05 才能の片鱗
「――おッ!? すごいすごい、今度は段差や溝も問題ない……エレベーターの溝と多少の段差に手間取っていたのが嘘みたいだ」
「でしょッ!? 軸をきちんとすればノーマルタイプの台車でも、これくらいはまったく問題ないんですよ」
「前みたいに荷物が崩れそうな不安感や振動を感じない……荷物の揺れや振動をまるで俺の手で吸収しているように感じる……それに、こいつもすげぇ喜んでるみたいだ……今までにない不思議な感覚だよ………………」
「……え!? ダイレクト・リンク・システムを積んでいる訳でもない、このノーマルタイプの台車からそこまでの事を感じられるんですか!?」
「うん、すごく色々な事が手に伝わってくるよ……、ノーマルタイプとか、専門的な事はよく解かんないけどね………………」
「あっ!? ノーマルタイプっていうのはですね………………」
「あ~、いや……悪いんだけどさ、難しい講釈よりも先にエレベーターのボタンを押してくれないかな…………」
「あぁ……はい、了解です――」
少し憮然とした表情をみせた後、六車さんはエレベーターのボタンを押す――。
熱中できる何かがあるという事は非常に素晴らしい事なのだろうが、どうもこの娘は台車の事となると周囲がみえなくなる傾向にあるようだ……三階にたどり着き、エレベーターを降りて生徒会役員室へと向かいう間に俺は、よく解からない台車についての彼女なりの哲学や持論を淡々と聞かされていた。
「それからですね……」
「あ~、いや……もう生徒会役員室に着いたからさ……そろそろこの辺で………………」
「……仕方ないですね、じゃあまた今度と言う事で」
「……また今度……、また今度ね…………まぁいいや、とりあえず荷物をさっさと片付けよう……悪いんだけどドアを開けてくれる?」
「了解しました! 失礼しま~す」
そういうと彼女はノックもせずに生徒会役員室のドアを開ける。突然ドアを開けられた生徒会長さんは、髪に結わいてある鈴をシャラシャラとさせながら、少し驚いた顔をして俺たちの事を見ていたが、しかし、その後すぐに、にこやかな表情を取り戻し、先程と同じ場所に荷物を置くようにと簡潔な指示を出した。その指示を受け俺は台車を押し、部屋の隅まで移動したその時だった――――――。
「――!? ちょっと、その台車……わたくしに少し貸してくださらない!?」
「はい? 台車を……? まぁ、いいですけど……どうぞ………………」
突拍子もない礼宮院さんの発言に何と答えていいかよくわからなくなってしまったが、あまりに迫力のある眼力に気圧されて俺は、どうぞと言葉を返して台車から身を引いてしまった。
「………………これは、先程と同じ台車かしら?」
「はい……そうですが………………」
「見事なメンテナンスね……いいえ、ここまで来ると最早リペアと言っても良いくらいですわ………………これを、あなたが?」
「いいえ、まさか!? この台車を直したのは、そこの彼女ですよ」
「六車さん!? ……あなたがこれを!?」
「はい……でも、直したって程ではないですよ」
「この後輪は……?」
「それは、あたしが予備に持っていたスプリング付きのリアホイールに交換しただけです」
「後輪を交換しただけでこんなに………………」
「……いえ、軸も少しブレていたのでウェイトのバランスとグリップを少し調整しました」
「…………そう、ウェイトとグリップの調整、それにリアホイールの交換……だけ……ね」
「はい、それだけです」
「……本当にそれだけ?」
「本当にそれだけですよ」
「ふーん……なかなかの腕ね」
「そんな……あたしなんか……理亜に比べたら……全然………………」
「理亜? ひょっとして天ヶ崎理亜さんの事かしら?」
「理亜をご存じなんですか?」
「………………知らないですわね」
「――??? でも、今………………」
「知らないと申し上げましたが? なにか? ……六車さん、わたくし忙しいので早く荷物を片付けて出ていってくだらないかしら?」
「………………………………はい、わかりました」
よく解からない台車の話を生徒会長とした後、六車さんはシュンとしてうつむいてしまった。確かに生徒会長のあの態度はさすがに俺でも、ちょっとどうかと思う……二人の間柄はよく知らないが、彼女たちには何かしらの確執があるようだった。そんな二人の関係を疑問に思いながらも俺は、只ひたすら黙々と荷物をおろし、部屋の隅に邪魔にならないように積んでいった――――――。
「――よし、こんなもんかな……生徒会長さん、荷物整理が終わりましたが?」
「ご苦労様でした。後はこちらでやりますから、もう結構ですわよ」
「了解です。さぁ、六車さん……行こうか………………」
伏し目がちで、またもや黙ったままの六車さんを引き連れて俺は生徒会役員室を後にする。まるで既視感のような、過去に何処かで見た、長く、重苦しい沈黙がつづく……今回も当然、生徒会役員室でのやり取りが原因なのだろうが、やはり詳しい事情を知りえない俺は、まったくもって要領を得なかった。
――エレベーター前で重苦しい沈黙に耐えていると、待ちに待ったエレベーターの扉が開く。少しでも早く、この空気から解放されたかった俺は、とっととエレベーターに乗り込もうと台車に手をかけ、前に進もうとしたその時だった。エレベーターの中から色白で背の高い、黒縁メガネをかけた、いかにも理系っぽい雰囲気の男子生徒が降りてくる。当然、乗るのと降りるのとでは降りる方が優先だ。俺は黙って手にした台車を手前に引き、エレベーターを降りる男子生徒に道を譲った――――――。