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帰り道フレンズ (中編) できるならハナと 届かぬ想い

翌週。

あれから一週間。

もう私のことなどきれいさっぱり忘れただろうか。

やはり毎日会うべきか。

自問自答する毎日。

だがそんな余裕はない。

今日だって無理やり切り上げてきたのだ。

彼女に会いたい一心で。

まだ未練が残っている。

彼女を断ち切れない。

ハナを忘れられない。

こんな間抜けだから彼女に良いようにやられてしまうのだ。

充分に分かった上でそれでも会いに行く。

まあただ帰っているだけだが……

偶然彼女が前を歩いているに過ぎない。

全ては偶然。

ただの神のいたずらに過ぎない。

今日も強風なんてね。

ああそれにしても寒い。

一段と冷え込んできた。

帰るのが億劫だ。

さぶ。

強風が目の前を駆け抜ける。

お約束のいたずら風。

ターゲットを捕捉。

白い何かが姿を現す。

一瞬の出来事。

目を瞑っていてはその奇跡を見逃す。

うん。実に芸術的。

それにしても彼女は全く動じない。

異常だ。

まあそこがまたいいのだが。

以上だ。

第二陣が吹き荒れる。

そして第三、第四とすべてが破壊力抜群。

今日も平和だった。


翌週。

雪の予報が外れ晴れ渡っている。

最近の天気予報は当たると聞いたが外すこともあるのだな。

雪に備えて一枚服を余分に着てきてしまった。

暑くて敵わない。

脱ぐべきか?

当然そうだろう。

しかし面倒臭い。

我慢してこの暑さに耐えよう。

それが男と言うものだ。

我慢。

我慢だ。

何とも贅沢な悩み。

真冬に暑さに耐えるなど。

そう言えば昔は町内で我慢大会なんて馬鹿な事をしたものだ。

あの時は本当に暑かったな。

帰りは寒くて踏んだり蹴ったり。

と近所のおじさんが話してたっけ。

ああ懐かしい。

あの頃が懐かしい。

と話してたな。


今は暑寒い。

上は太陽の影響。

下は北風のいたずら。

温度差がある。

これが一番体に良くない。

どちらか一方だと助かるのだが。

まあ暑すぎず寒すぎずのバランスは難しい。

ちょうどいい頃などすぐに消え去る。

そして我慢。

ちょっとの我慢を強いられストレスになる。

まあ贅沢この上ない話だが。

今は冬。

当然寒さに耐え忍び春を待つ。

そして夏となる。

こうなると熱中症を警戒。

そうすると秋を待ち望むのだろう。

涼しさ。

そしてあっと言う間に冬に逆戻り。

四季は巡る。


おっと感傷に浸っているうちに彼女を見失ってしまった。

急がなくては。

ハナ。

急いではダメだ。

転んでしまう。

手の届くところに居ておくれ。

ハナ。

ハナよ。

居た。彼女だ。

嬉しそうにスキップしている。

何が楽しいのか?

周りの目は気にならないのか?

恥ずかしいって感情は無いのか?

放っておけばまた悪い奴に捕まってしまう。

私が見守らなければ。

ついてくるものはいないか?

不審者は居ないか?

どうだどうなんだ?

今のところ問題なさそうだ。

私以外。

客観的に見れば私も相当怪しい奴だ。

幼さの残る少女の後を引っ付いて辺りを見回している。

変質者に間違われても文句は言えない。

警察が出動する事態になってもおかしくない。

不審者情報に載る恐れだってある。

いや本当に私は変質者ではないのか?

自分で気づかないだけで……

いやそれでもいい。

彼女に対して関心が向けば警戒もしてくれるだろう。

変な奴が寄ってこなくなるかもしれない。

彼女に降りかかる災難が少しでも減るのなら願ったり叶ったりだ。

私はその為にも見守る必要がある。

論理的に破綻していようと構わない。

こうして今日も彼女を見送る。

ただ帰ってるに過ぎないが……

無事に危険地帯を突破した彼女。帰還する。

任務完了。

私も帰るとしよう。


翌週。

今日は一段と北風が強い。

朝から夕方までご苦労な事だ。

少しぐらいは遠慮してもいいしこの際夏まで吹かなくていい。

まあ夏はだいたい南風なのだが。

太陽も出てるには出てるが寒すぎて役に立っていない。

気温は五度そこそこ。

体感ではもっと低い。

こんな日が続けばどれだけいいかなどと冗談を言ってられない。

早く収まってくれ北風ちゃん。

もはや嵐でしかない。

大通りは北風が酷く歩くのも大変。

裏道に入りたいが生憎この道以外は取り抜け出来ないのだ。

彼女もそれが分かっているから耐えている。

ガタガタ

ダンダン

ベランダのきしむ音。

看板や標識が飛んできてもおかしくない。

最近建設ラッシュなのかそこらで建築中の建物を見る。

今日みたいな天気では仕事にならないだろう。

管理だけはしっかりしてもらいたいものだ。

次の瞬間飛んできてお終いなどまっぴらごめんだ。

強風に目も開けられない。

態勢を変えて横歩きでごまかすがすぐに体が悲鳴を上げる。

彼女も寒そうだ。

いつもより元気が無い。

スキップもしていない。

私は彼女を盾に進んでいるのか?

彼女を風よけに利用しているのか?

だがまだ彼女は良い方だ。

この天気で私は手袋をしていない。

寒くてたまらない。

いちいち彼女を観察するほど生ぬるくはない。

今すぐにでも彼女を追い越して家にダッシュしたいものだ。

気持ちが逸り近づきすぎてしまった。

気付かれた?

大丈夫。風の音で分からないさ。

どれほど近づけば気づくのか実験してみたくなった。

ちょっとずつ距離を縮める。

体三人分まで詰める。

まだまだ。

体二人分。

目の前に彼女がいる。

これ以上近づくのはダメだ。

突然振り向いたらぶつかってしまう距離だ。

車間距離は適切に。

煽ってはいけない。

急ブレーキでは止まれない。

安全に安全に。

風は前から後ろへ流れていく。

会った時には気づかなかったがほのかに香る。

ハナの匂いだ。

ハナを感じる。

植物の香り。

ハンカチから匂ったものとは別の匂い。

クンクン。

いい匂いだ。

少女から大人へ。

少しずつ成長しているのだろう。

ハナもハナなりに精神的にも肉体的にもちょっとずつ。

目に見えない変化が確実に起きている。

もうそろそろ……

潮時かもしれない。

春になれば日も伸び人の目も行き届き変な輩が近づく機会も減るはずだ。

後はあの倉庫を何とかすればいいだけだ。


グググ

ワオ―

犬の鳴き声がする。

大型犬が牙を剥いて襲い掛かろうと構えている。

黒っぽいド―ベルマンのような見た目。

犬に詳しくないので全てそう見えてしまうだけなのだが。かなり獰猛な犬で恐怖を感じる。

どうやら最近住み着いたらしく近所で見かけない奴。

捨てられたのか。

首輪がくっついたまま。

おおよしよし。

妄想で犬を撫でてやる。

ほらいい子だ。

よしよし。

何か食べるか?

ワン。

そうかそうか。

もっとくれってか?

ほら全部食え。

虚しくなってきた。

妄想はよそう。

現実と向き合わなくてはいけない。

さすがに噛みまではしないだろう。

威嚇するだけ。

恐る恐る手を出す。

案の定噛みつこうとしてきた。

たまったものではない。

さすがに狂犬病の注射は終わっているだろう。

仮に噛まれても狂犬病になることはない。

よし余裕だ。

彼女に危害を加えられる前に追い払おう。

ほら……

ふふふ。

動物好きなのか言葉を理解できるのか分からないがなぜかもう手なずけてしまっている。

「ハナ大丈夫か? 」

「うん。おじさん誰? 」

また始まった。

「この子なら心配ないよ。お腹が空いてるみたい」

「よしドッグフードでも買ってくるか」

ハナに後を任せ近くのスーパーまで走る。

高級ドッグフードで狂犬を黙らせる。

餌つけは本来禁止されているがこちらに襲い掛かられても敵わない。

今日だけは仕方がない。

ハナの安全を守るためだ。

大人しくなったところでじっくり観察。

首輪には名前が書いてある。

『ティンコロ―ス』

変な名前。

一度聞いただけでは忘れてしまいそうだ。

大人しくドッグフードを食べさせれば危害はないはずだ。

「ハナ? 」

「どうしたのおじさん? 」

「本当に私のことを覚えてないのか? 」

「誰だっけ…… 」

「だってほら…… 」

「ごめんなさい。本当に覚えてないの。特に男の人が覚えられない」

やはりだめだったか。

ハナへの思いが急激に冷めていく。

分かっていても辛い。

「どうやったら覚えていてくれるんだい? 」

「分からない」

「そうか…… 分からないか。

ははは。そうだろ。そうだろ」

「おじさんはもう帰るけどハナはどうする? 」

「もうちょっとお話してから帰る」

ハナは私よりも見知らぬ犬を取った。

何てことだ。

心の動揺を隠し別れる。

さらばハナ。

また会う日まで。

それからは無理して彼女の後をつけることも無くなった。


一か月後。

桜が咲き始めたちょうどその頃。

忘れていた彼女への思いが一気に高まる。

久しぶりに会ってみるか。

彼女は私をどうやら認識できないようだ。

どんなに存在を主張しても記憶からすり抜けるらしい。

男を覚えられない。

トラウマによるものだから仕方ないがせめて覚えてる振りぐらいしてもいいものだ。

馬鹿正直に答えられると傷つく。

私との日々は何だったのか?

何も意味をなさないのか?

いくら彼女の力になると意気込んでも虚しいだけ。


仕事を切り上げ電車に飛び乗る。

落ち着け。

自分なら大丈夫。

最後のチャンスに賭ける。

これでだめならもう彼女のことはきっぱり諦めよう。

最寄り駅で降り彼女の姿を探す。

ハナ。

目の前で楽しそうにスキップする女の子。

ハナだ。

人とは違う動きなので見分けが簡単につく。

後を追い駆ける。

ハナはこちらに興味を示さない。

ひたすら前を向く。

ハナ……

彼女との距離を徐々に詰めていく。

ハナ! ハナ!

心の中で呼びかける。

前だけを見る彼女に私の姿は一生映らない。

後ろを振り向く素振りも見せない。

気付いてくれ。

私を認識してくれ。

自分の世界に閉じこもらないでくれ。

彼女への思いから大胆になっていく。

もう無理矢理にでも自分を認識してもらう。

実力行使。

禁を破り真後ろにつく。

そして彼女の匂いを嗅ぐ。

もはや変態の所業。

このままではそこいらの変態と同様の行為に及んでしまうかもしれない。

いけない。

理性を保つのだ。

バウ

ウオーン

犬の鳴き声。

野良犬が嬉しそうに駆け寄ってきた。

こいつは先月から住み着いた野良犬でハナに良くなついている。

うわああ

つい声を上げてしまった。

ハナと目が合った。

驚いた表情から私はハナからただの見知らぬ男と認識されているのが分かる。

そして一言。

「あなたは誰? 」

心に突き刺さる拒絶。

存在を否定されたようでいくら納得していようとショックが隠せない。

彼女はこういうタイプだから何かを察知して取り繕うなんてしない。

全力で否定にかかる。

心が折れそうになる。

いやもう何度も折れている。

ただ辛い。

ただ悲しい。

バウ

ギー

野良犬がこちらに威嚇を始めた。

このひと月の間に大分仲良くなったのか知らないが私はドッグフードを与えた救世主ではないか。忘れたとは言わせない。

その危険極まりない剣で私を貫こうとでもいうのか。

ダメだ。私は君の恩人ではないか。

ほらかぶりつかない。

良い子にしているんだ。

できたら二人の邪魔をしないでもらいたい。

「ロス。ダメよ。ほら大人しく」

ロス? 果たしてそんな簡単な名前だっただろうか。

「君の犬? 」

「うん。ハナがお世話してるの」

「そうか。こいつは君を守るのかい」

「分からない。でもこの子を見ると皆逃げ出しちゃう」

「そうか。そうか」

「それでおじさんは誰なの? 」

「覚えてないのかい? 」

「ごめん…… 」

「いやいいんだ。おじさんはね君の影だ」

「影? 」

「そう。影なんだ」

「変なの」

ハナは吹き出した。

「ハナね。何となくだけどおじさんのこと覚えてる気がするんだ」

「ハナ…… 」

「でもよく思い出せない。何度も会っている気がする」

「何でだろう? 」

「あれ…… 男の人は覚えられないって? 」

「そう。だけどおじさんは何となく…… 懐かしいの」

「しかし…… あなたは誰って言っていたじゃないか? 」

「そう。思い出そうと努力するけどほらハナ頭が良くないでしょう。

だからあなたは誰って聞くしかないの」

「うーん。何となく理解した」

「よし。この話はもうお終いにしようか? 」

「ううん。もうちょっと」

「あなたは誰? 」

「影…… 」

「違うでしょう」

「ごめんごめん」

「おじさんはね…… 」

私は一体誰なんだ?

もう自分でも良く分からなくなったぞ。

もうこの際適当に言ってしまえ。

「私は君の恋人」

「恋人? 」

「ああ。そうだ。君を探していたんだ」

「恋人って? 」

「えっとですね…… 辞書を引かないと分からないや」

「私達は恋人? 」

「そうだ。君と私は恋人だ」

「うん。何となく分かった」

「だからこんなこともする」

ハナを引き寄せぎゅっと抱きしめる。

「ちょっとおじさん」

バウ バウ

番犬が異変を察知したのか吠えだした。

いや待ってくれ。これはそのような類ではない。

ただ恋人同士が抱き合っているに過ぎない。

邪魔をするな。ロス。

「おじさん。止めて」

「ごめんごめん。苦しかったかい? 」

首を振る。

「君が覚えてないと言うならもう一度」

「ハナ…… 」

「何? 」

「好きだ」

「ハナも」

「そう言う意味じゃないんだけどなあ」

「ハナ。私といつまでも…… 」

「おじさん…… 」

「ハナ。私と付き合って欲しい」

「おじさん。それハナでも分かるよ」

「愛の告白…… 」

ハナは顔を赤らめ必至に考える。

考えても意味がない。

ハナも分かってはいるがどうにも止められないようだ。

「ハナ」

再び抱きしめる。

愛の告白。

最後まで行く前にここらで打ち止め。

「ハナ」

「おじさん…… 」

「ハナ。思い出をありがとう」

最後にもう一度抱きしめて歩き出す。

ギャン

ギャン

後ろを振り返らずハナを置いて家路につく。

さらばハナ。

さらばうるさい犬。

ロマンチックなムードが台無しではないか。

私は嘘を吐いてしまった。

ハナにどう詫びたらいい?

このままだとそこら辺の変態と同じではないか。

もしかして捕まってしまうのか?

ハナが訴えれば間違いなくジ・エンド。

つい抑えられなくなってやってしまった。

私は悪い男だ。

どうしようもない人間。

ハナをいたずらに傷つけてしまった。

なんて馬鹿なことをしたんだ。

後悔の言葉しかない。


翌週。

勢いで告白してしまった。

だが彼女はもう忘れただろう。

きれいさっぱり。

そして再びこう言うのだ。

おじさんは誰?

彼女を傷つけるつもりはこれっぽっちもないが少しぐらい意地悪をしてもいいと考えたのは事実。

会って謝罪をせねばいけない。

あわよくばこのまま恋人を続けたい。

偽らざる気持ちだ。

とにかく謝罪。

彼女を探す。

ハナ。ハナ。

見回す。

ゆっくりスキップするのは彼女ぐらいなものだ。

簡単に探せる。

しかしいない。おかしい。

ハナ。どこだい?

前にいないなら後ろかな。

やはりいない。

これは何か手違いでも。

嫌な予感がする。

おばさんが何か喚きだした。

ガラの悪い派手な服を着た男がハナに絡んでいた。

そして気づかないうちにどこかに連れていかれそうになる。

「あんた何やってるんだ」

「うるせー。俺の女をどうしようと勝手だろ」

「付き合ってるんだよ。なあそうだろ? 」

制服姿の女子高生を彼女と言い連れていくには無理がある。

まだ明るいと言うのによくやるものだ。

「ほらお嬢さんこっちおいで」

「うるせーって言ってんだろ! これは俺の女だ。そうだろ? 」

ハナは恐怖のあまり首を縦に振る。

「ほら見ろ。分かったか」

ハナはもともと男を受け入れていた。

ハナが悪いのではない。

ハナにはこうするしか術がないのだ。

男とおばさんがやり合っている。

ざわざわ。

人が集まりだしてきた。

このままでは騒ぎになってしまう。

ハナの為にも渡りを出す。

「ごめん待ったかい。ハナ」

「お前何を…… 」

「けっ! 俺の勘違いだ」

男はそう言うと人混みにまみれ消える。

「二度と近づくんじゃないよ! 」

男に捨て台詞。

「けっ! うるせー」

男も負けじと応戦。

とりあえずおばさんにお礼を言い歩き始める。


「時間はあるかい? 」

「うん」

「よし、映画でも見て行こうか? 」

「えっと…… 」

「ハナを困らせるつもりはないよ。

ただあの男がまだこちらを見張っているかもしれない。

ハナを再び連れ去ろうとしていてもおかしくない。

もしこのまま帰れば間違いなく奴の手に落ちる。

たとえ私がいようともね。

暗くなるまで待って動きを悟られないようにする。

それがベストだ」

「おじさん…… 」

「心配するな。帰りはちゃんと送って行ってあげるさ」

「ハナのお家…… 」

「ああ。知られたくないんだろ。分かっているさ。

でも君と私は付き合っている。

家ぐらい教えてもらってもいいだろ。

君と私は恋人なんだから」

「おじさんがそう言うなら。うん」

「よし決まりだ」

駅前のシネマコンプレックスへ。

「ハナ。何が見たい? 」

「ハナは…… うーん」

熟考中。

なかなか決め切れないようなので先にポップコーンと飲み物を選ぶ。

「うーん」

「ハナ。決まった? 」

「おじさん。ハナ決められない」

「困ったなあ…… 」

とりあえずもう間もなく始まる映画を探す。

始まったばかりのが一つ。

五分後に始まるのが一つ。

入場開始したばかりのが一つ。

この三つの中から一番ベストなのを選ぶ。

「ハナこれはどう? 」

「面白そう」

『文豪の冒険』

ファンタジーアニメ。

始まったばかり。急げば予告編を終え本編開始までに間に合いそうだが……

「トイレ」

案の定。トラブル発生。

ハナはトイレに。

これで候補が一つ消えた。

三分もしないで戻って来た。

「おい。ハナどっちがいい? 」

「こっち。こっち。かわいいんだもん」

『タピタピクライシス』

タイトルとは裏腹にかなりショッキングな物語。

「これがいい」

「そうか。ハナがそう言うならこっちにするか」

「うん。やった」

「おっと…… ごめんごめん。年齢制限があるや。

お子様にはダメなようだ」

「もう」

ハナは膨れた。

その顔も仕草も可愛らしい。

あーあ。本当に最高だ。

「よしこれに決まりだ」

間もなく始まるぞ。

チケットを買って急ぎ足でシアタースリーと書かれた部屋へ。

とにかく態勢を整える。


平日ではあるものの人気作と言う事もあり七割方席が埋まっている。

だが両隣には人もおらずゆっくり二人の時間が取れる。

「さあ始まるぞ」

「うん」

デート気分を味わう。

久しぶりの感覚。

何年ぶりだろうか。

まったく情けない。

暗くなった。

ハナが怖がらないように手を握ってやる。

ハナは嬉しそうにこちらに寄りかかる。

タイトルがでかでかと映し出される。

『桜散りし頃、君思ふことなかれ』

中身を確認して無かったがどうやら恋愛映画らしい。

二人で見るにはちょうどいい。

映画はあっと言う間にエンディング。

映画の感想は次の機会に譲るとして中々の出来だったのは間違いない。

途中ハナが眠そうにしていたがなんとか最後まで見ていた。

実際。気分はいい。

我ながら良い選択だったと思う。

「ハナ。行こうか」

「うん」

「どうだった? 」

「面白かったよ。へへへ」

「そうか。それはよかった」

ハナは半分ほどしか理解してない。

それでも彼女は何かを感じ取ったようだ。


外へ。

暖房の効いた映画館を出ると日中の温かさも消えどんどん寒さが増す。

北風が堪える。

温かいのは彼女の手の温もりだけだ。

ハナを引っ張る。

「急ごう。遅くなったようだ」

いつもよりもスピードを上げて帰り道を急ぐ。

「ハナ? 」

「おじさん。寒いよう」

「仕方ないよ。外も真っ暗だし北風も強い」

「おじさん…… 」

「文句を言わない! 」

「もう」

機嫌を損ねたのか静かになった。

ハナは眠たいのかもしれない。

よしこっちだ。

無理矢理引っ張っていく。

ギャン

ガン

ロスがお出迎え。

しかし今日は生憎急いでいる。

一撫でして別れる。

ロスは寂しそうに見送った。

倉庫を抜け家までもう少しの所で立ち止る。

「ハナ。君の家はどこ? 」

「えっと。ハナ分かんない」

暗くて見づらいらしく辺りを見回している。

「うーん? 」

まだはっきりしない。

「ハナ…… 」

「えっとね。たぶんこっち」

「この辺? 」

「もっとこっち」

手を使って生意気に指示を送る。

「本当に合ってるの? 」

「うん。ハナのお家はこっちだよ」

いまいち信用できないがハナの指す方向へ歩き出す。

私が手を離そうとするとハナがぎっちり握ってくる。

「ハナ…… 」

ハナは寄りかかるように歩く。

至福の時が続く。

ああこのままどこまでも。

ハナとの未来を描き幸福な世界に浸る。

「おじさん」

ハナは手を強く握って決して放そうとしない。

二人の関係はいかに?

はっきり言えば浮かれていた。

ハナも嬉しそう。

私も恋人気分。

まさかこの後思いもせぬ展開が待っているとは……


「ハナ! 」

ハナを呼ぶ声。

私ではない。

「ハナ! ハナ! 」

暗闇で少女の名を呼ぶ者。

「ハナ! ハナ! 」

「ママ…… 」 

「ちょっとあなた! 娘を連れまわして何を考えているの! 」

「私は別に怪しい者では…… 」

「ハナ。この人は? 」

「ハナ。分かんない」

「おいおい。それはないよ。恋人だろ? 」

「ちょっとあなた。ふざけてるんですか? 」

「決してそのようなことは…… 」

「怪しい」

「そんな…… 」

「いいからこっちに来て! 」

お怒りのご様子。

無理矢理引っ張っていく。

「とにかくお入りください」

ハナの家へ。

強引なご招待に動揺するばかりだ。

ハナ…… 私はどうしたらいい……


                      <後編に続く>



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