07 輪界と現状Ⅰ
「――これは一体……どうして備品室の地下がこんな………………」
「ここはですね、代々受け継がれてきた秘密の施設なんです。過去にうちの父も、ここの施設で日々研鑽していたそうです」
「日々研鑽って……いったい何を?」
「もちろん台車の技術や扱い方、そしてより進化発展させる為にはどうしたらよいのか等……日夜、研究に明け暮れていたそうですよ」
「――? 台車の……技術? ……どういう事?」
「そうでしたね……世界の真実を見せるなんて言っておいて、その説明がまだでしたね」
「世界の真実って……もう訳がわからないよ……どうしてたかが台車に世界の真実だの、なんだのが関わってくるんだよ………………」
「轟さんは普通の世界の人間ですから解からないでしょうけど、あたしたち台車界の人間にとっては……いいえ、間接的には普通の世界の人たちにとっても、生きるも死ぬも、奪うも与えるもすべてが台車に懸かっているといっても過言ではないんです」
「――は!? なに言ってんの!? そんな事があるわけ……」
「それがあるんです……台車を制する者が世界を制するのが現実なんですよ……いえ、それが真実なんです」
「そんなバカな……そんな事、信じられないよ………………」
「信じられないといわれても……しかし残念ながら、それが真実なんです………………」
「どうしてそうなるかな? どう考えてもありえないだろ? きみの言っている事は、経済学も社会学も冒涜しているぞ」
「真実なんですから仕方ないじゃないですか……想像してみてください。もしこの世から台車がなくなった世界を……もし、この世界に台車がなくなったらどうなると思いますか?」
「どうなるって……それは、まぁ、いろいろ不便な事は出てくるだろうけど………………」
「その通りです、もしも台車がなくなったら潰れる会社や組織もたくさん出てくるでしょうね……特に運送会社は致命的です。他にも、鮮魚市場や鉄鋼関係、それに造船業や様々な製造業も大打撃です」
「いやいやいやいや、ちょっと待てって……確かにこの世に台車が存在しなければそうかも知れないけど、でも台車なんて簡単に作れるだろうし、買おうと思えばすぐに買える代物でしょ? 違法薬物じゃないんだからさ」
「確かに違法薬物ではありませんが、そう簡単に手に入るモノではないですよ……、特に今の時代は………………」
「またわけの解からない事を……どうしてそうなるかな? 意味がまったくわからないよ」
「現代の資本主義社会では、表向きは自由競争のシステムで、企業努力によって正当な結果を勝ちうると体裁が整えられています……ですが、真実はまったく別なんです……この台車界では特に…………普通、どこの業界でも、より良い製品を開発して世の中の役に立とうと日夜、努力を続けています。良いものを安く提供する、もしそれが出来ればどんな商売でも成功間違いなしですよね? 基本的にそれは台車界でも同じ事で、良い台車をコストをかけずに制作し、安く提供しようとみんな頑張っていたんです……ですが………………」
「ですが……?」
「ですが、ある時代を境に台車界ではその自由競争の均衡が崩れます……あまりに競争が激化した為、業界内で様々な内紛がおこり、血で血を洗う凄まじい争いがおこったのです………………あたしたちの世界では、それを第一次輪界戦争と呼んでいます」
「戦争って……そんな大袈裟な………………」
「いいえ、大袈裟なんかではありません……その時代にあたしは生まれていませんが、父の話ですと、産業スパイやハニートラップ、株価操作や企業買収、それ以外にも様々な妨害工作が行われ、内部の研究者たちも互いに疑心暗鬼に陥ってしまい、まともに組織が機能しなかったそうです……挙げ句の果てに何人もの死者が出たとまで聞かされています」
「たかが台車のために死者まで……それは確かにひどい話だとは思うけど、でもそれと台車を簡単に手に入れられない話とはつながらないんだけど………………?」
「はい……確かに、まだその話とはつながっていませんけど、でもこの第一次輪界戦争がきっかけで今の時代が来たんです。過当競争があまりに激化したため、当時の輪界のトップ、円山環三郎先生がみかねてある強硬手段に出たんです」
「――輪界?」
「あ、すみません……あたしたち玄人は台車界の事を『輪界』っていうんです」
「ふーん、そうなんだ……なんだかすげぇ名前だな………………それで? その輪界の偉い人がどうしたって?」
「はい、その当時のトップがですね、私財を投げ売ってある大会を開催したんです……それはそれはよく出来た大会だったそうで、最も優れた台車を決めるにはふさわしい大会だったそうですよ」
「あぁ、なるほどね。競争があまりに激化したから、フェアに大会で最も優れた台車を決めようとしたわけか……なかなかやり手のお偉いさんだな」
「はい、その発想は素晴らしいものだと思います……ですが、円山環三郎先生の開催したその大会の目的と主旨を理解している者は少なく、円山先生が思い描いていた方向とは違う方向に輪界は向かっていってしまったんです」
「違う方向って?」
「元々は平和的解決を図る為に円山先生は大会を開催したんです。みんなでフェアに戦って、より健全な輪界を再構築するのが狙いの大会だったのですが、優勝者が獲得できる富、名声、栄誉……そういった類のモノがあまりに莫大過ぎでした………………はっきりいって優勝者は、神様同然の存在にまで成り上がってしまったのです」
「台車の大会で優勝しただけで神様って……きみの言っている事は本当にいつも意味不明だよ………………ありえないだろ? どうしてそうなる?」
「考えてもみてください……もしも、大会で優勝した台車が最も優れたモノだとすれば、どの企業だって一番いいモノを欲しがると思いませんか?」
「そりゃあ、当然そうだろうけど……」
「第一回大会で優勝したその大手メーカーは急激に業績を伸ばし、シェアを拡大していきました……そこまでは良かったんですが、急激に拡大したメーカーは様々な既得権益を手に入れ、他のメーカーの参入を妨害したり、賄賂を見返りに癒着も横行し、さらには自社の台車を使おうとしない企業に対して圧力をかけて法外な値段で自社製品を買い取らせたりと、様々な反社会的な行為が横行したんです」
「う~ん……酷過ぎる話だが、でもそんな事は周囲が黙ってはいないだろ?」
「はい、当然周囲も猛反発しました。ですが……すでにその悪徳メーカーは政治家や官僚、各企業のトップに経済団体、他にも様々な委員会やマスコミにも既に手をまわしており、中小零細企業が刃向ったところで、もう既にどうこう出来る次元ではなかったのです」
「そんな前近代的な話……とても信じられないよ、古代の封建社会のレベルだぞ」
「そんな事いわれたって、事実なんですから仕方がないじゃないですか」
「じゃあ、もうその大手メーカーの支配体制が維持されたまま現在に至るわけ?」
「いいえ、ところがですね、この輪界戦争は一回では終わらなかったんです……暗黒の時代に突入した輪界は、しばらく停滞していたのですが、とある事件をきっかけに再び動き出します」
「また何か事件が起こったわけか……?」
「はい……メーカートップの暗殺です」
「――!? なんだって!? 暗殺!? たかが台車のシェア争いだろ!?」
「轟さんは、まだ理解していないんですね……台車というものがどれだけこの世界で重要な地位を占めているのかを……台車を制する者が世界の支配者なんです………………」
「だって台車だろ!? あの台車だろ!? そんじょそこらにある、アノ台車だろ!? 世界の支配者って………………」
「確かにその台車ですが、あたしたちの業界では『DAISYA』といって、もはや世界共通語です……世界規模の販路を持っているのが『DAISYA』なんです。それは数字に表すと、この国の国家予算でさえも比にならない莫大な数字なんです……いつまでもあんまりバカにしないでください」
「悪かったよ………………んで? 世界規模の販路を持つDAISYA業界だからこそ、争いも絶えないと?」
「そうなんです……腐りきった業界の所為で中小零細メーカーはどんどん倒産に追い込まれ、多数の自殺者まで出たんです………………ですが、とある倒産寸前のDAISYAメーカーの社長さんが、このまま腐りきった業界に屈して自殺するくらいならばいっその事、この業界を牛耳っているトップと刺し違えた方がマシだと考えたんです」