24 それぞれの覚悟
「――ただいま!! ケーキ買って来たよ!! って、あれ!? ママ!? 地下の作業場にいたんじゃなかったの?」
「ほんのついさっきまではいたわよ」
「パパから鍵を預かっているんだけど…………」
「あらあら、パパったらまた鍵を持って上ってきちゃったの? 仕方がないわね、ちゃんと後で元に戻しておくわ」
「うん、そうして……はい、鍵」
「はい、確かに……それにしても、随分と早かったのね」
「うん、大急ぎで行ってきたから」
「一刻も早く彼に会いたかったからかしら?」
「なッ! ちょ!? ち、ちがうわよ!! な、何いってるのよ!?」
「あらあら、照れちゃって……まぁ無理もないわよね、とっても素敵な男の子ですものね」
「だから、そんなんじゃないってば!! まったくもぅ……ごめんね、京一郎さん」
「あ、いや……俺は、全然………………」
「ケーキ買って来ましたから、お好きなのどうぞ。ママは紅茶か何かいれてきてよ」
「はいはい、人使いの荒い子ね……彼氏の前では、もう少しおしとやかに出来ないものかしら」
「だ、か、ら、そんなんじゃないんだってばッ!! 京一郎さん、本当にごめんなさい!!」
恥ずかしそうに頬を赤らめ、あたふたとしている輪はとにかく愛らしかった。そして、そう思っているのは俺だけではないようで、御両親の笑顔をみていると、彼女は本当に心の底から家族に愛されている事が伝わってくる――。
その想いが伝わってきた今だからこそ、俺にもわかる……なにがなんでも守らなければならないものがあるという事を――――――。
「――今日はご馳走様でした、長居してすみません」
「いやなに、轟くんさえよければ、いつでも遊びに来たまえ」
「ありがとうございます、それでは……」
「京一郎さん、駅まで送ります」
「いや、いいよ……もう遅いし、逆に輪の帰りが心配だよ」
「地元ですから大丈夫ですよ」
「いや、でも……」
「ねぇ輪ちゃん、悪いんだけど、帰りにコンビニで牛乳を買ってきてくれないかしら? 今、ちょうど切らしちゃってるのよね」
「え? 牛乳ならまだ何パックかあったような……」
「たった今、ちょうど切らしちゃったのよ……たった今、ちょうど……ね?」
「あ! 了解、ママ」
「という訳で轟さん、駅前のコンビニまで輪について行ってあげてくださらない?」
「ん~、まぁ、そういう事でしたら……」
「よろしくね、轟さん。気を付けて帰るのよ」
「はい、今日はありがとうございました」
にこやかに手を振る輪の御両親を背に、俺たちは若干の気恥ずかしさと気まずさの中、駅に向かって歩きだした。俺も輪も、お互いにお母さんの掌の上で踊らされている事に気が付いてはいたが、不思議な事に不快感は一切なく、むしろその機転に感謝の念さえ覚えていた。
「――いい家族だな」
「はい、自慢の家族です」
「今日、俺を家に招待してくれた真意はわからないけど、でも、もしおまえが計算で俺を家に呼んだのだとしたら、見事としか言いようがないよ」
「は? 何のことです?」
「おまえの策略は大成功という事さ、親父さんも覚悟が決まったようだしな」
「策略? 一体何の話ですか?」
「なんの話って……まさか、俺と親父さんを会せたのって本当にただの我が儘だったとか?」
「ですから、何を言っているんですか? 変ですよ、京一郎さん」
「うわぁ……こいつマジだ……買いかぶり過ぎだったか?」
「だからなんの話ですか!? 意味が解らないですよ!」
「……そっか、それならそれで天命とでも受け止めておくか」
「ホントにもぅ、なんなんです!?」
「いや、何でもねぇよ……なぁ輪、これからは何でも一人で背負い込む必要はないからな」
「――え? また急におかしなことを……?」
「親父さんも今はもう、きっと輪の幸せだけを考えてくれているし、俺だってお前をみすみす不幸にしようとは思わない……だから背負いきれない荷物は俺に預けろ、一緒に運んでやるよ」
「ありがとうございます……じゃあ、これからは京一郎さんがあたしにとっての台車ですね」
「いや、まぁ……確かに荷物を預かる存在だけれども……その例えはどうかと………………」
「だって台車は世界の中心、世界のすべてなんですよ? 素敵じゃないですか!!」
「そ、そうかな……? じゃあ、まぁ、それでいいや…………とにかく、これからはお互いに力を合わせてがんばろうな」
「はい!!」
こうして俺たちは、人気のない夜道で再び互いの絆を確かめ合い、結束を強めていった。
もはや迷いなど微塵もない……俺も輪も、輪の家族も、そして当然、久藤さんも天ヶ崎さんも迷いなどあるはずもないだろう。迷いを断ち切った人間は想像を絶する能力を発揮する……事実、今日を境に輪の親父さんはまるで別人のように協力的になってくれたようで、そのおかげで奇跡的に俺たちのミラージュ・ウィザード・カスタムは以前よりも遥かに高いポテンシャルを秘めた状態にまで仕上がった。本戦を目の前にしてのこの事象は、いやがおうにも俺たちのモチベーションを高め、希望という名のひとすじの光は、迷いを捨て、覚悟を決めた人間たちをさらなる高みへと導いていった。やれることはすべてやったハズだ……大会を直前に控え、マシンもチームも最高の状態に仕上がった俺たちに恐れるモノなど何もなかった……後は全力で実戦に臨むだけだ――――――。




