19 練習試合Ⅰ
「――嫌味なくらいに猛暑だな……練習とはいえ、はじめての試合だっていうのに…………」
「轟くん、泣き言をいっている場合ではないぞ、実戦では状況など選べやしないのだからな」
「わかっています……どんな状況下でも自分の能力を出し切ります!」
「うむ、そうしてくれたまえ」
「ところで、今日の対戦相手ってどんな人たちなんですか?」
「もう間もなく到着するハズなのだがね……」
そういうと久藤さんはチラチラと高級そうな腕の時計と周囲を見回していた――。すると、目の前に大きなワゴン車が一台乗り付け、中からワラワラと屈強そうな男たちが溢れるように流れ出てくる。競技者の人数は四人で済むはずなのに……しかも、どうやってアレだけの人数を収容していたのだろうか…………対戦相手への興味よりもそちらが気になって仕方がない。
「――――――やぁ坊ちゃん、遅れてすまないね」
「いえ、お気になさらず……我々も先程きたばかりですから」
「そうかい? 相変わらず坊ちゃんは出来た奴だねぇ……まぁ、今日はよろしく頼むよ」
「いえ、そんな、こちらこそ……よろしくお願い致します」
あの久藤さんが平身低頭でやけに丁寧に対応している。見た感じでは明らかに相当な年上の方々なのは明々白々なのだが、しかし年齢の割には凄まじく頑健そうな体つきで、実年齢の見当がつかない……何から何まで謎の集団だ――。
「あの……久藤さん……? あの人たちって一体何者なんですか?」
「現役を退いてずいぶん経つが、今でも趣味で競技を続けている人たちさ……元々は久藤DAISYA製作工業の実業団チームの一員だった方々だよ」
「実業団チームの一員って……それって元プロ選手だったって事じゃないいですか!?」
「まぁ、そういう事になるな」
「そんな……いきなりハードル高すぎですよ………………」
「なにも絶対に勝てというわけではないさ、いくらなんでもあのレベルの連中相手に常勝は不可能だ。とはいえ、現役を退いて久しい方々……どうにか勝ってもらわないと困るというのが本音だがね」
「まぁ、全力でやりますけど、とても勝てる気がしません……急に自信がなくなってきました」
「それでもまた努力を重ね、チカラを付けて、自信を再び取り戻してくれればそれでいいのさ……その繰り返しが、人を強くする」
「轟さん、まだ負けると決まったわけではないですよ! あたしたちのコンビネーションを見せつけてやりましょう!!」
「……そうだね、あんなに訓練に付き合ってくれたのに、これで負けたら、もう六車さんに合わせる顔がないよ」
「そうですよ! だから絶対に勝つんです!!」
「了解致しました。ところで、今日の試合で使う車両の調整って済んでるんですか?」
「微調整はまだだが、大体は済んでいるよ……天ヶ崎くん、マシンをここへ」
「了解なのですよ? すぐに運んできますね」
今の俺に反して、自信のある面持ちで天ヶ崎さんは台車を運んでくる――。
そして、運び込まれた台車を見ると、自分が思い描いていたものとは遥かに違う、眩いばかりのマシンの風貌に驚かされる。あのオンボロの台車がまさかここまで化けるとは想像もしていなかった――――――。
「――す、すごい…………こ、これが、アノ台車ですか!? 俺と六車さんが初めて出会った時のアノ台車なんですか!?」
「そうですよ? アノ台車を理亜と久藤部長でここまで磨き上げたのですよぅ」
「す、凄い……本当に凄い、二人とも凄すぎますよ!!」
「時間がなかったので素材の根本は変えられなかったのだがね、天ヶ崎技研で精製した新素材を何とか固定して各所に張り付けてある」
「このキラキラした部分が新素材ですね!」
「さすが轟くん、その通りだ」
「この素材はですねぇ、アルミよりも軽量で強度も高いのですよ? 我が天ヶ崎技研が誇る、新素材なのですぅ」
「開発中とはいえ、見事な素材だよ……さすが天ヶ崎技研だ」
「久藤さん、アルミよりも軽いって事は、今までの訓練用のマシンよりも遥かに扱いやすいって事ですよね?」
「訓練用の車両とは比べ物にならないよ」
「そうですか……なんだか少し自信が戻ってきた気がします!」
「そうかい? それは何よりだ」
「このミラージュ・ウィザード・カスタムなら、そこら辺の連中相手なら敵無しなのですよ? あとは、トラッカーとローダーの腕次第なのですぅ」
「ミラージュ・ウィザード・カスタム……なんか、すごい名前だな………………」
「そんなことないのですよ? 普通のカッコいい名前なのですぅ」
「そ、そうですか……マシンの名前に恥じないように頑張ります!!」
見違えるほどの変化を遂げた新型車両『ミラージュ・ウィザード・カスタム』によってテンションも上がり、モチベーションに比例して体中からチカラが湧き上がってくる――。
逸る気持ちを抑え、簡単なルール説明と互いの自己紹介を済ませた後にいよいよ試合開始だ。とりあえず、練習試合という事で細かい規定は省き、より早く、それでいてローダーと荷物になるべくダメージを与えずにゴールしたものが勝ちという単純明快なルールではあるが、競技の種目によっては本大会でも使用されるエッグボール……その名の通り卵状の球体なのだが、これをなるべく無傷でゴールしなければならず、これがなかなかに至難の業らしい。ひとつ触らせてもらったのだが、強度は卵とまったく同じで、ちょっと力を入れただけで簡単に割れてしまい、中から着色した液体が流出してしまう……確かに、これをひとつも割らずにゴールするのは至難の業だという事は想像に難くなかった。
このエッグボールを台車の前方と後方に十個ずつ設置し、なるべく振動を与えず、迅速かつ正確に台車をコントロールして、できればボールをひとつも割らずにゴールするのが理想的なのだが、レースの苛酷さ故に、それがどれほど至難の業なのかをこのレースで俺は痛切に知る事になる――――――。
「――轟くん、六車くん、準備はいいかい? 問題なければすぐにスタートさせるが……?」
「はい、問題ありません。俺も六車さんも直ぐにでもいけます!」
「わかった、ではシグナルが青に変わったらスタートしてくれ……健闘を祈る――」
対戦相手とスタートラインに並んで俺たちは、今か今かとシグナルが青に変わるのを待っていた。すると秒読みがが始まり、カウントゼロの声と共にシグナルが青に変わる――。




