28 勝機
「――――まずいぞ、輪……どんどん距離を離されていく……」
「もはやスタミナの配分も何もあったものじゃないですね……」
「どうする? このままじゃ逃げ切られるぞ!?」
「まだです……まだ、耐える時間帯です……次のアップダウンで取り返しましょう」
「次のアップダウンっていわれても……前輪のダメージは大丈夫なのか?」
「そこは、あたしの腕の見せ所ですね。どんな衝撃でも、きちんとローダーのあたしが完全に吸収してみせます」
「完全に吸収って……そんなことが出来るのか?」
「やれなければ、あたしたちは終わりです………………」
一言だけそう言い残し、輪は一点を見つめて黙り込んでしまった――。言葉を交わさずとも、輪の凄まじい執念と集中力が感じられる……その事からも次のエリアがどれほど重要なエリアなのかが伝わってきた。この登り坂を上れば、もうまもなくアップダウンのエリアに入る……俺も輪も、互いにミスの許されないターニングポイントだった――――――。
「輪、おまえを信じるぞ……下りは容赦なく一気にスピードを上げていくからな」
「望むところです……なにも気にせず、全力でどうぞ!」
「そこまで言うなら、マジで遠慮はしねえ……いくぞッ!!」
俺は、下り坂に差し掛かった瞬間、一気に全身の力をマシンに伝える。車両のダメージも気にせず俺は、只々ひたすら加速する――。
輪を信じているからこそ、俺は危険な橋をあえて渡るような行動をとる事が出来た。そして輪は、期待以上の働きで俺のアシストをやってのける。輪の身体はまさに全身が衝撃を吸収するショックアブソーバーそのものだった。どんなにスピードが乗っても、ほとんど路面の凹凸を感じさせない程に衝撃を吸収していた。
全身をしなやかなバネのように使い、俺の加速を確実に後押ししてくれる――。やはり彼女は本物だ、ひとつ小高いアップダウンをクリアするたびに、相手チームとの距離は確実に縮まっていった――。
「いいぞ、輪!! この調子だ!! もうすぐ追いつく!!」
「うまくいけば、コーナーで捲れます!! 落ち着いて行動してください!!」
輪のスーパーアシストによって、俺たちはどうにか礼宮院チームに追いつく。やはりスピードでは俺たちの方が上だ――。このままコーナリングで機先を制すれば、抜き去る事も可能だ……しかし、実戦経験の少ない俺は、まだまだレースの本当の怖さを知らなかった。
「よし、一気に突っ込む! このコーナーでインから攻めれば、抜けるハズだ!!」
「ちょッ!? 待って下さい!? インからは……」
輪が全てを言い終える前に、俺は無心でコーナーを攻めていた。しかし、右曲りのコーナーをインから攻めるという事は左舷がガラ空きになるという事でもある。調子に乗って冷静さを欠いた俺は、ノーガードでミラージュ・ウィザード・カスタムの最大の弱点をさらしてしまう。
「――はッ!? アホかおまえら!! 自殺行為もいいとこだぜ!!」
「しまっ……!?」
時すでに遅し……気が付いたときにはすでに回避できない状況だった。無防備にさらされたミラージュ・ウィザード・カスタムの懐にアウト側から礼宮院輌は強固なフロントパネルを猛烈な勢いで打ち付ける。元々ダメージを負っていたマシンがこれほどの衝撃に耐えられるハズもなく、ゆるんでいた左舷の装甲は完全に剥がされ、前輪のダメージもより一層、深刻なものとなっていく――。
「京一郎さん!! 下がってッ!! これ以上ダメージは負えません!!」
「くそっ! くそッ!! クソッッッッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「次に左舷を突かれたら完全に終わりです! もう無理にインからは攻めないでください!!」
「でも、それだとライン取りが……」
「そんな事いってる場合じゃありません! もう右舷の装甲を生かす戦法しかないんです!!」
「チクショーーーーーー!! 俺の所為で……俺の所為で……」
「泣き言は後にしてください! 今後、ラインはあたしが指示します。とにかく今は熱くならずに落ち着いてください!!」
確かに輪のいう通りだ。俺が熱くならずにいれば、こんな失態を演じる事もなかっただろう。具体的な打開策が思い浮かばない以上、今は輪の指示に従うしかなかった。
「――ん!? なんだ? また違和感が……輪、スピードが乗らないぞ! どういう事だ!?」
「前輪のダメージとウェイトバランスが崩れた所為です……」
「そんなにダメージを負っているのか!?」
「前輪のダメージは甚大です。特に左の前輪は直接、さっきの衝突で当てられていますから」
「マジかよ……前輪一個やられただけでこんなにも………………」
「とにかく今後、ウェイトはなるべく左舷の負担を減らす為に右と後方に寄せますから……、そのつもりで操台してください」
「了解した……なるべく負担を減らすには致し方ない………………」
――苦渋の選択だった。ストレートを最も得意とする俺たちが、ウェイトのバランスをあえて崩すという事は、自分たちの武器を封印された事に他ならない。俺たちのほんの僅かな勝利の可能性は時間の経過に比例して徐々に、そして確実に削られていった――――――。
「くそッ! また、耐える時間帯かよ」
「追いついては離され、また追いついては離されて……ですね」
「すまねぇな、俺のミスで……こんな…………」
「別に責めている訳じゃありませんよ、むしろ追いついて互角に渡り合った事を褒めてあげたいくらいです」
「すまねぇな……もう少し我慢してくれ、輪……今度こそは必ず、追いついたらそのままブッちぎってやるからな」
「もちろんです! 期待していますよ、京一郎さん!!」
絶望的な状況に追いつめられながらも、彼女はハキハキと明るく元気な声で俺に答えてくれる。その活気を含んだ声にどれほど救われただろうか。彼女のその声のおかげで、俺は希望を捨てずに戦う事が出来る……例えそれが、スピードを乗せられない程に致命的なダメージを負ったマシンで戦うことを余儀なくされてもだ――。
「――輪ッ! また間隔を離されていっているぞ!? どうする!?」
「……仕方がありませんね、これ以上のリスクは負えない所ですが……やるしか……」
「何かあるのか!?」
「危険ですが、縁石に乗り上げて強引にショートカットします」
「――!? はぃ!?」
「幸い、右舷はダメージを受けていません。片輪走法で行けば何とか…………」
「しかし、それだとバランスを崩したらアウトだぞ!?」
「もしバランスを崩して転倒したら……その時は………………」
「その時は?」
「……素直に諦めましょうか」
「ふざけんな!! この試合は、ぜってぇに負けられないんだぞ!!」
「なら、絶対に失敗しないでくださいね……絶対にです…………」
「……ッわかったよ、やってやるよ! お前も絶対に振り落とされるなよ!!」
スピードの乗らないこの状況下では、細かいコーナーで距離を稼ぐしかない。ダメージを負っていない右側にウェイト寄せていけば、それなりにスムーズにコーナーを曲がれるはずだ。しかし、それだけではまだまだ勝機は見いだせない。ほんの少しでも距離を縮める為に俺と輪は、またも危険な賭けに出る――。




