33 そして世界へ
「――ところで、久藤部長」
「ん? なにかね、礼宮院くん?」
「車両部の活動はいつから再開いたしますの?」
「そうだな、轟くんの体調のこともあるし…………まぁ、来週の月曜あたりから活動再開って感じになるだろうね」
「時間と場所はどちらで?」
「ん~一旦、放課後の備品室に集合って感じになるかな……っていうか、何故そんな事を?」
「それはもちろん、車両部の一員として顔を出さない訳には参りませんので……」
「――は!? なんだって!? 車両部の一員って、どういう意味だね!?」
「どういう意味も何も、今後の活動の支援を約束したではありませんか」
「いや、確かにそうだが……しかし、支援って……そういう意味だったのかい!?」
「もちろん、他にもいろいろとサポートさせていただきますわ」
「いや……なんというか……こんな事になるとは、想像もしていなかったよ……」
「なにか問題でも?」
「いや、僕らの当面の敵は現会長派の礼宮院グループだから利害は一致しているし、特に問題はないと思うのだが………………う~ん…………」
「それでしたら決まりですわね。来週から皆様、よろしくお願い致します」
「突然の事でさすがに僕も混乱してしまったが、とりあえず皆、そういう事でよろしく頼む」
「よろしくお願い致しますわね、轟さん。最強のトラッカーを目指す轟さんと最高のローダーを目指すわたくしが組めば、恐れるモノは何もございませんわ!」
「――え? あ……はい…………?」
「ちょッ!? ちょっと待ってください!?」
「あら? なにかしら、六車さん?」
「勝手に決めないでください! 久藤部長、あたし、礼宮院さんの入部には反対です!!」
「おや? どうしてだい? 色々考えると彼女の入部は多大なメリットがあると思うがね?」
「……確かにそうかも知れませんが……でも……やっぱり、なんとなく反対です!!」
「なんとなくって……六車くん、そんな抽象的な理由を通すわけにはいかないぞ」
「まぁ、ローダーとしての実力もわたくし方が上ですし、危機感を覚える六車さんの気持ちもわからなくはないですが……しかし、久藤部長もこうおっしゃってますし、受け入れていただくしかないですわね」
「聞き捨てならないですね……ローダーとしての実力も上っていいましたか? あたしたちのペアに負けた人が良くいいますよ」
「あれは、負けてあげたのですわよ……それに、今回の大健闘のほとんどはトラッカーである轟さんの実力ではなくて?」
「ぐぬぬぬ……久藤部長、あたしやっぱりこの人とは仲良く出来そうもありません!」
「はぁ……まぁ、いい意味で喧嘩して、互いに切磋琢磨してくれたまえ…………」
「ちょっと!? 久藤部長!? ちゃんとあたしの話を聞いてくださいよ!!」
「おい、輪……ここは病室だぞ、静かにしろって…………昨日の敵は今日の友っていうだろ? 世界を目指すなら、細かい私情は捨てろっての」
「ちょッ!? 京一郎さん!? 細かい私情って……」
「ほら、轟さんもこうおっしゃってくださってますし、こんな程度の事で取り乱すのでしたら、もう世界など目指さない方がよろしくてよ」
「…………わかりました、やってみせますよ。あたしの実力、きちんと証明してみせますから!」
「えぇ、期待しておりますわ」
急転直下、どういう訳か礼宮院会長が車両部の一員となり、来週から活動を共にする事となった。彼女の実力が申し分ないことはわかりきっているし、その上、礼宮院の一族ともなれば政治的な手腕も期待できるだろう。トラブルメーカー的な存在でもあるのだろうが、しかし、それを補って有り余る彼女のチカラを考えると、この参戦は非常に心強い――――――。
「――さてと、それでは諸君! 新メンバーも加わった事だし、心機一転、また新たに世界を目指そうではないか!!」
「世界かぁ、どれくらい凄いんだろう……今の俺なら、そこそこやれそうな気もするけど……調子に乗り過ぎですかね?」
「確かに轟くんの潜在能力には驚かされるが、実力的にはまだまだ世界には遠く及ばないぞ」
「でも京一郎さんなら、きっと……いいえ、絶対に世界で活躍できます! あたしが言うんですから間違いなしですよ!!」
「なにを根拠にしてその自信が来るのか知らないけど……まぁ、輪の言葉を信じて世界を……そして、頂点を目指すとしますかね」
「はいッッッッッッ――!!」
――――――こうして、俺の初めての公式戦は幕を閉じた。
意外にも善戦したものの、最後には混濁する意識の中、後続のマシンに抜かれて優勝を逃すという、結果としてベストとはいえない終わり方ではあったが、初めての実戦であれだけ戦えたのだから、それなりに自信はついた。しかしそれでも、当たり前といえば当たり前なのだが、実力的にはまだまだ世界には遠く及ばないらしい。
元々、台車に興味があってこの競技を始めた訳でもなく、ましてや世界を制するなどという野望を持って始めたわけでも当然ない。それは奇跡だったのか、それとも宿命だったのか……六車輪というたった一人の少女との出会いが、俺の運命を大きく変えてしまった――。しかし、その事に今は感謝している。もし彼女と出会わなければ、生涯、こんな熱い気持ちになる事はなかったであろう。そして、真に仲間と呼べるような人たちとの出会いもなかったと思う――。
俺には久藤さんのように世界情勢や経営、経済の事はよくわからない。そして、天ヶ崎さんのように設計や技術的な事もわからない。それでも俺は、これからもトラッカーとして自分のすべてを懸けて仲間と共に戦っていこうと思う。
一般的にみれば、台車にすべてを懸けるなどという常軌を逸した人生は誰からも理解されないだろう。しかし、そんな奇妙奇天烈な人生も、俺は悪くないと思う。
なにはともあれ、俺たちの戦いはまだ始まったばかりだ。
この先、どんな困難が待ち受けているのか想像もつかないが、戦い抜くと決めたからには、最後の最後まで俺は戦い抜くつもりだ。それはもちろん、世界を制するとか礼宮院グループを倒すとか、そんな格好良い大義名分などではなく、単純にもう輪の悲しむ顔は見たくないし、そしてそれ以上に俺は、ただ彼女の笑顔が見たいから――――――。




