06 覚悟と世界の真実
「――!? 久藤部長!?」
「えッ!? 六車くん!? 偶然だね、どうしてこんなところに?」
「部長こそ……」
「あ、いや……僕はこれから生徒会長と話があるからね」
「生徒会長と話? それってなんの話ですか!?」
「六車くんには話しておかなければと考えていたから調度いい……もう観念して白旗をあげようかと思っていてね………………」
「――ッ!? そ、そんな……あきらめるんですか!?」
「ここまで追い込まれてしまっては仕方がないだろう……周囲の被害を最小限に抑える為にも、ここら辺で妥協するしかないかなって思ってね………………」
「そんなのって……そんなのってあんまりです!! 部長があきらめたら……部長があきらめたら実質、もう礼宮院グループの傘下に入るも同然じゃないですか!?」
「……それも仕方がない……礼宮院グループには逆らえないよ………………」
「こんな事が許されていいんですか……こんな事ってあってもいいんですか……!?」
「………………なんにもしてあげられなくて、本当に申し訳ない」
「もう、どうにもならないんですね……」
「策がない訳ではないが………………」
「なにかあるんですか!?」
「ひとつだけ起死回生の方法があるにはある。可能性は極めて低いがね……ほぼ、ゼロパーセントと言ってもいいくらいに……」
「可能性がどんなに低くても、なにもしないよりかはマシです!!」
「そうとも言えないよ、何もしなければこれ以上は礼宮院グループに追い込まれなくて済むかもしれない……でも、もし何か行動を起こして失敗したら………………」
「………………でも、なにもしないで指をくわえてみているだけだなんて……」
「しかし、あまりにもハイリスクだ……もし失敗したら、六車くんのお父さんの会社だって、きっと只では済まないよ」
「………………………………………………………………」
「まぁ、何はともあれ学園側から活動予算と新車両の供給が受けられない事は確定事項だ……サインをするだけだが、その手続きだけは一応、これから済ませてくるよ」
「予算と新しい車両がなければ、うちはもう戦えません……そうなったら、もう………………」
「まぁ、実質的に廃部に追い込まれるのは時間の問題かな」
「そんな……、いくらなんでもひどすぎます………………」
「まだ、廃部と決まった訳ではないから、そう気を落とすな……では、手続きを済ませてくる……また後でな、それじゃあ………………」
部長と呼ばれるその男は、もの悲しそうな表情で六車さんに諸々の事実を伝え、そして、生徒会役員室に向かっていった。男は背中でモノを語るなどというが、俺とたいして年齢は変わらないであろう彼のその背中は、まさしく何かを物語る男の背中だった。しかし、儚げな雰囲気とは裏腹に、黒縁メガネの奥で光るその瞳からは、決して希望という名の光が失われていない事を俺は見逃さなかった。少なくとも彼のあの瞳は、絶望の色に染る濁った瞳ではなかった――――――。
「――元気出してよ、六車さん」
「……はい、ありがとうございます」
「詳しい事情は知らないけさ……多分、あの部長さん、転んでもただでは起きないタイプの人だよ。あの眼は……あの眼は何かをやろうとしている人の眼だ」
「そ、そうなんですか!?」
「………………………………多分ね」
「そっかぁ……だとしたら、あたしも頑張らなきゃ!」
「うん、そうだね。元気出して行こう!」
「はい! じゃあ、久藤部長が手続き終ったら早速、ミーティングしましょう!!」
「うん、それもいいと思うよ………………ん? しましょう? ……あれ? 俺も参加する感じなの……か………………?」
「今は一人でも人数が欲しいんです! ここまで来たら、もう最後まで手伝ってください!!」
「――はぃ!? なに言ってんの!? 意味が解らないんだけど!?」
「じゃあ、もう一度いいますね! 今は一人でも人数が欲しいんです! ここまで来たら、もう最後まで手伝ってください!!」
「いやいやいや、そういう意味じゃねえよ! 言っている事の意味は解かるってば! 最後まで手伝う理由がわかんねえんだよ!! なんで俺が!?」
「ひどいです!? お詫びに最後までちゃんと手伝うから勘弁してくれなっ……て、轟さん言ったじゃないですかッ!?」
「えぇ!? そんなこと言ったっけ? いや、言ったかもしれないけど……でも、それは……、そういう意味じゃなくってさ………………」
「ひ、ひどいです………………」
「まいったな……何処までが最後なのかがよくわからないけど……じゃあ一応、ミーティングまでは付き合うよ……だからそんな泣きそうな顔しないでくれ………………」
「本当ですか!? ありがとうございます!!」
泣いたカラスがなんとやらで、凄まじい変わり身の早さだ……今さっきまでめちゃくちゃ泣きそうな顔をしてたハズなのに、今やその悲壮感は見る影もない――。
これだからは女は本当におそろしい。計算でそうしてくれているのならまだ可愛げもあるが、真におそろしいのはド天然で、計算なくしてこれをやれる女だ。小悪魔系というかなんというか……そういう意味では、彼女は本当にタチが悪い――――――。
「――では、備品室で待機していましょう」
「は? そんな所に部長さん来るの? なんで備品室?」
「それには深い訳があるんですよ……詳しい話は、後ほど………………」
「――――――?」
六車さんの言っている事の意味がまたも理解できなかったが、そんな展開にも流石に少しは慣れてきたようだ。考えてみれば彼女と出会ってからまだ間もないのだが、不思議とこの娘にはあんまり気を遣わずに接していられる事実に気が付いた。正直、女の子と接するのはあまり得意ではないのだが、どういう訳か彼女に対しては自然体でいられるような気がする……余計な事を深く考える前に、コロコロと展開が変わる彼女の行動や発想が俺を退屈から多少、解放してくれている事にも関係しているのかも知れない――――――。
「――さぁ、どうぞ遠慮なく入ってください」
「じゃあ、遠慮なく……って、備品室に入るのになんでそんなに神経を遣わなきゃならんのだ?」
「ここはですね、ただの備品室じゃあないんですよ」
「そうなの? 凄まじい広さ以外には、何処からどう見てもただの備品室にしか見えないんだけど………………」
「本当は久藤部長が戻って来て、許可を得てからお見せしようと思ったんですけど……でも、もうここまで来たらどのみち引き返せません、行くところまで行きましょう」
「は? また不可解な事を……何の話?」
「念の為、確認しますが……口は堅いですか?」
「――え? 今度はなに?」
「こっちがきいているんです!! 秘密は絶対に守れますか? もし、絶対に秘密を守れるというのであれば、轟さんにも現実を……いいえ、世界の真実をお教えいたします――!!」
「世界の真実って……そんな大げさな……」
「いいえ、決して大げさではないですよ……どうなんです? 世界の真実を知りたいですか?」
「………………………………わかったよ、俺も男だ……絶対に秘密は守るよ。そんなに期待のこもった眼差しで見つめられたら、覚悟を決めるしかないだろ?」
「それをきいて安心しました……覚悟があるのでしたら、真実をお教えします――――」
そういうと六車さんは備品室にある本棚をガラガラとスライドさせ、その奥に潜むキーコード付きのパネルを操作し始める。備品室にあるまじき厳重なセキュリティシステムに正直、驚きを隠せなかったが、しかし、それ以上に猜疑心が芽生えて現実を直視する事が出来なかった。なんでこんな備品室なんかに厳重な金庫の様なセキュリティが備わっているのか、皆目見当もつかなかったが、唖然としている俺を尻目に、六車さんはキーコードを入力し、ロックを解除してから再び俺に向かって覚悟のほどをたずねる――。
「これでロックは外れました……念の為もう一度、確認しますが…………覚悟のほどはいかがです………………?」
「……ここまでされたら引返せないだろ? 覚悟は決めたさ」
「そうですか……もう二度と平穏な日常生活には戻れなくなるかもしれませんが……それでもよろしいのですね?」
「あぁ……何度も言ったはずだ……覚悟は決めたと………………」
「わかりました……では、こちらへ………………」
彼女のその言葉の後、備品室全体がグラグラと揺れ始め、鈍い地響きのような音と共に地下へと続く階段が表れる――。
出現した階段の奥を覗き込むとえらく奥行きがあり、暗がりの所為もあって、地下室の全体像がまったく把握できない状態だった。
「――さぁ、行きましょうか……足元に気を付けてくださいね」
「………………お、おう」
階段を下り、ややホコリっぽくてカビ臭い通路を抜けるとそこには、俺の想像を絶する近代的な設備と台車のパーツと思しきものが並べられており、何らかの実験施設、もしくは研究施設かと勘違いしてしまいそうなほどの充実した設備だった。