20 練習試合Ⅱ
「よし! ――行くぞッ!!」
気合いを入れて強引に俺は台車を押す。しかし、気合いを入れ過ぎた為に初動の時にかかる力の加減を忘れ、俺はいきなりエッグボールをひとつ、設置してあるボールボックスからこぼしてしまう。
「――ッ!? やべッ!?」
「轟さん!? 何をやっているんですッ!? スタートダッシュには気を付けてくださいねって言ったじゃないですか!?」
「ご、ごめん……これからはマジで気を付ける!」
「タイミングを合わせられなければ、いくらあたしでも振動を抑えるローダーの役割を果たせません! コンビネーションをちゃんと考えてください!!」
俺の身勝手な行動でタイミングが合わせられず、気分を悪くしたのだろう。いきなりの減点スタートで語気を荒くした六車さんから、責苦の声が俺の耳に届く。そして同時に膝のバネを使って、上下の振動にうまく合わせて衝撃を吸収し、コンディションの悪い路面に対応して、俺を最初のコーナーへと誘導してくれる。やはり彼女は優秀なローダーだ――。
「そのまま真っすぐ加速してください!」
「えッ!? コーナーだぞ!? 加速して大丈夫か!?」
「あれくらいの緩いコーナーなら減速せずに曲がれます! ウェイトはこっちでコントロールしますから、バランスはそっちでとって上手く曲がってください!」
彼女に言われるがまま、俺は減速せずにコーナーに突っ込む。すると六車さんのウェイトが徐々に傾きだし、右側面にバランスが偏っている事が感じ取れた。このままの勢いでいくと、片輪が浮いてしまいそうな勢いだが、俺は彼女を信じて減速せずにマシンの態勢を維持する。
――そのままの態勢で加速を続けると不思議な事に左右の方向転換を意識せずとも、自然とコーナーをクリアする事が出来た……感覚的には直進しているのとほとんど変わらない感覚でコーナーをクリアしてしまい、あらためてローダーとしての彼女の役割に驚嘆した――。
「全然、力を入れていないのに自然に曲がれた……すごい……本当に六車さんはすごいよ!」
「これくらいのことは当たり前です! いちいち驚いていないで操台に集中してください! この短い直線の後は急カーブの続くシケインですから気を付けてくださいね!!」
「前にやったS字カーブみたいな奴か!?」
「そうです! 呼吸とタイミングを合わせて、リズミカルにやる奴です!!」
「わかった、ベクトルの力仕事は俺がやるからウェイトシフトと誘導を頼む!」
シケインと呼ばれる連続のS字カーブに突入する直前に俺は、全身の筋力をフルに使い強引に減速する――、そしてスピードを殺した直後に再び全身の筋力を酷使して一気に急加速を試みる。一旦、止まった状態からの急発進は身体に凄まじく負荷がかかり、膨大なエネルギーを必要とする。訓練で何度もやってきた事ではあるが、さすがにこのプレーだけは慣れる事もなく、毎回必ず、身体中から悲鳴が聞こえるような気がしてならない――――――。
「――!? ちょ!? 轟さんッ!? 何やっているんですか!? 逆です!? 逆ですってばッ!?」
「えッ!? 逆――!? 逆から!?」
そうだった……訓練で何度も言われていた事だった。いわゆるライン取りというやつだ……なるべく直線に近いコースを選んで、無駄なエネルギーを消耗せずに最短距離を最速で抜けるのが鉄則だという事をすっかり忘れていた。基本的にはアウトからインに入って最短距離を抜けていくのだが、コースによってはインからはいったりも当然するし、抜ける時もインから抜けたりアウトサイドから抜けたりとライン取りは様々で、かなり意識していかないと、初めてのコースで最短距離を選んでいく事は初心者にとって非常に難しい――。
「多少のロスは仕方がありません、次からはちゃんとライン取りを意識してください――!!」
「了解! 本当にゴメン!!」
「いえ、誘導をミスしたあたしの所為です……どうか気にしないで操台に集中してください!!」
俺を気遣い、そう言葉を発する彼女の気持ちに応えたかった……遅れを取り戻すために俺は、強引に腕の力でマシンを捻じ曲げるように方向を徐々に変えていく――。しかし、歴戦の猛者を相手に後れを取り戻すことは容易ではなく、少しずつ、そして確実に相手との距離は広がっていった――――――。
「――本当に申し訳ない! 俺の所為で確実に差を広げられていく一方だ……どうする……、どうすれば………………?」
「とりあえず、ストレートはあたしたちの方が勝っています、直線は死ぬ気で、全力で押し走ってください!」
「わかった! でも、それだけじゃ勝ちきれない!? このままじゃまずいぞ!?」
「まだレースは終わっていません! 挽回できる箇所はまだまだあります! その都度、指示は出しますから、その時は全力で対応してください!!」
六車さんの声には確実に可能性という名の希望が含まれており、まだ逆転できるチャンスはあるのだという事を強く感じさせてくれる。その可能性を少しでも上げる為、俺はほんのわずかな距離でも、ストレートに走れる箇所はフルスロットルで駆け抜けた。テクニックが足りない部分は直線でカバーするしかないという正に素人丸出しの情けない戦術だが、今の俺に出来る事はそれしかなかった――――――。
「――さすが轟さんですね、アレだけ離されていたのに、だいぶ距離が縮まってきましたよ」
「も、もうすぐ追いつく……あと、一息だ………………」
「次のヘアピンで勝負を賭けましょう……これがうまくいけば、勝利は見えてきます!」
「わ……わかった。や、やってみる………………」
「……!? 大丈夫ですか? スタミナが持たないようでしたら、最後の下り坂で勝負する作戦もありますが……?」
「い、いや……大丈夫だ……ちゃんと踏ん張るから……指示を頼む………………」
「……わ、わかりました………………」
振り返ってそう答えた六車さんの表情は、やはりどことなく曇っており、不安を隠しきれない様相だった――。しかし、男がやるといった以上はやらなければならない。手を伸ばせば相手に届く程の距離まで詰め寄っていた俺たちは、強引にヘアピンカーブのインに割り込み、相手をアウト側へ押しやろうとマシンをギリギリまで接近させる。アウトから抜き去る事が不可能と判断した俺たちには、こうする以外に選択肢がなかった。そして、追い詰められた俺たちのとる行動なんて、百戦錬磨の猛者たちにとっては見え見えだったようで、赤子をあしらうように悠々と対処されてしまう――――――。
「――どっこらせいッ!! ……っと、そう来ると思っていたよ! まだまだ青いな、君たち!! っはっはっは!!」
「おい! そんなのアリかよ!? あいつらわざとアウトから俺たちを潰しに来たぞ!! ……ちくしょう、故意にマシンをぶつけてもいいのかよ!?」
「轟さん、落ち着いてください! あれくらいのラフプレイは当然ですっ!! お互いにエッグボールを積んでいるからこの程度で済んでいるんです!!」
「キタネェ……あいつら………………」
「あれでも相手は手加減をしてくれています!! あの程度はキタナイうちに入りません!! 無駄口をたたく暇があるならスタミナの回復に専心してください!!」
――スタミナ配分に気を遣うのは当たり前の事なのだが、あんなラフプレーをされてはそんな些細な事にこだわる気は早々に失せてしまう。
疲労感に比例して冷静さを欠き、熱くなり始めていた俺は、もはやスマートに勝とうなどという考えはなくなっていた。ストレートで追いついては、相手のラインに割って入り、反則すれすれの走行妨害も辞さない勢いでコーナーに突っ込み、再びラフプレーで応戦されては直線で追いつき、そしてさらに愚直にもコーナーに突っ込む行為を俺は繰り返した――――――。




