03 生徒会役員室にて
「変わろうか? 力仕事は男の俺がやるべきだし………………」
「生徒会役員室まではすぐですから、お気になさらずに……」
「……なんかごめんね、役に立たなくて」
「いえ、そんな事は………………」
またも彼女はうつむき加減で黙ってしまい、なんとなく重苦しい空気の中、ふたりは黙って生徒会役員室までゆっくりと向かっていった。
そして、無駄に豪華な生徒会役員室の扉をコンッコンッ、と軽く二回ノックし、室内からの返事を待って、俺たちは生徒会役員室に入室する――――――。
「――失礼しま~す、荷物を運んでまいりましたが、何処に置いておけばいいですか?」
「あら、ご苦労様ですわね……どこか邪魔にならない所にでも適当に積んでおいてくださいな」
「了解しました……じゃあ、適当に……っと………………」
俺なりに気を利かせて台車を部屋の隅にまで押し運び、そして、そのまま邪魔にならないように生徒会役員室の角のスペースに俺は台車から荷物をおろす。汚名返上という訳ではないが、つい先程まであまり役にたてなかった事もあり、こういう力仕事は率先して頑張ろうと、自発的に取り組んでいる最中だった――、口数の少ない印象だった六車さんが、何かしらの動作と同時に鈴の音が聞こえる事でも有名で、やけにキャラの立っている生徒会長さんに割とキツイ口調で話しかける。
「あの、礼宮院会長……少しお話が………………」
「……何かしら、六車さん?」
「例の件なんですけど………………………………」
「……あぁ、あのお話ですの? その件に関しましては、もう話が済んでいるハズですが?」
「――!? 済んでいるハズって……そんな、あたしは何も聞いていませんッ!?」
「何も聞いていませんと言われましても……生徒会としては、ちゃんと公式に各団体に連絡を致しましたので………………」
「各団体にって……そんな……あたしの所には、なにも………………」
「団体のメンバーさん達とのコミュニケーションがとれていなかったのかしら? まぁ、六車さんの所は実質的に幽霊部員しかいませんですものね、無理もありませんですわ」
「帰ってから部長に聞いてみます………………」
「そうですわね、今さらどうにもなりませんが……まぁ、確認だけはしておいてくださいませ」
俺が部屋の隅っこに荷物をおろしている間、六車さんの勢いと声の大きさの所為か、ふたりのやり取りが嫌でも耳に入る。なにを言っているのか内容はまったく想像もつかないが、六車さんのあの様子だと何かトラブルっぽい感じがしなくもなかった――。
「あの~生徒会長さん、荷物を角に片付けておきましたけど……他に何かありますか?」
「あら、どうもありがとう。大荷物で大変でしたでしょうに……後は特に何もないですわよ、ご苦労様でした」
「了解です……では、これで失礼いたします」
そういって俺たちは生徒会役員室を後にする。荷物の載っていない台車をカラカラと押しながら、六車さんはまたも伏し目がちで黙ったままだった――。
「――あ、あのさ……余計なお世話かもしれないけど、生徒会長と何かあったの?」
「………………いえ、別に……何も……」
「そ、そう……なんか、変なこと聞いちゃってゴメンね」
「いえ………………………………………………」
長く、重苦しい沈黙がつづく……生徒会役員室でのやり取りが原因なのだろうが、六車さんとは初対面だし、事情も詳しくは知らないしで要領を得ない。人生経験が豊富でトークスキルの高い人間なら、こんな状況でも冷静に難なく取り繕ってしまうのだろう……が、残念ながら今の俺にはその経験もスキルもない。
結局、俺たちふたりは只々、黙ったままで歩き続け、エレベーターに乗り、資料編纂室へと戻っていくだけだった――――――。
「――じゃあ俺、教室あっちだから………………」
「あ、はい……手伝ってくださってありがとうございました」
「いや、別に……大した事は何も………………また何かあったらよろしく、それじゃ……」
気まずい空気に耐えきれず、俺はそそくさと逃げるように彼女から離れていく。置いてあるカバンを取りに教室へと戻り、そしてまた、なんとなく茫然と時間を潰していた。いつも通りに退屈で何もない日常、今日という日もいつもと何も変わらない……、風変わりな女の子との出会い以外は――――――。
「あれ? 轟くん? なんで教室にいるのよ? 荷物運び手伝ってって言ったじゃない!?」
「うん……ですから、委員長の御言いつけ通りに手伝ってまいりましたが?」
「――は? なにいってるのよ!? そんなに早く終わる訳ないじゃない!?」
「いや……でも、一応は生徒会役員室に荷物を置いて来たんだけど………………」
「はぃ!? 何をいってるのよ! 一回運んだだけで終わる訳ないじゃない!! 資料編纂室の荷物を見てないの!?」
「あ~、ゴメン……見てないや………………」
「しっかりしてよね! そんな程度の仕事なら人に頼まないで自分で終わらせているわよ……どうしても人手が欲しかったから頼んだのに………………」
「……そういえば、まだまだ資料編纂室に荷物があるとか言っていたような………………」
「ちょっと轟くん、いくらなんでもあんまりでしょう!? あれだけの大荷物、六車さんひとりじゃ無理だから、今すぐ資料編纂室に戻って手伝ってきなさいッ!!」
委員長の怒号が俺たち以外に誰もいない教室に響き渡る。確かに怒鳴られても仕方がない、今回ばかりは完全に俺が悪いような気がする……彼女の真剣な眼差しを見て、少しいたたまれない気持ちになってしまった俺は、ガラにもなく若干胸を熱くして、黙って真っすぐ、六車さんの元へと走り出す――。
まずは彼女に謝らなければいけない、そして、その後は淡々と最後まで六車さんに付き合おう……仕事がすべて終わるまで、責任もって最後まで付き合うと心に決めて俺は資料編纂室へと向かっていった――――――。
「――六車さんいる? 入るよ?」
資料編纂室のドアを軽くノックしてみたが返事がない為、俺は勝手にドアを開け、室内に入る事にする……ドアを開けると、そこには俺が予想もし得ない作業を集中して、黙々と行っている六車さんの姿がみてとれた――。