23 家族の想い
「――さてと、娘も席を外した事だし……轟くん、少しいいかな?」
「は、はい……な、なんでしょうか………………?」
「娘の話から察するに、君はもしかしたらナーブレセプトラッカーかも知れないそうだね」
「……すみません、自分でもよくわからないんです」
「君は古ぼけた台車の声が聞こえたそうじゃないか」
「……聞こえたような気がしただけです」
「そうか……いや、それだけで充分だ………………その感受性、大切にしなさい……少なくとも私のようにはならないで欲しい」
「え? それってどういう………………?」
「私も若い頃はね、君のように特別に優れた感受性を持っていたんだ……しかし、輪界でそこそこ成功して、欲に目がくらんでからは何も聞こえなくなってしまった…………」
「え!? そんなことがあるんですか!?」
「あったのだよ……そして、どんなに努力をしても、もう二度とその能力が戻る事はなかった」
「そうなんですか……でも、もしかしたらまた………………」
「いや、もう決して私はあの頃の自分に戻れる事はないだろう……だからこそ今日、君に会えるのを楽しみにしていたよ…………実は、君には話しておきたい事があってね」
「――話しておきたい事?」
「もし、我々が礼宮院グループの支配下に置かれる事になれば、娘は礼宮院一族の誰かと結婚させられる事になるかもしれない……」
「――ッ!? なッ!? そ、それは、どういう事ですか!?」
「礼宮院の一族がうちの娘をいたく気に入ってくれたようでね…………もし、娘を嫁によこせば六車製作所は下請けとして仕事を残してくれるそうだ」
「そ、そんな事って……彼女はまだ十六歳ですよ!? しかもそんなのって……そんなのって、脅迫同然じゃないですか!? この時代にそんな事が許されるわけがないでしょう!?」
「いいや……輪界でトップに立つ者ならば、許されるのだよ………………」
「台車を制する者がすべてを制する………………」
「その通りだ………………」
「その事について、娘さんはなんと?」
「娘にはまだ話をしてはいないが、あれでなかなか勘の鋭い娘だ……うすうす感づいてはいるようだ……もしかしたら直接、礼宮院の者から連絡があったのかも知れない」
「……!? そうか!? 最後のワガママって……そういう意味だったのか………………」
「君、何かこころあたりでも!?」
「最後の我が儘になるかもしれないから、最後の最後に六車製作所を見届けて欲しいって……彼女が………………」
「そうか……そんな事を……残念だが、娘はもう覚悟を決めてしまったようだな………………」
「決めてしまったようだなって……あんた父親でしょう!? それでいいんですか!?」
「いいわけないだろッ!! 娘の幸せを誰よりも願っているのはこの私だッ!! しかし、礼宮院グループには誰も逆らえないんだッ!!」
「あんたの娘の幸せを願う気持ちは程度かよッ! 会社がつぶれたっていいじゃないか!? 仕事がなくなったっていいじゃないか!? 娘さんの為に、礼宮院グループに一矢報いようとは思わないのかッ!?」
「知った風な口をきくなッ!! 子供の君に何がわかるッ!! 私が背負っているのは会社だけじゃない、従業員の将来や、その家族たちの生活も背負っているんだッ!! そう簡単に大博打は打てないんだッ!!」
「だからって……だからって、娘さんをむざむざ不幸にしてもいい事にはならないでしょう!?」
まさに正論、非の打ちどころのない正論だ。俺は何も間違ったことは言っていない、だからこそ逆に俺は輪の父親を追い詰めてしまったのかもしれない。二の句が告げなくなってしまった親父さんはうつむき加減に一点を見つめ、そのまま黙り込んでしまった。重苦しい空気の中、長い長い沈黙がつづく……しかし、その沈黙は澄み切った清流のように雑味のない声によって打ち破られた――。
「――――――あらあら、熱い討論ですこと……男同士ってうらやましいわね」
「お、おまえ……いつのまに………………」
「轟京一郎さん、娘がいつもお世話になっております」
「え、あ……はい……?」
「申し遅れました。はじめまして、輪の母です」
「――!? へ!? お、お母さん……ですか……? お姉さんとかじゃなくて!?」
「はい、正真正銘の生みの親です」
「いやいやいや……生みの親って……いくらなんでも若すぎるでしょ!?」
「あら、うれしい……まぁ歳の差カップルでしたし、随分と若い頃に輪を生んだのは確かよね」
「お父さん……犯罪でしょ………………」
「いやいや、犯罪スレスレかもしれんが、法を犯してはいないぞ」
「………………うわぁ、なんか納得いかねぇ」
「若い頃は、これでも素敵な男性だったのよ」
「そ、そうなんですか……」
「えぇ、今とは大違い……今のパパは腰抜けのチキン野郎よ」
「え? ちょ……お、お母さん……?」
「だってそうでしょう? 娘の為にリスクを背負えない男なんてクズ野郎だと思わない?」
「……いや、その……言い過ぎでは………………?」
「そんなことないわよ、まさかこの程度の男だったなんて幻滅……たとえ会社が潰されても、あたしはパートでも何でもして、いつか必ず立ち上がる覚悟でしたのに……それなのに、この男ときたら、礼宮院グループには誰も逆らえないだなんて……本当にケツの穴の小さい男よね」
「………………あ、あの……」
「ほら、見て轟さん、覚悟のできない男の顔を…………あたしも娘も轟さんも、女子供が覚悟を決めているというのに……情けない顔でしょう? 笑っちゃうわよね?」
「ちょっと、お母さん! いくらなんでも言い過ぎですってば!!」
「……いや、決して言い過ぎではない……母さんの言う通りだ……何故、娘が今日、君を連れてきたのかがわかったような気がする」
「――え? それって、どういう………………?」
「君は、娘からのメッセージでもあったんだな……何もしないで屈するよりは、戦って死ねと言う事か………………」
「あの娘が認めた男の子ですもの……賭けてみましょうよ……ね? パパ………………」
「娘がそれを願うなら、わたしは父親として出来る事をするだけだ……君の瞳は、若いころの私に似ているような気がする………………轟くん、君に未来を託そう」
「しかし、俺には……何も………………」
「自信を持ちなさい……君は能力者、ナーブレセプトラッカーだろう? だったら、君が輪界を征し、みんなを……輪を幸せに導いてくれ………………」
「おねがいね、轟さん。娘を……輪をあんな傲慢な一族の慰み者にしないでちょうだい……」
「わかりました、出来るかどうかわかりませんが……いや、そんな事も言ってられないですね……もう僕らには選べる道などない………………必ずやってみせます……この命に代えても、彼女を守ってみせます!!」
礼宮院グループの横暴さは、過去に何度も耳にしてはいたが、まさか年端もいかない少女を嫁に差し出せとまで、恥ずかしげもなく言ってのけるその傲慢さは、吐き気をもよおすほどのおぞましさだ――――。
金持ちがそんなに偉いのだろうか……権力者だからって人の気持ちを蹂躙しても許されるのだろうか……たとえ世界がそれを許しても、俺は絶対にそんな事は許せなかった。他の誰でもない……輪がそんな連中の慰み者になるなんて、許せるハズがない――――――。




