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だいしゃりん!!  作者: 平井 裕【サークル百人堂】
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09 心境の変化

「――あれからもう、二週間くらい経ったかな………………」

「どうしたの轟くん? いつにも増してうかない顔して?」

「なぁ、委員長……最近、六車さんってどうしてる?」

「――は? 学年も違うし、委員会の時くらいしか会わないから知らないけど……」

「ふ~ん、そっか……」

「あっ、思い出したわ!? ついこの間だけど、いかにも理系っぽくて身長の高い男子とふたりでいるのを見たわね」

「マジでッ!? あのふたり、何やってた!?」

「何って言われても……六車さんって備品の管理委員だから、ふたりで備品を台車に載せて運んでいたわよ」

「どんなタイプの台車で!? どこに!? なにを運んでた!?」

「そこまでは知らないわよ……しかも、台車のタイプってなに? 轟くん、近頃ちょっと変よ」

「……ゴメン、そうだよね……なんか変だよね、俺………………」

「きみが変なのは今にはじまった事ではないけど、もし何か悩みがあるなら相談に乗るわよ?」

「いや、大丈夫だよ……そういうんじゃないからさ………………」

「そう? それならいいんだけど……」

「ありがとうな、心配してくれて……俺、今日はもう帰るから………………」

「車に気を付けてね、ぼ~っとしてたらだめよ」

「了解、どうもありがとう……それじゃ、またな………………」

 特に用事があるわけでもなく、かといってクラス委員の仕事を手伝う訳でもなく、俺はただ放課後の教室で茫然としていた。ここ最近の俺は、心ここにあらずとでも言うべきか、魂の抜け殻とでも言うべきか、何をしていても注意散漫で身が入らずにいる。六車さんと出会い、そして、あの備品室での出来事が尾を引いている事は間違いない――。

 元々、台車に興味があったわけでもなく、もちろん今でも特に台車に興味があるわけではないが、街中で台車を見かけた場合、どうも目で追ってしまう癖がついてしまった。あの件以来、台車を見るたびに六車さんの顔が頭に浮かんでしまい、そして彼女の悲痛な面持ちを想像してしまう……別に俺は何も悪い事はしていないハズなのだが、どういう訳か俺の良心は呵責を感じているようで、自らの行動に鬱々とさせられる日々だった――――――。


「――!? あれ……なんでこんなところに台車が? 人が通る出入り口のど真ん中に放置って……何考えてんだよ、ッたく………………」

 靴を履き換え、校舎の外へ出ようとしたその時、まるで俺の行く手を阻むように古びた台車が出入り口の真正面に放置されていた。台車を見るたびに憂鬱な気分にさせられる俺は、苛立ちつつも後の人の事を考え、通り道をふさぐように放置されている台車を脇へと移動さる事を試みる……そして、錆びかけの取っ手を軽く握ったその刹那、俺は幼い少年の声とロボットが発する機械的な音声とが混ざり合ったような奇妙な声を耳にする――――――。

「ボクハ……マダ、ヤレル………………ボクハ、マダ……タタカエル………………」

「――なんだ!? だ、だれだッ!?」

 最後の授業が終わり、放課後も随分と深い時間帯に入っている……周囲を見渡してみても、そんな声を発するような人影は見当たらなかった。

「……気のせいか? ………………ん? あれ!? この台車って……あの時の………………?」

 どこかで見た様な見覚えのある台車だった――。

 ここ数日、様々なタイプの台車を目にしてきたが、この台車だけは見間違うハズもない……この台車は俺と六車さんが初めて出会った時に使った、あの台車だった。

「もしかして、おまえか……? ………………いやいや、まさかな……そんな事がある訳ない。本当にどうかしてるな……早く帰ってゆっくり休もう」

 この不可解な現象を俺は、ストレスや疲れがたまっている所為にして、さらには気のせいだと強引に位置づけ俺は、台車を移動してさっさと家に帰ろうとしたその時、いつもの付き人ふたりを連れた礼宮院会長が、ヒステリック気味な高い声と鈴の音と共に現れる――。

「そこのあなた! 勝手に備品に触らないでくださいます!! 一般生徒はとっくに下校している時刻のハズですわよ!!」

「す、すみません……すぐに帰りますので………………」

「あら……? あなたは、確か六車さんと一緒にいた………………?」

「轟です……ご無沙汰しております、礼宮院会長」

「お久しぶりですわね……もう下校時刻はとっくに過ぎておりますわ。早々にお帰りなさいな」

「ちょうど今、帰ろうかと思っていたところに偶然、台車があったんで脇に除けようとしていたんですよ」

「――台車が? 歴戦の傷跡が愛おしくもありますが……あらあらまぁまぁ、なんとも品のない台車ですわね……」

「――え? いや、台車ですからね……品があるとかないとかの話ではないかと………………」

「そ、そうですわね……わたくしとした事が、お恥ずかしい……すぐに備品管理委員に撤去させて、早々に廃棄処分に致しましょう」

「――!? は、廃棄処分……ですか?」

「えぇ、そうですわよ……使わないものは即時廃棄いたしましょう」

「い、いや……そんなすぐに廃棄処分っていうのはどうかと……だって、ほら……まだ使えるのにもったいないじゃないですか?」

「ご心配なく、新しい台車はすでに十二台ほど発注済みですわ……古い物はやはり処分しないといけないですわよね」

「はぃ!? 十二台も!? そんなに台車が必要ですか!? 六車さんたちの部には新車両が一台も供給されないというのに………………」

「え!? どうしてその事を? あなた、何者ですの?」

「……あ、いえ……何者ってわけではないですが………………」

「轟くん……あなたが何者が存じませんが、部外者はヘタに首を突っ込まない方が身の為よ」

「いや、首を突っ込むとかそういうんじゃないんです……只、こいつが自分はまだやれるっていうから………………」

「今、なんとおっしゃいました!? こいつが? まだやれる? まさか、台車の声でもお聞きになられたの?」

「わからないです……でも、こいつ……さみしそうにしていたから………………」

「まさか……こんなDLS未搭載の車両の声が聞こえるなんて事……そんな事、絶対にありえませんわ」

「DLS未搭載……? DLS……? ――ッ!? ダイレクト・リンク・システムか!?」

「――!? あなた、どうしてダイレクト・リンク・システムの事を!?」

「やっぱり……DLSっていうのはダイレクト・リンク・システムの略称か……」

「轟くん……あなた、まさか輪界の人間ですの!? ――ッ!? もしかして、六車さんと組んで新しい世界を……!?」

「ちょっと待ってください! 違いますよ!! 俺は輪界の人間なんかではないですし、彼女と組んで世界をどうこうしようなんて事は考えてないですよ!!」

「そう……でも轟くん、あなた少し知り過ぎよ…………それに、その感受性……危険ですわ」

「え……? 危険って……? どうして、そんな………………?」

「……もしよろしければ礼宮院グループの傘下に入りませんこと? あなたの感性が本物なら、いずれは凄いハンドトラッカーになれるかもしれませんわ。あなたにもし、その気があるなら、詳しくご説明して差し上げましてよ」

「あ……いや……でも………………俺は………………………………」


 ――――我ながら、優柔不断もここまでくると救いようがないように思える。このままでは中途半端で不完全燃焼な青春時代を過ごすハメになるのは目に見えているのに、決定的な決断を下せないヌルい自分が恨めしかった――。

 普通の人間がどんなに望んでも礼宮院グループに入る事など、通常は絶対に出来やしないのが現実だ。礼宮院グループといえば、泣く子も黙る世界的な企業グループで、世界各地に支社を持ち、各産業分野においてもトップクラスの業績を上げている超絶優良企業体である。望んでも入れないような世界に、グループの令嬢から直接お誘いを受けるなどという僥倖は今後、二度とないだろう……にもかかわらず、今の俺は目の前にある幸運を拾うような、簡単で当たり前の決断を下せずにいた。何故ならそれは、イエスと返事をしようと考えた瞬間、俺の脳裏には、六車さんの悲しそうな顔が想い浮かんでしまっていたから――――――。


「――? どうかなさいまして?」

「……いえ、別に………………あの、申し出は非常にありがたいのですが……」

 愚かにも目の前に転がる幸運を拾わずに、最もタチの悪い『保留』という選択肢が頭の中にチラついていた俺は、なんとなくその場をやり過ごすような返答を模索していた。いかにも日本人らしい、事なかれ主義というか、ただの面倒くさがりというか、なんとも冷めた現代っ子のような曖昧な態度が自分でも腹立たしかった。たった一言、是非やりますと言えば、すべてが丸く収まる話なのに、俺の頭に浮かぶ悲しそうな六車さんの表情が、それを俺にさせてはくれなかった――。

 どうしてこんな状況で彼女の顔が浮かんでくるのだろう……などと考えていたその時、久しぶりに何とも舌足らずで愛らしい怒声が聞こえてくる。

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