31 礼宮院グループの実情
「――……あれ? ここは………………?」
「京一郎さん、お目覚めですか?」
「――ん? 輪……?」
「丸一日、寝込んでいたので本当に心配しましたよ……」
「俺は、いったい………………何を……?」
「なんにも覚えていないんですか? まぁ、あれだけ暑い中、全力を出し尽くした上に大怪我までしてしまいましたからねぇ……ゴールした時には既に気を失っていましたし、無理もないですが………………」
「大健闘だったよ、轟くん……君には本当に感謝している」
「初心者とは思えない活躍だったのですよ? レースの事、まったく記憶にないのです?」
「レースの事? レース……レース…………!? そ、そうか!? レースだ!! 輪、俺たちは勝ったのか!?」
「………………………………」
「久藤さん、天ヶ崎さん、結果はどうだったんですか!?」
「………………………………」
この問いに皆、何故かうつむき加減で黙り込んでしまい、明確な答えを誰も俺に与えてはくれなかった――。
「……そ、そんな……まさか……俺たち、負けたんですか………………?」
「勝負には勝っていたさ……だが、試合には………………」
「そ、そんな……礼宮院のチームはリタイヤしたハズです……それなのに……どうして?」
「たしかに礼宮院チームは自滅同然で途中棄権したが……」
「……ッ!? そうか!? 俺は、後続のマシンに………………」
「礼宮院チームを敵視し過ぎた所為で後続の事が頭になかったようだね」
「奴等さえ潰せば……勝ちだと……」
「レースはそんなに甘いものではないさ」
「久藤さん、すみません……天ヶ崎さん、すみません…………すみません……輪……、本当に……ごめん……………………」
「……いや、君が謝ることは何もないよ……轟くんは、本当によくやってくれた。ありがとう」
久藤さんは温かい言葉で労をねぎらってくれた。しかし、その温かさ故に、俺は何も言えなくなってしまった。
勝負事というものは、過程も大事かも知れないが、突き詰めればやはり結果がすべてだろう。そして、その結果を出せなかった俺には、何もいう資格はないような気がした。
こんな時、言葉の無力さを痛感する。言葉を発すれば発するほど虚しく空回りし、意味のない行為のように思えてならない。そしてそれは、みんなも感じている事なのだろう……、この閉鎖された空間で、気味が悪いくらいの静寂がそれを証明しているようだった。しかし、そんな静寂も病室の扉を叩くノックの音と意外な人物の来訪により、打ち砕かれる――――。
「失礼いたします――」
「――!? 礼宮院会長!? どうしてここに!?」
「やはり、ご迷惑だったかしら……?」
「い、いえ……そんな事は…………」
思いもよらぬ突然の来訪に俺は唖然としてしまい、ただ茫然と礼宮院会長を見つめていた。そんな中、久藤さんだけは何故か悠々と身構えていて、唖然としている俺たちを高みから見おろし、楽しんでいた。
「――ははは、予想通りのリアクションだ」
「……はぃ? 久藤部長? どういう事なんです?」
「いや、なに……彼女をここに呼んだのは、この僕だ」
「そうなんですか!? でも、いったいどうして?」
「実は昨夜、色々と事情を彼女から聞いてね……それならいっその事、みんなの前で話してみてはどうかと勧めたのさ」
「いろいろな事情?」
「そう、色々とね……轟くんは察しがついているんじゃないかな?」
「まぁ漠然と……なんとなくですが…………」
「――!? 京一郎さん!? どういう事です!? 隠し事ですか!?」
「いや、隠し事とかそういうんじゃなくて……なんて言うか…………」
「ちゃんと説明してください!」
「それならわたくしが変わって説明させて頂きますわ。その為にここへ来たのですから……」
礼宮院会長はそういうと、病室の脇に余っていた小さな丸椅子を俺の寝ているベッド脇に置き、腰を落ち着かせる。そして、少し間を置いた後、重々しく口を開いた。
「――――まずは、皆さんに謝らなければならないですわね……、学園での不遜な態度に妨害工作……いろいろと本当にごめんなさい…………」
「ごめんなさいっていわれても……あたしには、一体なにがなんだか…………?」
「轟さんには以前、簡単に申し上げましたが……実は、わたくしは礼宮院グループから監視されていたんです」
「――え!? そうだったんですか!?」
「輪……、礼宮院会長には付き人がいつも二人いただろ? あの二人が監視役だ」
「あの二人って監視役だったんですか!? 身の回りのお世話係かと思っていましたよ」
「一般的にはそのように見えるのでしょうが……残念ながら、わたくしが不穏な動きをしていないかどうかの監視役です」
「でも、礼宮院会長を監視だなんて……どうして……?」
「実は、前々からわたくしは礼宮院グループの独善的なやり方には異を唱えていたんです」
「同じ礼宮院グループの一族なのにですか?」
「はい……しかし、わたくしのような小娘がなにを言っても上層部は変わりませんでしたわ」
「まぁ、確かに礼宮院一族は男尊女卑の激しい部分は否定しきれないし、礼宮院くんもまだまだ経営に口を出せるほどの立場にないのは事実……無理もないね」
「ですから、わたくしは実力で礼宮院グループを変えようと過去に色々と試みた事があるんです……それこそ、どんな汚い手を使ってでも礼宮院グループを変えようと必死でしたわ……」
「――しかし、小娘の悪戯の範疇を超えて活動してしまい、監視役がつく事になってしまったというわけだね?」
「はい、久藤部長のおっしゃる通りですわ」
「あっ!? だから、しぶしぶ、学園であたしたちの妨害をしていたんですね!?」
「本意ではなかったのですが……監視の目もありますし、仕方がなかったのです…………本当にごめんなさい」
「俺は以前から不思議に思っていたんですが……どうして、いつも礼宮院会長が儚げな表情をしていたのかが今、解かったような気がします……」
「色々と気を遣わせてしまって……轟さん、本当にごめんなさいね…………」
「まぁそこら辺の事情は解かったから良しとしてだね、もしも、礼宮院くんが一族の人間でなかったら大変な仕打ちを受けていただろうな…………」
「口に出すのも恐ろしいほどの目にあっていた事でしょう……幸いわたくしには軽い罰だけで済まされましたが…………」
「引き換えに自由を制限されたわけだ」
「その通りです。わたくしには監視役とシャラシャラと小うるさい鈴が付けられました」
「あの鈴って監視の為につけられていたんですか!?」
「えぇ、おそらくは……仮に監視役がちょっと目を離しても、音でわたしの動きが判るようにという事と精神的にも鎖でつないでおこうという事なのでしょう」
「そうだったんですか……気が休まらないですね…………あれ? でも今日は鈴も付けていないし、監視役の人もいませんが……?」
「アレだけの背信的な行為をやってのけた後ですもの……もう監視も何もありませんわ……」
「え? それってどういう…………?」
「今後、礼宮院くんは本家の礼宮院グループを抜けて、分家の一族の下で活動をするそうだよ」
「久藤部長、それってつまり……どういう事です?」
「まぁ、六車くんには少し難しい話かもしれないがね、簡単にいうと、これからの礼宮院くんは、自分の考えに賛同してくれている関連子会社を拠点に活動するという事さ」
「………………?」
「…………補足をするとだね、礼宮院グループには旧会長派と新しく会長職に着いた現会長派があって、実質的には分裂状態でもあるのだそうだよ」
「――そ、そうなんですか!? 驚きです!? やりたい放題、自由に好き勝手やっている組織かと思ってました!?」
「実は僕も詳しくは知らなかったのだがね、昨夜の礼宮院くんの話からすると、どうもそういう事らしい」
「あれだけの巨大な組織ですから……前会長が亡くなられてからは、組織内部では生き馬の目を抜く下剋上のような惨状でしたわ。そして旧会長派たちは現会長に異を唱えるわたくしに近づいてまいりましたの」
「礼宮院くんは一族の直系だからね、君を取り込みさえすれば大きなアドバンテージを得る事になる……なんともわかり易い構造だ」
「でも、現会長もバカではないですから……そう簡単にわたくしを自由にさせてはくれなかったのですわ」
「なるほど……それでいろいろと礼宮院会長は秘密裏に活動をしていたんですね」
「えぇ……しかし恥ずかしながら、すぐに悪事が明るみに出てしまい、監視付なんていう身分に落とされてしまいましたが……」
「でも、もうそれもなくなったという事は……」
「はい、わたくしは本家から破門同然で追い出されてしまいました」
「………………でも、それでよかったんじゃないですかね、礼宮院会長」
「――は!? 京一郎さん、なにを言うんですか!? 勘当されちゃったんですよ!?」
「確かに、本家を追い出されちゃったことに関しては同情しますが……でもこれで、スパイみたいな真似をしなくて済むようになったんじゃないですか」
「……そう言われれば、確かにその通りですわね」
「本家の現会長派の出世コースからは外されちゃったかもしれませんが、でも、旧会長派のグループで本家を叩き潰してしまえば礼宮院会長の大勝利でしょう? 俺だったら、その方がわかりやすくてスッキリします」
「轟さん、ありがとう……やはり、貴方と出会えてよかったですわ。保身の為に本家の礼宮院グループに残るか、それとも理想を貫き戦うべきか迷っておりましたが、でも、あなたと出会えたおかげで、わたくしの進むべき道がはっきりと決まりました…………」
「いえ、俺は……お礼を言われるようなことは、なにも…………」
普段の礼宮院会長のキャラクター性からは考えられないようなしおらしさで、彼女は恭しく頭を下げた。そして、礼宮院会長は顔を上げると黙って俺の瞳をじっと見つめ続けていた。




