30 感じるままに
「――なんだ!? 輪、何が起きているんだ!?」
「はぃ!? 京一郎さん!? どうしたんですか!?」
「直接、俺の魂に指示を出してくる奴がいる!!」
「……直接? 指示? ――――ッ!? こ、これは……DLSが発動しています!!」
「どういう事だよ!? お前が発動させたのか!?」
「違います、DLSを使うとしたら最終コーナーの直前と決めていました! あたしは何もしていません!!」
「じゃあ、勝手に発動したのかよ!? 何で!? どうして!?」
「それは、あたしにも解りません! ですが……ですがもう、細かい事を考えている場合ではありません! こうなってしまったらもう、京一郎さんの感じるままに戦ってください!!」
「俺の感じるままに…………?」
「そうです、感じるままにです! ここから先はすべて、京一郎さんにお任せします!!」
「……わかった…………感じるままに……感じるままにだな………………」
経験の浅い俺がいくら戦略を練ったところでたかが知れている――。
それならいっその事、感じるままに戦った方が戦果をあげられるかもしれない。とりあえず、ダメージの蓄積した左舷をかばい、重心を右に寄せて再び特攻を試みようとした瞬間、またも無機質な音声が俺の心に響き渡る――――。
「マシンノ……ダメージハ、キニスルナ!」
「――え!? いや、しかし……おまえの左舷はボロボロだ……もう、右舷を生かすやり方しか残されていないんじゃ…………?」
「ギャクダ……ヒダリカラ、トッシンシロ!!」
「いや、だから左舷は……もう…………」
「ダカラコソダ……ダカラコソ、ヒダリカラアタレ……ヒダリノゼンリンハ……ステロ!」
「……中途半端に生きてるなら、いっそダメになった方がスッキリするって事か? …………輪、質問がある」
「はい!? なんですか!?」
「左の前輪が外れても走行は可能か?」
「はい!? なにをするつもりですか!?」
「可能かと聞いているんだ!? どうなんだ!?」
「あ、はい! 走るだけなら可能です!!」
「それだけわかれば十分だ! やってやる!!」
DLSの指示通り、俺はあえてダメージを負った左舷を相手マシンに叩きつける。その結果、左側面のダメージは本体にまで及び、前面の装甲版は剥がれ、やわな機体表面と前輪がむき出しになる――。しかし、敵マシンにダメージを与えている事も事実。レースはすでに私闘ともいえる争いとなり、互いに傷を深め合う様相を呈していた。
「……まだいけるか!?」
「モンダイナイ……ツギデ、ツブスキデイケ!!」
俺は、またも玉砕覚悟の特攻を試みる――。しかし、その瞬間、ある記憶が鮮明に蘇る。
「――右後方部……そうだ!? 礼宮院会長の設計図通りなら、右舷後方にDLSを積んでいるはず……そこを狙えば!?」
ただ闇雲に突っ込むよりも、少しでも敵の弱点と思われるところに特攻した方が効果は高いハズ……以前、DLSのシステムは非常に繊細だと久藤部長から聞いたことがある。どうせやるなら、中途半端な事はしたくない……俺は指示通り、完全に左舷を捨て去る戦略をとる――。
「輪! ウェイトを左舷に集中してくれ!!」
「左舷ですか!? 左舷はもう……」
「いいから言う事を聞け! 頼む!!」
「わ、わかりました、全体重を乗せます! それでいいんですね!?」
「そうだ、それでいい……それでいいんだ…………やってやるッ!!」
残されたチャンスはもうほとんど無い……ここで挽回できなければ敗北必死だ。バカの一つ覚えの如く、俺は特攻を繰り返す――。今度もまた減速せずに、全ウェイトを乗せて敵マシンの右舷後方に吶喊する。
「――手応えありだ! やったか!?」
俺は確かな手応えを感じた。全ウェイトを乗せてトップスピードで繊細なDLSシステムに直撃すれば、無事でいられるハズがない。確実に相手マシンにダメージを与えた確信があった。しかし、同時にミラージュ・ウィザード・カスタムの悲鳴も俺の心の中には響いていた――。
「……まだだ、まだおわってねぇぞ……ゴミ共………………」
「おまえ……まだ、動けるのか…………」
「礼宮院の人間をなめるんじゃねぇ……てめぇら庶民に負けるほど、おちぶれちゃいねぇ!!」
確かにDLSにダメージを与えたはずだ……しかし、礼宮院輌の傲慢さはそのシステムを凌駕しているようだった。満身創痍にもかかわらず、あまりにも高すぎるプライドだけが、この男の肉体と精神を支えていた。ダメージを負いながらも礼宮院輌は、決して速度を落とすような事はしなかった――。
「くそッ!! 俺の全力ってこんな程度なのかよ……もうこれ以上はチカラが……ちくしょう……万事休すか…………」
ダメージを負いながらも、前へ前へと駒を進める礼宮院チームに対して俺たちは、半壊状態のミラージュ・ウィザード・カスタムを只々、茫然と惰性で走らせる事くらいしかやれることが思いつかなかった――――――。
「――もう走れねぇ……限界だ…………ちくしょう……ここまで来たのに……もうどうしようもないのか………………」
「――ツギノコーナーデ、モウイチド、オモイキリツッコメ!!」
「えッ!? いや、でも……装甲の外れた今のお前じゃ………………」
「カマワナイ……キニスルナ………………」
「し、しかし………………」
「サイゴニ……キミニデアエテ……ボクハ、シアワセダッタ……ボクノセイシュンハ……ココデオシマイ……ソレデイイ……」
「いいわけねぇだろ!! お前、こんなところで終わっていいのかよ!?」
「ココデ、アイツラニマケタラ……、キミタチニ、ミライハナイ……ユメヲカナエテクレタ、キミニ……ボクガデキル……サイゴノコト……モウコレシカナイ……」
「でも、そんなことしたら……おまえは………………」
「イマ、ダイジナノハ……キミタチノミライ……ボクハ、ココデオワッテモ、クイハナイ……イママデ、アリガトウ……サァ、ゼンリョクデハシレ……ミライノタメニ…………」
「………………………………う……う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
俺は、最後のチカラを振り絞り突進した。言葉にならない魂の叫びと共に突進した。ひたすら真っ直ぐ突進した――。そんな俺を見て、輪はすべてを悟ったくれたのだろう……彼女は只、黙ってショック態勢をとって衝撃に備えていた。
「はッ! バカが!! そんな状態で何が出来る!! 自滅とはお前等らしい最後で笑えるぜ!! そんな事でこのオレ様は止められねぇぞ!!」
確かに奴のいう通り、決死の覚悟で突っ込んでも止められるかどうかはわからない。しかし、最後のストレートで抜き去る事も適わない現状では、この最終コーナーに賭けるしかなかった。
あたり負けしてこちらのマシンが粉砕されれば俺たちの敗北……しかし、もしこのコーナーで奴に競り勝てれば勝機はある。ほんのわずかな可能性だが俺たちは、すべてをその僅かな可能性に賭けた――――――。
「なッ!? 鈴音ッ!? テメェ、何しやがる!?」
無謀な賭けに出た俺たちだったが、最後の最後で予想外の展開が待ち受けていた。
一体なにを考えたのか、礼宮院会長がウェイトシフトによって、自らのマシンの勢いを殺し、無防備な態勢で俺たちを待っていたのだ。スピードに乗って真っすぐに突進してくる俺たちの勢いを、マシンの側面からモロに受けた二人はコースの外に投げ出される――――。
「轟くん、六車さん……後は、あなた方に託します……いきなさい…………早くいきなさい!!」
「礼宮院会長……あなたも本当は、この腐った輪界を変えたいと思っていたんですね……」
たとえ礼宮院の一族であっても、上層部の命令には逆らえず、否応なしに傲慢に振る舞い、悪事に手を染めていた彼女の苦しみはどれほどのものだっただろう……この時、礼宮院会長の胸の痛みが理解できた気がした――。
自らの力だけでは輪界を改革する事もできず、一族の暴走をいさめる事もできず、悩みに悩んで導き出した結論がこの結果なのだろう。黙って礼宮院一族のいうことを聞いていれば生涯安泰だっただろうに……言い逃れようもない、背信的ともいえる礼宮院会長のこの行為によって、彼女の安寧は完全に失われるだろう。しかし、それほどまでの覚悟をして、彼女は俺たちに道を譲ってくれたのだ……希望へとつながる道を――――――。
「――つ、ついにやりました! 京一郎さん、あとはストレートを抜けるだけです!!」
「絶対に……絶対にたどり着くんだ……絶対に……」
「京一郎さん? ――!? 京一郎さん!? 京一郎さんッ!? 大丈夫ですかッ!?」
「勢いをモロに身体で受けちまった……肋骨をやられているかも知れん……でも、あとは……ストレートを…………抜ける……だけだ…………?」
「京一郎さん、気を確かにッ!! ……もう少し、もう少しです……がんばって……がんばってください…………」
かすかに輪の声と鼻をすする音が聞こえる……どこか、遠い、遠い所から声が聞こえてくる。あともう少し……最後のストレートを抜ければゴールだ……かすかに聞こえる輪の声を頼りに、俺は朦朧とする意識の中でひたすらゴールに向かって走っていた。
――そして、俺の記憶はかすんで消えていく景色と共に、いつの間にか途中で途絶えてしまっていた――――――。




