27 初陣
「なッ!? あいつ、立ち上がった……事故に巻き込まれた後続の連中がまだ立てない状態だというのに………………」
「これが、脅迫型DLSの恐ろしいところです……手足がもがれようとも、内臓が潰されようともレースを続けさせるのが礼宮院グループのやり方です………………」
「信じられねぇ…………あいつ、痛みを感じないのか……? あの状態で何故あれだけ元気に走り回れるんだよ………………」
まるで事故などなかったかのように、礼宮院チームはトップを目指して走り出す。
怪我をしているにもかかわらず、奴等のスピードはぐんぐんと加速していき、いつの間にか久藤さんと天ヶ崎さんのマシンを抜き去る勢いで迫っていた。そして俺たちとのバトンタッチ間近の最後のストレートで久藤さんはついに追いつかれ、サイド・バイ・サイドの状態のまま、中間地点である選手交代ポイントへと両者は流れ込んできた――。
「すまない、轟くん! 奴等に追いつかれてしまった!!」
「お気になさらず、後は休んでいてください!! ――輪ッ!! 奴等をまた引き離すぞ!!」
「もちろんです!! スピード重視のフォームで行きますよッ!!」
「了解した! コーナリング以外は、なるべく後部に重心を置いてくれ! ――いくぞッ!!」
あれほどあった差も、今は完全にゼロになってしまった。いや、むしろバトンタッチの際に手間取った俺たちは出遅れてしまい、すでに奴等に先んじられ、後塵を拝する事態となってしまっていた。
「――くそッ、スタートでしくじった……輪、抜き去るベストなポイントは?」
「セオリー通りにいくなら、コーナーでインから刺すのがベストですが、今のあたしたちでは技術的に厳しいです」
「やはりストレートで抜くしかないか……」
「いえ、試せることは試してみるべきです!」
「わかったよ……コーナーでギリギリまで踏み込んで仕掛けてみる」
「接近し過ぎないように気を付けてくださいね! あのチームは平気でマシンごとあたしたちを潰しに来ますから!!」
「望むところさ、今のミラージュ・ウィザード・カスタムなら渡り合えるはずだ」
ペース配分も無視し、短いストレートでどうにか追いつき、いよいよ奴等の背中に手が届くところまで来た俺たちは、直近のコーナーで強引にインから仕掛ける。しかし、それを待ち望んでいたように礼宮院チームは強引にアウトから車体をぶつけ、俺たちのマシンにダメージ与える。よくよく考えてみれば、不自然にあけられていたインコースは俺たちを誘導するための罠に他ならなかった事にこの時気付く――。
「おうおう、メッキだらけで随分とボロイ車体だな! いつまで耐えられるか楽しみだぜ!!」
「ちくしょうッ! いったん下がるしかないか……」
「サガルナ……マエニデロ……!!」
「――え!? 輪、おまえ何かいったか!?」
「はぃ? 何も言ってませんよ!? こんな時になにを言っているんですか!? もっと集中してください!!」
確かに聞こえた……以前にも聞いたことがあるアノ声だ……これが、俺の感受性が成せる業なのかどうか確信は持てなかったが、今はこの奇妙な声に賭けてみたくなった。防戦一方だった肉弾戦だが、あえて俺は真っ向勝負でぶつかってみる。そして、強気に攻める事で、マシンの意外な耐久の高さを知る。
「なッ!? オレらのマシンがこんなオンボロにあたり負けするはずがねぇ……これは何かの間違いだ……鈴音! しっかりウェイトシフトしろやッ!! ローダーのテメェの責任だぞ!! 後でどうなるか、わかってんだろうな!!」
「みっともない男だ……他人に責任を押し付けて満足か?」
「うるせぇ!! 調子にのってんじゃねぇぞ!!」
素人の俺なりに、確かな手ごたえをこの接近戦で掴むことが出来た。技術的にもマシンのスペック的にも劣ってはいるが、思っていたよりも装甲が厚かった事と輪のウェイトシフトのおかげでパワー負けはしていない。直線のスピードで勝る俺なら、極端に距離を離されなければ勝機はある。今はとにかく離されない事が重要だった。そして相手のペースとウェイトシフトに気を遣ってマシンを走らせていたからこそ、俺は敵マシンの異変に気付く――――――。
「輪、何か妙だ……どうして礼宮院会長のウェイトシフトはあんなに不安定なんだ?」
「そう言われると確かに……スピード重視なら後部にウェイトを寄せるか、中心で安定させるのがセオリーなんですが………………」
「礼宮院会長は、マジで俺たちを勝たせようとしているようだな」
「はぃ!? 何ですか、それ!?」
「設計図の事といい、スピードをわざと殺すようなウェイトシフトといい、あの人は本当に俺たちに勝たせようとしているんだ」
「なんで!? どうして!? ??????」
「詳しい理由は俺も知らんが、ここまできたらもう……信じるしかない!!」
慎重に様子をうかがいながら、俺たちは相手チームのマシンに車体をぶつける。そして、これを何度も何度も繰り返し、相手のスタミナを奪い、スピードを殺す。繰り返しこれをやられると冷静ではいられなくなる事は経験済みだ。確信的に反則スレスレのラフプレイをやられてイライラしない人間はいない。さらに、追う側よりも追われる側の方が精神的なプレッシャーも厳しい。いやらしく、つかず離れずで立ち回る俺たちに、礼宮院輌は明らかに冷静さを失いかけていた――。
「せこいマネしやがって!! ッうぜえな、テメェら!!」
「せこいマネだろうが何だろうが、これが俺たちの戦術だ! それとも何か? こんな程度の戦術もやぶれないのかよ、あんたは!!」
「上等だよ……おまえら、絶対に後悔させてやるからな……鈴音、DLSを作動させろ」
「――!? この段階では早すぎます!? し、しかも……あのシステムは、まだ……」
「うるせぇぞッ!! いいからさっさと発動させろッ!! てめぇはオレの言うこと聞いてればいいんだよ!! マニュアルで作動させれば、あとはオレ様が何とかする!!」
「………………わかりました」
妹の礼宮院会長の制止も聞かず、礼宮院輌は半ば強引にDLSを作動させる。一見するとなんの変化もみられないのだが、レースを進めていくうちに徐々に、徐々にその驚異的なポテンシャルの片鱗をみせ始める――。
「いっくぜ、オラァァァァァァッ!!」
「ッ――!? ちっ、こいつ……まだ、こんなにスタミナが!?」
「京一郎さん、危険です!! 全力でアタリに来ます!! 早く構えてください!!」
狂気をはらんだ表情で礼宮院輌は自らのマシン、トキシック・パープルのフロント部分を俺たちにぶつけてくる――。
「――ッッッ!! なんだよ、こいつ!? 何処にこんなチカラが!? 輪ッ!! 大丈夫か!?」
「あたしは平気です!! それよりも、いったん下がって!! 無理をせず相手の背後についてください!!」
「っくそ!! 了解した!!」
この勢いで敵のアタックを受け続けたら、いくらなんでも車両が持ちそうにない。俺は輪の指示通り、一旦、スピードを落として後退する――。
「ん? なんだ――? 輪、なんか感覚が妙だ……どうなっている!?」
「今の激しい衝撃でレフトパネルがゆるんでいます、それと左側のフロントホイールもゆるんだみたいです!」
「なんだって!? たった一回のカウンターでそんなにダメージがあるのかよ!?」
「対応が遅れたこっちのミスです…………」
「ちくしょう……自分の未熟さがマジで恨めしいぜ」
「悔いていても仕方がありません……とりあえず、左側面は死にました……極力、死角を突かれないように気を付けてください」
「わかった……左舷に回り込まれないように気をつける」
車両のダメージを計算して、俺たちは無理に勝負にでない作戦に切り替える。何故ならそれは、ストレートにさえ入れば、まだまだ挽回できると考えていたからだ。しかし、俺たちの考えは相当、甘かったのかも知れない。




