04 メンテナンス
「………………六車さん? なにやってんの?」
「――えッ!? 誰ッ!? なにッ!?」
「あ、驚かせてゴメン……ノックも一応したし、声もかけたんだけど返事がなかったから勝手に入らせてもらったよ」
「え? あ、そうなんですか……? すみません……あたし、気が付かなくて………………」
「いや、気にしないでいいよ……それにしてもすごい集中力だね、一体なにをそんなに真剣にやっているの?」
「えっと……この子のメンテナンスを少し………………」
「――は? ……この子?」
「あ……、この台車のことです………………」
「いや……この子って……、台車に?」
「………………………………はい」
「台車にこの子って……あははは、やっぱり君はおもしろい娘だね」
「笑わないでください! こっちは真剣なんです!!」
「ははは、ゴメンゴメン……いや、もう大丈夫だから……笑ったりしてゴメン………………」
「ほんとにもぅ……別にいいじゃないですか………………」
「確かに、何に愛着を持とうが人それぞれだよね、本当にゴメン。お詫びに最後までちゃんと手伝うから勘弁してくれな……さぁ、残りの荷物もさっさと運んじゃおうぜ」
「あ……でも、その前にこの子をちゃんと直してあげたいんですが………………」
「ん~、いいけど……そんな事できるの?」
「はい、これくらいならスグですよ。予備のパーツも持って来てますから」
「ふ~ん、そうなんだ……すごいね………………」
「いえ、そんな……この程度の事はローダーだったら当たり前ですし………………」
「はぃ? ローダー?」
「あ……いえ……なんでもないです………………」
「なんだかよく解からないけどさ、女の子なのにそういう事が出来るのってすごいと思うよ。それに、台車にメンテが必要な事に気が付く事もすごいと思う」
「轟さんがエレベーター前で台車の操作に四苦八苦していたじゃないですか? あの時に気が付いたんですよ……あ、後輪が少しブレているなって………………」
「へぇ、そうなんだ……大したもんだね」
「いや、そんな……年季が入ってますから……そのくらいの事は当然です………………」
「――? 年季? 前から気にはなっていたんだけど、六車さんって台車マニアか何かなの? ぽろっと口から出て来る知識とか、メンテの技術とか、予備のパーツとか……なんか素人っぽくはないよね?」
「まぁ、確かに素人ではないですね……でもマニアとかそういうのではないですよ。純粋に競技者として誇りを持っているだけです!!」
「競技者? はぃ? またなんだかよく解からない事を……」
「実はですね、家の稼業は代々続く台車製造メーカーなんですよ……製造とか設計とかの事はまだまだ全然わからないんですけど、でも、幼い頃から父に台車競技を教わっていて、そして、それを今でもまだ続けているんです」
「――? ………………………………ん???」
「あぁ……、やっぱりそうなっちゃいます? まぁ、無理もないですが………………」
「ゴメン、代々続く台車製造メーカーだっていうのはわかったけど……台車競技って?」
「……すみません、忘れてください……さぁ、ちゃちゃっと仕事を終わらせちゃいましょう!!」
「いやいやいや、ちょっと待ってよ! そこまで言ったんだったら教えてよ!!」
「また今度、機会がありましたら……口を滑らせてしまったあたしが悪いですけど、生半可な気持ちで興味を持たない方がいいですよ………………」
「????????????」
「さぁ、仕事に取りかかりましょう……申し訳ありませんが轟さんは、あたしがメンテをしている間に細かい荷物だけでもまとめておいてください、よろしくお願いします」
「お、おう………………」
なんだか上手くはぐらかされてしまったような……、煙に巻かれてしまったような……、とにかく話題を逸らされてしまった事は確かだった。どんな競技だか知らないが、そんなに危険な競技なのだろうか……彼女の口ぶりからは、台車競技に関する事がやたらと大仰に聞こえて仕方がない。正直に本心を言えば、たかが台車を使った競技なんて別に大したものではないだろうと心のどこかで甘く見ていたのだが、しかし後に、その考え方を俺は完全に改めさせられる事になる――――――。
「――こまかい荷物は大体まとまったけど……どうする?」
「そうですね……では、大きい荷物から順に台車に積んでいきますので、細かいものは上に積んでください」
「うぃ、了解。積み終わったらすぐに生徒会役員室に運んでもいいのかな?」
「いいですよ……さっさと積んで、さっさと運んでしまいましょう――」
こうして俺たちは、メンテナンスの終わったばかりの台車に積めるだけの荷物を積んで生徒会役員室へと向かおうとしたその時だった。俺は腰を入れて台車を押そうと、取っ手を強く握り、勢いをつけて出発をしようと思っていたのだが、つい先程とは違い、ゆっくりと力を入れて少しずつ押していくだけで、これだけ大量の荷物を積んでいるにもかかわらず、六車さんの手により生まれ変わった台車は、スルスルと抵抗感なく前へ前へと進んでいった――――――。
「――!? どういう事だ!? まさかこれが、さっきと同じ台車……!? ……なのか!?」
「はい、さっきと同じ台車ですよ」
「いや……でも………………この感じは、さっきまでとはまるで別物だ……安定感もあるし、前みたいな引っ掛かりを感じない………………」
「わかりますか!? センスありますね!! きちんと愛情を持って、手をかけてあげればこの子だって……この子だって生まれ変われるんです!!」
「そうなんだ……本当にすごいね、ちょっと尊敬するよ」
「いえ、そんな……大した事は………………」
頬をほんのりと赤く染め、恥ずかしそうに下を向いて六車さんは黙ってしまった。例によって沈黙状態のまま、俺たちはエレベーターへと向かっていく――でも、今回の沈黙は妙に心地良かった……以前とは違って彼女が確実に喜んでいる事がわかったから――――――。