32 好転
――――なんだか気恥ずかしい沈黙の時間がしばらく続いたが、突如、思い立ったように輪が口を開き、その沈黙を破る。
「――と、ところで礼宮院会長。他にも聞きたい事があるんですが……」
「……なにかしら?」
「結果的にあたしたちは優勝を逃しましたけど、でもそれは礼宮院チームも同じですよね? むしろ、あたしたちは二位で礼宮院チームは棄権ですから、どちらかと言えばあたしたちの勝ちっていうか………………」
「そうですわね…………勝ちとか負けとかはもう関係ありませんが、お約束通り、今後の活動の邪魔をするような事は致しません」
「じゃあ車両部の存続は……?」
「もちろん、わたくしが生徒会の会長職についている間は心配しなくて結構ですわよ……それと、今後の活動の支援も約束通り、出来る限りやらせていただきます」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!!」
「いえ、礼を言われるような事では……約束は、約束ですし……それに、敵の敵は味方なんていう言葉もあります。共通の敵を持ったという事を考えれば、今後は、ある意味で味方かと考えております……利害も一致しておりますし…………」
「礼宮院会長、俺も聞きたい事があるんですが……」
「どうぞ、轟さん」
「大事な話なんで、ちゃんと答えて欲しいんです……今後、久藤DAISYA製作工業や六車製作所、それに天ヶ崎技研はどうなるんですか?」
「そうですわね……礼宮院の上層部はどう考えているかわかりませんが、しかし、これまでのように一方的に攻める事はしないでしょうね……というよりも、正確には今後、あなた方には簡単に手が出せなくなりましたから、しばらくは安泰と言ってもいいでしょう」
「――? 簡単に手が出せなくなった? どういう意味ですか?」
「礼宮院グループは敵対的買収も含めて、天ヶ崎技研や久藤DAISYA製作工業の乗っ取りを画策していましたが、しかし、轟さん達の活躍でそれは非常に困難になりましたの」
「ん――? 俺たちの活躍で……? 買収が困難?」
「轟くん、きみは毎朝、株価のチェックなんかしないだろうから知らないだろうけど、ウチの会社、久藤DAISYA製作工業もそうだが、特に天ヶ崎技研の株価の高騰は凄まじいものでね……今後もしばらくストップ高が続きそうな勢いで上がり続けているんだよ」
「それって、つまり……?」
「ひどく大雑把に言うとだね、いくら礼宮院グループでも、そう簡単には僕らの会社を買えなくなったという事さ」
「そうなんですか!?」
「あぁ、それに、ウチの会社の株を保有している関連企業や投機筋、それに天ヶ崎技研の株を保有している投資家たちも、現状では絶対に株を手放したくない状況らしいし、買収はますます難しいだろうね」
「本当に轟さんのおかげですよ? あの装甲版の高い効果を公式戦であれだけアピールしてくれたのは大きいのですぅ」
「そうなんですか……なんか、皆さんの話を聞いていると、本当に台車を中心に経済がまわっているように感じます」
「台車を制する者が世界を制する……少しは実感してくれたかな?」
「はい、輪や久藤さんたちの言っていた事がちょっとは理解できたような気がします……」
「しかし、今回の件はお金の話だけではないのだがね」
「――? 株価が上がったから礼宮院グループに一矢報いる事が出来たんじゃないんですか?」
「それだけの話ではないよ……轟くんの活躍に世界のみんなが心を動かされたから、周囲が大きく動き出したのさ」
「轟さん、あなたは本当に救世主かも知れませんわね……誰もが恐れる強大な礼宮院グループに対して、あれだけ堂々と喧嘩を売って、そして、玉砕覚悟で善戦したんですもの……今の腐った輪界を変えるきっかけを皆に与えたのは事実ですわよ。これを機に礼宮院グループに対して包囲網が出来るかも知れませんわね」
「そんな、大袈裟な……」
「いいや、大袈裟ではないさ……、今回の事は、世界を変えるには小さな事かもしれないが、しかし、大きな前進でもあるのかも知れない。誇っていいぞ、轟くん」
「…………ありがとうございます……あと、肝心の六車製作所はどうなるんですか?」
「そこはやはり六車製作所についても同じ事が言えますわね……今回の件で六車製作所の台車は飛躍的に売り上げが伸びるでしょうから、手を出しづらくなったことは事実です」
「本当ですか!? よかった…………」
「ですが、楽観視も出来ませんよ。今回の件で、礼宮院グループは六車製作所を強く意識したハズですから……次はどんな手を打ってくるかわかったものではありませんわ」
「そ、そうですか……やはり現実は厳しいですね…………」
「そうですわね……でも、轟さんが戦い、そして勝って、勝って、勝って、勝ち続ければ……世界はきっと変わりますわ」
「はい、俺……もっと強くなろうと思います。それと輪は、……輪はどうなるんですか?」
「それは、ご本人に聞いてみるのが一番ではなくて?」
礼宮院会長はそういうと、なにか確信めいた表情を浮かべ、輪と視線を絡めていた――――。
「――京一郎さん、ご心配なく……あたしには、迷いなんてもうありませんから…………」
「……? それって、どういうこと?」
「たとえ会社が潰されようと、どんなに絶望的な状況に追い込まれようとも…………あたしは、あたしの幸せを放棄しません! 全力で戦いますッ!!」
「それってつまり、政略結婚はしないって事だよな!?」
「はいッ!!」
「そっか……、そうだよな…………それでこそ輪だよ…………よしッ! 俺も全力で戦うよ、最後まで付き合うって約束だったしな!」
「もちろんですッ! 京一郎さんには世界でもトップレベルのトラッカーになってもらわなければ困ります!!」
「世界レベルかぁ……長い道のりになりそうだ…………」
「一歩ずつ、着実にやっていきましょう! みんなで、少しずつでも前に進むんです!!」
「そうだな……みんなでやれば、いつか……きっと…………」
「はいッ! どんな願いもきっと叶います!!」
「――――おうッ! おかげでなんだが元気があふれてきた! 今すぐにでも練習をはじめたい気分だよ!!」
「おいおい、昨日の今日で何をバカな事を……今日一日くらいは安静にしていたまえ、こんな日に練習したって非効率的だぞ」
「非効率的って……、いかにも久藤さんらしい答えですね。じゃあ、お言葉に甘えて、今日はゆっくりさせてもらいましょう」
「うむ、そうしたまえ」
試合に負けたと聞かされて、一瞬、愕然としたが、みんなの話を聞いていくうちに、現状は俺が考えるよりも絶望的な状況には陥っていないようで安心した。
皆もそこは同じようで、ほっと胸をなで下ろしたように見える。とはいえ、周囲を取り巻く環境はまだまだ厳しそうだった――――――。




