02 荷物運び
「………………そろそろ帰るか」
「――あれ? 轟君? まだ帰ってなかったの?」
「そういう委員長こそ、まだいたんだ……」
「私は委員の仕事があるから仕方がなく残っているの! 暇人のあなたと一緒にしないで!!」
「すみませんね……暇人で………………」
「ホントに暇なら少し手伝ってよ、ちょっと荷物が多くて……ね? おねがい!!」
「……はぁ、まぁ別にいいけど………………」
「ホント!? やったぁ、じゃあ荷物運びだけお願い!! 資料編纂室に大量に書類と段ボールがあるから、それを生徒会役員室まで運んでおいて欲しいの!!」
「おいおい、丸投げかよ?」
「資料編纂室に六車さんっていう女の子がいるから、詳しい事はその子に聞いてちょうだい。それじゃあ、お願いね!!」
そういうと委員長はパタパタと速足で別の現場へと向かっていった。暇人扱いされた挙げ句、なしくずし的に仕事を手伝わされるハメになってしまったが、実際に暇だったから文句の言いようもなく、いわれるがままに俺は資料編纂室に向かい、重い足取りで階段を降り、廊下の角を曲がった……そして次の瞬間、俺の右足に激痛が走る。これまたなんとも典型的なよくある事故で、角を曲がったその刹那、俺は荷物を載せた台車をガラガラと押しながら進む女子生徒のその台車にぶつかってしまい、どうやら右足を硬い荷物か台車のへりにでも強く打ちつけてしまったようだった――――――。
「――きゃッ!? ご、ごめんなさい……大丈夫ですか?」
「痛てて……こっちこそゴメン、よそ見しながらぼぉ~っと歩いてたから………………そっちこそ大丈夫?」
「あ、あたしは全然、平気です……荷物が崩れただけですから………………」
「そう? それならよかった。すぐに荷物を拾うね……しかし、いくらなんでも一台の台車に荷物を積み過ぎじゃない?」
「そんな事はないですよ、このタイプの台車にしては安定感も十分ですし、積載量も耐荷重量も問題ありませんから。前輪可動型なので素人でも扱いやすいですし、廊下の様な凹凸のないフラットな平地でしたらこのタイプの車両でもあたしなら全然イケます。オフロード専用ってわけではないですが、最もスタンダードなこのタイプの台車は集中力さえ持続できれば多少の荒れ地でも大丈夫ですし、今回の様なイレギュラーさえ起こらなければ安定した戦績を残せる代物です……只、難点を言えば………………」
「あ、あの……君、なに言ってるの?」
「えッ!? あ……す、すみません……そ、そうですよね……な、なにを言ってるんでしょうね……あたしったら………………」
「いや、別にいいんだけどさ……しかし、これだけの大荷物、一人じゃ大変だろ? なんだったら手伝うけど……どこに運べばいい?」
「いいえ、そんなご迷惑をおかけするわけには……」
「こっちは暇人だからさ、気にしないでいいよ……で? どこに運ぶの?」
「……生徒会役員室です」
「――ん? 生徒会役員室? ひょっとしてこの荷物って資料編纂室の荷物だったりする?」
「はい、その通りですが……」
「………………という事は、君は六車さんかな?」
「えッ!? どうしてあたしの名前を!?」
「実は、ちょっと荷物運びをクラス委員に頼まれていてね、資料編纂室に六車さんっていう女の子がいるから、詳しくはその子に聞いてくれって言われていてさ」
「あぁ、なるほど、それで合点がいきました。なにしろ荷物が膨大で……手伝っていただけると本当に助かります」
「乗りかかった船だから、きちんと最後まで手伝うよ……俺は二年の轟京一郎、よろしくね」
「あ、はい……あたしは一年の六車輪っていいます。よろしくお願いします」
「トドロキにムグルマ……あははは、奇遇だね、お互いに苗字が車つながりだ」
「轟さんは別に名前が普通だからまだいいじゃないですか!? あたしなんて名前まで車輪の『輪』で苗字も名前も車つながりなんですよ! 子供の頃によく六輪車って間違われて、周囲の皆や先生にまでからかわれていました………………」
「あ……いや、なんか笑ってゴメン……別にそういうつもりじゃなかったんだけど…………」
「そ、そうですよね……なんか、あたしの方こそ、すみません………………………………」
決して悪意があっていったわけではないのだが、どうも俺の不用意な一言が彼女の暗い過去に触れてしまったらしい。別に名前の事でからかわれるくらいのことは、大人になった今では大した問題ではないとは思うのだが、子供心には凄まじく大きな問題だったのかもしれない。この不用意な俺の発言をきっかけに彼女はうつむいて、そのまま黙り込んでしまった――。
「あ~……、いや、でも俺はとっても素敵な名前だと思うなぁ…………。別い細かい事は気にしなくていいと思うよ……ね?」
「あ、ありがとうございます……」
「まぁ、同じ車輪つながりと言う事で仲良くしようよ」
「あんまりよく意味が解からないですが……はい、よろしくお願いします」
「ん、よろしくね……と言う事で、早いとこ荷物を運んじゃおう!!」
「はい、まだまだ資料編纂室に荷物がありますが、二人でやればなんとか早く片付きそうです」
「そう? んじゃ、さっさと片付けて終わらせちゃおう」
そういって俺は、崩れた荷物の山を順番にひとつひとつ、重い物から台車に載せて再び山を築き上げる。二人掛かりなら片方が台車を押して、もう片方は荷物が崩れないように築いた山をおさえておけば盤石だ。
俺と六車さんは協力体制で膨大な量の荷物を生徒会役員室まで運ぶ為、適材適所の配置についた。もちろん力仕事は男の役目、必然的に俺は台車を押すポジションにつく――。
「じゃあ、悪いけど六車さんは荷物が崩れないように周囲をおさえておいてね」
「わかりました、なるべく平坦な道を通ってエレベーターまで行って下さい」
「了解しました、では出発進行っと……」
想像以上の手応えに一瞬怯んだが、これをさっきまで女の子がひとりで運んでいた事を考えると情けない言葉をもらす訳にはいかなかった。
俺はそのまま黙って台車を押して、エレベーター前まで何事もなかったかのようにシレッと振る舞い、エレベーターのドアが開くのを待っていた。
「エレベーター来ましたよ、扉をおさえて開けておきますので、その間に荷物をお願いします」
「あいよ、まかしとけ! ……ん? ……あれ?」
「……どうしたんですか?」
「いや……ちょっと待ってて、段差というか、溝というか……これが、なかなか……」
「……手の力だけで操作しようとするからですよ、基礎が全くできていませんね」
「――は? 基礎って……?」
「いいえ、なんでもないです……すみませんが、ドアをおさえておいてくれますか? 操作はあたしがやりますんで……」
「あぁ……うん、じゃあ……おねがい………………」
俺は台車から離れ、エレベーターのドアが閉じないように扉おさえながらなんとなく彼女を茫然と見つめていた。しかし、台車を手にした瞬間、六車さんは軽やかに台車をさばき、段差だろうが溝だろうが一切関係なく、まるで平地を行くようにスッとエレベーターの中へと台車を転がしていった――。
「……へぇ、上手いもんだね。台車の操作に何かコツとかあるの?」
「いえ……コツも何も、基本動作の範疇ですから………………」
「……? なんか、よく解からないけど……そうなんだ……すごいね………………」
「いえ……別に……あ、生徒会役員室は三階です……三階をお願いします」
「ん? あぁ、ゴメンゴメン……ぼぉ~っとしてた……はい、三階っと………………」
彼女に促され、ハッとした俺は思い出したように三階のボタンを押す――。
当然エレベーターの扉は閉じ、三階へと上昇を開始した。なんだかとても不思議な娘だなと、決して悪い第一印象ではなかったのだが、何かおかしな方向に思考が偏っているように思えてならなかった。
そんな事を考えているうちにエレベーターは三階へと到着し、六車さんは黙って台車を廊下に押しやり、そしてそのまま彼女ひとりで生徒会役員室まで台車を転がしていった――――。