08 輪界と現状Ⅱ
「それで暗殺か………………」
「はい……結局、犯人の社長さんはすぐに捕まり、刑務所行きです」
「う~ん、気持ちはわからなくもないけど……でも暗殺はさすがにやり過ぎだろうな」
「……確かに殺人はいけない事ですが、しかし一部の人たちにとってこの社長さんは英雄視されています。事実、暗黒の時代から業界を救ってくれた事に変わりはないのですから」
「まぁ、そうなのかもしれないけど……それで? 業界トップが亡くなられて、めでたしめでたし? さすがにそういう事ではないんだろ?」
「はい、その通りです。この件をきっかけに輪界は再び大きな転換期をむかえます……、業界トップの死によって、メーカーの内紛が勃発し、実質的に最大手だったそのメーカーは内部分裂して小規模な組織の小競り合いの時代に突入します」
「なんか戦国時代みたいだな」
「的確な表現です、さすが轟さんですね。まさに群雄割拠の時代、第二次輪界戦争に突入したんです……今までは、大手メーカーの妨害工作や政治的圧力で自由にDAISYAを製作できなかった各メーカーはここぞとばかりに新型車両を発表してきたんです」
「でもそれだとさ、振出しに戻った感じで……また産業スパイだの企業買収だので第一次輪界戦争の時と変わらなくない?」
「そうなんですよね、結局は戦争状態に戻ってしまったんです……それで再び、大会は行なわれたんです」
「なんでまた……? それだと、同じ過ちの繰り返しじゃないのか」
「あたしも、そう思ったんですが……でも多分、戦争状態で混沌としているよりかは、どんなカタチであれ秩序があった方が良いだろうとの当時の判断だったようです」
「……まぁ、無政府状態よりかは良いかも知れないけど………………なんだかなぁ……」
「いろいろあって、台車大会は簡単には説明できない事情もあるんですよ……なにしろ大会を開催するだけで莫大なお金が動きますし、しかも確実に黒字が出せる大会なんです……おそらくお金儲けのいい機会だと判断して、どこかの誰かが暗躍していたんだと思います……そして、現在も誰かが………………」
「現在も!? その大会って現在も開催されているのか!?」
「もちろんですよ、世界大会なんかは第二回大会から各国でコンスタントに毎年開かれているんです。そして幸いな事に、第二回大会の優勝者が素晴らしい人格者で、破綻状態の業界を立て直してくれたんです」
「へぇ……そうなんだ……」
「はい! 人格者ってだけではなく実力も確かで、その後の大会も怒涛の優勝ラッシュでしばらく輪界は安泰だといわれていたんです……でも、やはり人間ですから……寄る年波には抗いきれず、また新たな世代に駆逐されていきました………………」
「栄枯盛衰っていうからね……仕方がない事だとは思うけど………………」
「まぁ、そういった感じで、何代も何代も世代交代を繰り返して現在に至るんですよ。人格者が優勝すれば問題ないんですが、暴君が王座に着いてしまうと、また暗黒の時代に逆戻りなんですよね」
「じゃあもう、大会が開催されるたびに心臓に悪いね……今の話を聞く限りでは、実質的に優勝者は何でもやりたい放題なんだろ?」
「実質的にというか、事実上やりたい放題です……、ですからDAISYAに関わる人間には品格や知性、倫理、道徳心が強く求められるんですよ。ただ強ければそれでいいって事ではないんです。代々、過去の勝者たちが築いてきた伝統や理念は絶対なんですよね……だからこそ、この大会の勝者の立場は神格化されてしまったのかもしれません」
「理路整然として、よく出来た話だとは思うけど……でもやっぱり、それでもなんだか信じられないよ」
「んもぅ! どうして信じてくれないんですか!!」
「いや……だってさ………………」
現実離れした六車さんの話に妙な魅力と説得力を感じて俺は、ついついのめり込んでしまったが、しかし冷静になって考えてみると、とても納得のできる話ではない。台車が世界を制する……? どんなに彼女が熱弁を奮っても、基本的にリアリストな俺は、やはり無条件に彼女の話を鵜呑みにする事は出来なかった。よく出来た話ではあるけれど、どうしても所々に疑問点は存在するし、社会構造の理にかなっていない点も自分の性格上、目をつむる事が出来なかった。そんな諸々の疑問点を彼女に問いかけようとした瞬間、俺の訝しげな心情を察してか、ややトゲのある男の声が後方から聞こえてくる――――――。
「――信じられないのであれば、信じなくても結構だよ。むしろ、今聞いた話をすべて忘れ、普通の生活に戻った方が身の為だ………………」
「――!? 久藤部長!? もう、戻ってこられたんですか!?」
「あぁ、書類にサインをするだけだからね………………しかし、六車くん……どうしてこんな事を? 彼は輪界の人間ではないのだぞ?」
「す、すみません……でも………………」
「あまりに軽率すぎる……この施設は輪界外の一般人に知られてはならないというのに……」
「本当にすみません。でも、これにはちゃんと訳があるんです! 轟さんはただの一般人なんかではありません!!」
「ただの一般人ではない? 何か根拠でもあるのかね?」
「根拠ならあります! 轟さんは、あたしたちハンドトラッカーが長年の訓練によって身につけるセンスをすでに持っているかも知れないんです!!」
「なにをバカな……そんな事があるわけないだろう………………」
「本当なんです……轟さんはダイレクト・リンク・システムを積んでもいないノーマルタイプのハンドトラックの感覚を瞬時に感じ取っていたんです!!」
「そんな事があるわけ……」
「本当に本当なんです! 轟さんは何もかも、瞬時に感じ取っていたのは間違いないんです!!」
「それなりに高い感受性を持った程度の人間なら、掃いて捨てる程いるさ」
「そんな次元の感性ではないんですってば!」
「六車くん……百歩譲って、仮に彼がすぐれた感覚を持っていたとしてもだ……だからといって同時に彼が、優れた倫理、道徳感を持ち合わせている人格者だと言う事にはならないだろ? きみのした事は非常に危険極まりない行為なんだ……解かっているのかね?」
「わかっています……わかっていますけど………………でも、轟さんは特別なんです……」
「何故、そこまで彼を特別視しているのかはわからないが、過度な期待は禁物だ……そこの君? 轟くんといったね? 今日見た事、聞いた話はすべて忘れてくれたまえ……自ら進んで魑魅魍魎の跋扈する世界に足を踏み入れる事もあるまい……わかったね?」
「はぁ………………」
「それと、言わなくても解かっているとは思うが……この事は決して他言無用だよ、これは脅しや恫喝ではなく、君の身を案じて言っているんだ……輪界の事は今後一切、口にしない方が身の為だ………………そのまま普通の生活に戻りなさい」
「なんだかよくわからないですけど……俺は、DAISYAに関してはまったくと言ってもいいほど無知ですし、誰かに迷惑をかけるつもりもなければ、危険な事をするつもりもありませんので……ご心配なく」
「……そうか、それを聞いて安心したよ……実に賢明だ」
「六車さん、なんかゴメン………………」
「……いいえ、あたしが悪いんです……なんだか、迷惑をかけてしまったみたいで…………」
「迷惑だなんて、そんな事は……全然………………」
「………………本当にすみませんでした」
「あ……いや、そんな………………………………………………………………」
この世の終わりにでも直面したかのような顔をしてから、六車さんは深々と頭を下げた。
彼女は只々、黙って深々と俺に頭を下げ続けた――。申し訳ないという気持ちも当然あったのだろう……だがしかし、それ以上に彼女が深々と俺に頭を下げ続け、顔をあげられない理由は、鼻をすする音と床にこぼれ落ちる大粒の水滴が何よりも物語っていた――――――。
俺は、この空気にどう対応していいのかわからず、ただ無言で沈黙に耐え続けた……部長の久藤さんも大きくタメ息をつき、ばつが悪そうにしている……ただ黙って頭を下げ続ける彼女に俺は、気の利いた一言もなく、何もしてやれず、この重苦しい雰囲気から早く逃げ出すことばかりを考えていた。そんな空気を察してか、久藤さんが「もう、用がないのなら出ていきたまえ!」とあえて俺に厳しい言葉をぶつけてくれる。一見すると冷たそうな理系男子なのだが、その外見とは裏腹にとても情に厚く、思いやり深い好青年であることは、この行動から鑑みるに間違いないといえるだろう。なんとも下手な演技でわかりやすい悪役っぷりだったが、せっかくの御好意だ……無駄にするのも申し訳なく思い、うつむく彼女を背に、俺は備品室を後にする……そして再び、繰り返される退屈な日常へと帰っていった――――――。