さい」

うう……

言いだしづらいが思い切って聞くことにした。

「ハナさんはいつから…… 」

女は逡巡する。

話はデリケートな問題。簡単には話せないのだろう。

私も構える。

女は重い口を開いた。

「そうね。十歳頃。お恥ずかしい話。夫があろうことか娘に……

それも一度や二度ではなく何度も。

気付いた時にはもう手遅れで」

「だから…… 」

「それだけじゃない。再婚した男もクズで」

告白はなおも続く。

「見ていない間に酷い事を。気付いてあげられなかった。少しだけハナに嫉妬していたのかもしれない。

だから…… だから…… 」

涙を流し崩れ落ちる。

告白はまだ終わらない。

「その後も近づく男共はハナ目当てで。

ハナはね。夫の虐待によって成長が止まってしまったのよ!

だから十歳程度の知能しか有せない」

「頭の方の成長が十歳を境に止まってね。

今に至るってわけ」

はっはは! あはっはは!

笑い出した。

もう見ていられない。

ここを逃げ出したい。

だがどうしても聞いておく事がある。

「そこまでは分かりました。しかしならば学校の行き帰りをもう少し配慮してもいいのでは? 」

はっはは! はっははあ!

「笑わせないでよ。全てハナの為にやれることはしたつもり」

「では送り迎えを頼むとか」

「それはもちろん。でもその人捕まっちゃった。別の案件で。警察のお世話になって今は冷たい檻の中。

本当。見る目無いわよね。もう誰も信用できない」

「それは何と言えばいいか…… 」

「ちなみに学校のバスもあったんだけどいろいろあってねその運転手も解雇されちゃった。それ以降は廃止になってね。全て去年のお話」

「それは…… 」

「送り迎えを自分でやれればいいんだけどほらシングルだから忙しくて手が回らない。それに車もないしね。

もうどうすることもできない。後は地元の目に頼るしかない」

「だから帰りが遅いと異常に心配される訳ですね」

ため息で返事をする。

「あなた何か知らない? 」

「さあ。ハナさんは思っている以上に強いですよ。心配しないで」

嘘を吐いてしまった。

安心させるためとは言え無理がある。

実際に彼女の被害を目の当たりにしたのだから。

落ち着かせ、元気づけてから家を出る。

ハナの境遇を知った今私はどうすべきなのか。

迷いが生じる。

ハナは結局のところ記憶を消すことによって自分を守っている。

私はそんなハナに何をしてやれるだろうか。

守り切れるのか。

答えが出ぬまま一日を終える。


春が過ぎ夏を迎えた。

暑い暑い! 何と暑いことか。

喉が渇いた。もう口の中は渇ききっている。

早く喉を潤したい。

水ではダメだ。

糖分が足りない。

スポーツドリンクもいいがここはやはり炭酸に限る。

自販機を発見。

助かった。

いつものをと言っても決して答えてはくれないが自分で押せばいいさ。

お気に入りのジュース。

夏には毎日と言っていいほど口にしているレモン系炭酸飲料。

飽きが来ない。

不思議なものだ。

もしかして依存症?

炭酸を思いっきり流し込む。

うまい。うまい。

夏はやはりこれに限る。

もちろん冬も寒さを堪えてたまに飲んでいた。

一気飲みは体に良くない。

半分近くまで飲んだら後はゆっくり味わう。

夏の日の贅沢。

ふう。暑い暑い。

一息つき汗をぬぐう。


あれから約一年か。

ふと思い出す。

もうそんなに経つのか。早いものだ。

ハナと出会ったあの日。

もちろんハナの方はまったく認識もしていなければ覚えてるはずもない。

それとなく聞いてみたがいつも通りの答えが返ってくるだけだ。

そう。あの時も今日のように暑かった。

蝉が鳴いていた。

たぶん土曜日。

暑かったのか眠れずに休日だと言うのに早起きをしてしまった。

もちろんほとんど寝ていないので欠伸を連発。

フラフラしながら自転車を走らせる。

半分寝ているような感覚。

暑さと眠気でぼんやりと。

何を考えるでもなくただひたすら自転車を漕いでいた。

いつの間にか駅の方へ。

たぶん何か眠気覚ましにになるものを買いに行ったのだと思う。

炭酸飲料で頭をすっきりさせる。

うーん。気持ちいい。

二本目を流し込みようやくすっきりする。


うん?

ふとそこに女の子の姿が。駅の方に向かって歩いていた。

どうやら学校らしい。

土曜にも学校とはご苦労なことだ。

くだらない感想が口を吐く。

目の前を歩く女の子。

幼い感じの少女。

年はいくつぐらいだろうか?

制服を着ているということは高校生?

ついつい悪い癖で人間観察を始めてしまう。

高校生なのは分かった。

たぶん駅に向かっているのだろう。

それにしても遅い。遅くないか?

遅刻ではないのか?

別に私が心配してやる必要もないのだが。

気になりだしたら止まらなくなる。

今日は土曜日。通勤や通学の者は見かけない。

今この道を通っているのは彼女一人だけ。

駅に向かう者もいない。

駅からこちらに向かってくる者もいない。

うん? スキップ?

楽しそうに笑っている。

そうか今日は何か嬉しいことでもあるのかな?

笑顔が何ともかわいらしい。

私はもちろん変態ではない。

しかしだ。ここに無防備に歩いている者がいる。

確かに明るい午前中。陽もたっぷりある。だから危険は無いように思われる。

だが一つ脇道に引き込めば彼女はどうなってしまうのか?

彼女の意思とは無関係に事件は起きてしまう。

前を見る。そして後ろを見る。

人はいない。

チャンス。

一歩踏み出す。

そうすれば晴れて私も犯罪者の仲間入り。

頭ではダメだと分かっていても体が勝手に反応する。

ダメだ! 絶対に良くない!

だが体は無防備な彼女へ吸い寄せられていく。

ああもうどうしようもない。

私の意思とは無関係に体が反応する。

スキップ。はあはあ

スキップ。はあはあ。

なぜだ? なぜそんなにも無防備なのだ?

何がそんなにうれしい?

君はまさか……

高校生にもなれば楽しいだけのはずもない。

憂鬱になったりため息を吐いたり眠そうにしたり無表情だったり。

別に咎めているわけではない。

だがあまりにも純粋で不自然だ。

悩みは無いのか?

急ごうとも思わないのか?

暑いとさえ思わないのか?

そうか君は……

チャンス。

頭のどこかでスイッチが入る。

今は誰もいない。

彼女もそう言うタイプだ。

条件は整った。

目の前の餌に食らいつかない肉食獣などいない。

私は正常?

やはり暑さでどうにかなっているのか?

正当性をアピール。

もはや善悪の判断はつかない。

これが男と言うものだ。

ついに行動に出る。

もう取り返しがつかない。

行くところまで行く覚悟。

彼女には悪いが仕方ない。

言い訳で自分を正当化する。

笑顔の少女を卑劣にも後ろから……


一陣の風が吹き抜ける。

突風が襲う。

目の前の彼女はもろに直撃を受ける。

スカートが豪快に捲れ上がる。

しかし彼女はスカートを抑えることもせずただひたすら前を行く。

恥ずかしがる様子もない。

まるで何事もなかったかのようにスキップを始める。

完璧だ。

非の打ち所の無い完璧な演技。

拍手を送りそうになる。

例え気づかれたとしても彼女は何も気にせず後ろを振り返ることさえしないだろう。ただひたすら前を向く。

完璧だ。

私の理想とする永遠の少女性。

もう邪な考えが吹っ飛んでしまった。

彼女は私の理想。

そう女神なのである。

名前は?

どこに住んでいるのか?

学校は?

彼女への興味が湧いてきた。

あれ? どこに行った?

少し自分の世界に入って妄想を膨らませていたら見失ってしまった。

いきなり姿を消した。

どこだ? どこに行った?

あの子はどこに消えたのだ?

ははは……

もちろん分かっている。行先は一つしかない。

駅だ。

自転車で先回り。

駅前には多少人がおり二人きりとはいかない。

彼女は改札へ向かう。

私も追いかけたいが目の前には交番がありお巡りさんが警戒中。

下手に追い駆ければ捕まってしまう恐れもある。

彼はたぶんこちらを見ていないんだと思うし睨んでさえいないと思うが視線が気になる。下手な動きはできない。

そうこうしてるうちに見失ってしまった。

追跡を断念するしかない。

怪しまれないように充分時間をかけて家の方へ。

サイクリング再開。

彼女への思いを封印。

走り出す。

まあいいか。別にそこまでこだわっているわけでもない。

ただの偶然。

私は大人だ。

一人の少女にうつつを抜かすほど暇ではない。

記憶の奥の奥にでも入れておいて後で取り出せばいいさ。

名前も分からない少女のことなど覚えておく必要もない。


彼女のことはすっかり忘れていたある日のこと偶然再会することになる。

その日は金曜日で夜遅くの列車に乗って二泊三日の旅行に出かける予定。

残業はもちろんのことなるべく早めに切り上げて余裕を持たせるように動いた。

政府の経済政策の一環で終業時間を早める試みがあった。

ハッピーマンデーならぬ何とかフライデーはすぐに姿を消した。

失敗作による経済効果は如何ほどだったかは計り知れないがすぐに聞かなくなったのだからやはり問題があったのだろう。

わが社ももちろん導入した。

そしてその名残か金曜日だけは比較的早く帰ることが許された。

もちろん忙しい部署や時期には認められないが。

とにかく大手を振って外へ。

いつもよりも一時間以上早めに帰宅できる。

これで旅行に余裕をもって臨める。

来た電車に飛び乗り最寄り駅までウトウト。

ラッシュに巻き込まれることなく快適にストレスなく過ごすことができた。

うーん気持ちいい。

良く寝た。

まだこんなに明るい。

昨日までは薄暗い中を虚しく帰っていた。

今日はどうだろう?

明るい。

もうそろそろ夕暮れなのかもしれないが明るさがこれほど違うとは驚きだ。

駅に到着。

さあこれからが忙しい。

ものぐさなため荷物はギリギリまで用意していない。

準備は帰ってからすればいいさ。

うーん。何か買っておくものは……

コンビニを見る。

特になし。

夕食はやっぱり弁当にするか。

旅の楽しみの一つだしな。

旅行のことで頭一杯。

目の前を歩く者になど目もくれずに。

楽しそうに歩く少女。

スキップ?

もしかして?

ただの女子高生だと思って特に気にしてなかったが。

しかしよく見ると。いやよく考えるとスキップしている変な奴。

そう間違いない彼女だ。

私の追い求めていた理想の女性。

その子が目の前にいる。

そうだったのか。

地元の者だというのは分かっていたが完全に同じ方向。

別に後ろをつけていたわけではない。

たまたま歩いていたら結果的に彼女を追い駆けているような恰好になっただけで別に意識的ではない。

なんと無防備な少女。

人を疑うなど考えたこともないのだろう。

ひたすら歩く。

それもとびっきりの笑顔。

その笑顔を見たくてついつい追い抜いてしまった。

彼女はまったく気にすることない様子。

私の存在など無いように。

困ったな。

仕方なく前を向く。

ただの一市民。

ただの歩行者。

彼女の関心が向くことはない。

少女を置いて一人帰宅。

翌週から彼女を追い駆けることとなった。


ゆっくり歩調を合わせて前を行く少女を追跡。

決して邪な気持ちがあるわけではない。

ただ気になって気になって仕方がない。

もうその日は朝から仕事が手につかない。

彼女のことで頭が一杯。

自分ではもうどうすることもできない。

これではただの変態ではないか。

何度止めようと誓った事か。

でもどうしても後を着けてしまう。

いやただ帰り道が一緒なだけ。

近所だから仕方がない。

そう言い訳すると自分を正当化できる気がした。

別にいいではないか。

誰も咎めていない。

ただの帰り道。

たまたまだ。

もちろんこのことを誰かに話して解決を図る方法もある。

だがいったい誰がまともに受け取ってくれる。

いや仮に真摯に向き合ったとしてもただ軽蔑されるだけ。

笑いのネタにされるだけ。

居場所を失うだけだ。

自分で冷静に分析できるうちに離れた方がいいのは重々承知だが決心がつかない。

これ以上エスカレートしては彼女を傷つけてしまう。

全て分かっていて自分をコントロールできないのだ。


現在。

ふう喉が渇いた。もう一本行くか。

夏真っ盛り。

今はとてもつらい。

一週間に一度必ず会えたその一日が無い。

高校生の彼女は夏休み中。

私はその間も虚しく通勤。

夏バテも相まってまったくやる気が起きない。

蝉の音が癇に障る。

短い命とは言え大人しくしていてくれ。

ひぐらしが私を駆り立てる。

狂気の予感。

代わりの女の子を……

冗談はさておき彼女が居ないのが堪える。

私の唯一の楽しみが奪われてショックだ。

仕方がないロスで我慢しよう。

しかし奴は私には懐いていない。

はっきり言えば気に入られていない。

ドッグフードの恩も忘れて吠えまくる。

触わらせてもくれない。

まあ噛みつかないだけまだいいが。

ハナへの伝言を頼んでも聞いてる振りだけ。

もちろん彼女からの伝言も受け取れない。

本当に困ってしまう。

良い番犬かもしれないがメッセンジャーにはなれないぞ。

ロスもう行くよ。

ロスは関心が無いのか眠ってしまった。

早く夏が終わらないかな。

せめて夏休みが終わってくれたらな。

暑いのは何とかなるけどハナと会えないのが辛い。

つまらない毎日が過ぎていく。

夏が過ぎ秋となった。


「おじさん? 」

「ハナ」

歩き出す。

二か月ぶりの再会。

彼女は私を覚えていてくれた。

「ハナね…… 」

学校のことや家のことを少しずつ話してくれるようになった。

「ママがね知らないおじさんについて行かないでって言ってた」

「そうだよ。ついて行っちゃだめだ」

「おじさんは知らない人? 」

「ええ…… 知ってるおじさんかな」

「じゃあついて行ってもいいの? 」

「ははは。もちろん。でも一緒に帰るだけさ。それ以上は望まない」

「そうだね。じゃあおじさんはお友達」

「ああ。一緒に帰る友達さ」

「でも…… 」

「うん? 」 

「ハナねもうちょっと一緒に居たい! 」

彼女の我がままに心が揺さぶられる。

「私だってもちろん。でも仕方がないんだ」

「どうして? 」

「早く帰れるのは一週間に一回だけ」

「うーん。でもだったらハナ待っててあげようか? 」

「それはダメだ! 絶対に止めてくれ! 」

強い口調で言ったものだからハナから笑顔が消える。

「ごめんごめん。でもおじさんは嬉しくないよ」

「そうなの…… 」

「ハナの気持ちはすごく有難いけどすぐに暗くなってしまう。それに私だっていつ帰るかも分からない。ハナは待つのは苦手だろ? 」

「うん。自信ない」

「二人が合うのは一週間に一度。それでいいじゃないか」

「でも…… 」

まだ何か言いたそうだが下を向く。

「ハナ。今日はこれからどうしようか? 」

「ロスのお世話」

「おいおい。あんな犬放っておけ! 」

「ええ…… でもハナの日課だもん」

「しょうがないか。よしお土産を買っていこう」

笑顔を取り戻したハナが勢いよく引っ張る。

「ほら急ぐな! 」

「早く! 早く! 」

手がちぎれる。

彼女と結んだ手が今にも離れそうになる。

ぎっちり掴み直し無理矢理走らされる。

待ってくれハナ。


翌週。

「お邪魔します」

誰もいないのは分かりきっているが一応断って入る。

ハナの家。

「大丈夫か? 」

「うん。えへへへ」

無理に笑っているが熱は高そうだ。

朝から風邪気味だったと言うハナとロスのお世話をしていたら急に倒れたのでびっくりした。

救急車を呼ぼうとしたがハナに止められる。

「大丈夫。ちょっと熱っぽいだけ」

仕方なく彼女を背負って家に送り届けることに。

ふう。これで一安心。

ルーティーンのシャワーを浴びることなくベットに寝かしつける。

「大丈夫かハナ? 」

うーん。うーん。

辛そうで見ていられない。

とりあえず氷を用意。

タオルを濡らし額に乗せる。

患部に氷を当て様子を見る。

まだ辛そうだがさっきよりは良くなっている?

錯覚かもしれない。気をつけてやらなくては。

「ハナどうだ? 」

「うん。気持ちいい」

「他に何かしてもらいたいことはあるか? 」

はあはあ

「大丈夫か? 」

「うん。そうだ服を脱がせて。パジャマに着替えたい! 」

「ええ? 」

「男の人ってそう言うの好きでしょう? 」

「はあ? 」

「脱がすのが好きなんでしょう? 」

「確かに…… 」

納得させられた。だが絶対にしてはいけない。

ハナが苦しんでいるときにそんなことできるはずがない。

「おじさん。早く! 」

「えっと。ママが帰ってくるまで我慢しよう」

「ママ今日遅いよ」

「遅いのか。うーん。困ったなあ」

どうする? このまま汗を拭かずに放置すれば逆に風邪を悪化させてしまうのではないか?

「早く! おじさん! 」

考えてる暇はなさそうだ。

「分かったよ。脱がしてやよ」

どどど…… どうしよう?

緊張と焦りで手が震えてうまくコントロールできない。

「大丈夫おじさん? 」

ハナはもたついている私を心配する。

「ああ。問題ないさ」

「じゃあ。まずは服から」

制服のボタンを外し引っ張る。

次にベストを脱がす。

まだこの時期には暑いだろうに。冷え性なのか。このベストが問題なのではと思う。

熱の影響でじっくりと濡れて脱がすのも大変。

シャツのボタンを外し下着が露わになる。

最後にスカートを下にずらす。

「おじさん。くすぐったい」

「ごめんごめん」

替えのパジャマを用意。

さあ後はパジャマに替えるだけ。

しかしハナは余計な注文をする。

「おじさん。こっちも」

ハナはまったく気にしていない。

だが下着まで替えるように要求するとは何と大胆なことか。

「無理を言うな! 」

「ハナのお願い聞いて」

「いやそれは無理だ」

「でも気持ち悪いんだもん」

「じゃあ自分で替えなさい。おじさんは帰るから」

「待ってもういい。こっちはいいから」

「よしじゃあパジャマに着替えるぞ」

玄関の方から物音が。

「どうしたの? 」

「いや気のせい。気のせい」

「着替え終わったら帰るから」

「待っておじさん。ハナが眠るまでお願い」

「我がまま言うな! 」

「おじさんお願い」

「もう分かったよ。いるよいる」

「それより早くパジャマに着替えるぞ」

足音がする。気のせい?

「もしかしてママじゃないのか? 」

「ママはいつも…… 」

「おじさん何時? 」

「もうすぐ七時だ」

スカートを完全に脱がしにかかる。

やはり汗のせいで苦戦する。

「ママ帰ってきたみたい」

「はあ? 」

「ただいまハナ」

ドアが開いた。

スカートに手がかかって引っ込めようがない。

「ハナ? 」

「何やってるの! 」

「お帰りママ。今日ね熱が出ちゃって…… 」

そう言うと眠りについた。

疲れていたようだ。

パジャマも着ないで寝ては風邪が悪化する。

「あなた一体? 」

「お邪魔しました」

誤魔化せる訳もなくただひたすら逃げるように帰った。

誤解。

もちろん何もない訳で。

誤解を解くのにだいぶ時間がかかった。

ハナはちっとも気にしていないし庇ってもくれない。

私の立場が危うい。

変態のレッテルを張られる。

近所に広がってはおちおち外も歩いていられない。

本当に誤解なんだが。どうにかならないものだろうか。

完全に誤解が解けたのは一ヶ月以上たった頃だった。

もう気にしていない様子。

ハナとの関係を継続するためにも誤解が解けて良かった。

あらぬ疑いをかけられたままではもうハナとも一緒に帰れない。


十二月。

ちょっとした誤解もあったがまたいつもの帰り道。

ちょっとしたハプニングで二人の関係はより強固なものになった。

と思うだけでハナはやはり気にしていない。

今年もあと一ヶ月。

だいぶ冷え込んできた。

ハナとのクリスマスも悪くないかもと妄想を膨らますが彼女は無頓着。

今年は今日を入れて後二回ってところか。

寂しくなるなあ。一ヶ月ぐらいは会えなくなるのかなあ。

ふう。

ため息が漏れる。

「どうしたのおじさん? 」

「ああ。何でもない。帰ろうか」

「うん」

駅前のクリスマスツリーが目に入る。

カラフルなツリーに目がちかちかする。

LEDを大量に使って何を競っているんだか。

毎年行われている儀式。

年々派手になっていく。

今年はいくつのLEDを使っているのか。

それだけが気になる。

ハナは魔力に取りつかれたかのようにツリーの前から動こうとしない。

近くには何組かの男女。

うっとうしいとさえ思ってしまう今日この頃。

「行くぞハナ! 」

「ええおじさん。もうちょっといようよ」

「そんなのどこがいいんだ? 」

えへへへ。

答えようとしない。

何年か前に彼女に酷い振られ方をしたのがトラウマとなっている。

そうその時もツリーが輝いていたっけ。

「行くぞハナ! 」

「もうおじさん! 」

無理矢理引っ張っていく。

ハナも私を捨てるのか。

それが運命なら仕方がない。

マイナス思考に陥る。

ハナはそれでも笑顔を忘れない。

「どうしたのおじさん? 」

「いや。いい。歩こうか」

ハナは返事をすると抱き着いてきた。

その気がないと分かっていてもドキッとする。

ハナはそんな子じゃない。

私を捨てたりしない。

考えもしないのだろう。

そこが彼女の魅力でもあり欠点でもある。

暗くなった夜道を歩き出す。


翌週。

お願いだ。私の言うことを聞いてくれ!

あれほど分かりあったと思ったのに……

物で釣ってもダメなのか?

プレゼントは嬉しくなかったのか?

ちょっと早いクリスマスプレゼント。

あれだけ楽しみにしていたのに。

確かに世代が違う。

根本的問題もある。

男だとか女だとかそんなことは関係ない。

いつも一緒だったじゃないか。

こっちを向いてくれ。

無視をしないでくれ。

私が何をした?

私が悪いのか?

もしそうだと言うなら謝る。

だから無視はしないでくれ。

無視は良くないぞ。

もう子供じゃないんだ。

いいから聞いてくれ。

一体いつからそんなに聞き分けの悪い子になったんだ。

迫る。

怒ってないよ。

追及だってしてないよ。

ほらこっちを向いて。

黙っていたままじゃわからない。

眠ってしまったのか?

初めて出会った場所。

ここで絆を深めたじゃないか。

忘れたのか?

おい?

おーい!

えええ?

いややり過ぎだ。

なくことないだろ?

分かった。分かった。

抑えて。抑えて。

私が悪かったんだ。私が全ていけない。

だからそんなになくな!

友達じゃないか。

なあ……

いいよ。いいよ。もう帰る。

これでいいだろ?

もう機嫌を直してくれ。

また来週。

そうかちょっと先になってしまうか。

とにかくその時までには機嫌を直しておくれ。


ハナ……

その時人影が見えた気がした。


                  <ファイナルへ続く>



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