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だいしゃりん!!  作者: 平井 裕【サークル百人堂】
18/33

18 設計図

「――あらあら、早朝から御精がでますわね。まぁ、一応は公式戦に出場なされるわけですし……いずれ世界と戦う為には、デビュー戦ごときでつまづいてはいられませんものね」

 普段は二人の付き人が彼女の両脇に控えているのだが、めずらしく今日は単身で俺たちの前に姿を現す。相も変わらず嫌味ったらしく余裕を見せる礼宮院会長だったが、今朝の礼宮院会長はどことなく雰囲気がいつもと異なっていた。少しずつ距離を縮め、男を惑わす甘い香りが鼻につくほどの距離まで近づいてきた彼女は、俺の耳元でボソボソとつぶやいた。

「お願いします……黙っていつも通りに接してください………………」

「え!? なにを……!?」

「普段の私は、礼宮院グループから監視されています……」

「――!? え? えッ!?」

「ですが、さすがに早朝のこの時間帯は監視が非常に甘いのです…………しかし、油断はできませんので……」

「監視されているって……? 礼宮院一族の直系であるあなたがどうして? ――!? あの付き人の二人って……まさか!?」

「詳しい事情を今はお話しできません……ごめんなさい……」

「……何故、礼宮院会長がいつも儚げなのか、ちょっとわかったような気がします」

「本当に優れた感受性をお持ちなんですね、本当にありがとう……今朝、轟さんにめぐり会えた奇跡に只々、感謝の念で一杯です……それと、この事はどうか内密にお願いいたします……」

 俺の耳元で礼宮院会長はそうつぶやくと、スッと俺との距離をあけて、腕を組んでいつもの会長の空気を身に纏い、高飛車な態度で俺の顔色を窺っていた。彼女の言ったことが真実なのかどうかは定かではない。しかし、もしそれが真実だと仮定するならば、なんとなく今までの礼宮院会長の立ち居振る舞いに納得がいくのも否めなかった。何らかの事情があるとはいえ、訝しさを感ぜざるえない。しかし、とりあえず俺は彼女の言う通り、いつもと変わらぬ素振りで会長に接する事にした――――――。


「――そうそう、いい機会ですから、これをお渡ししておこうかと思いまして……」

「――? これは……車両の設計図?」

「まだ試作段階の車両ですが、次の試合で礼宮院グループが使うマシンの資料です。それを、天ヶ崎さんと久藤さんにお渡しくださいな、あの二人なら解析できるでしょう」

「どういう事です? 敵に自らの手の内をさらすような真似を何故するんですか?」

「………………それは……」

「やはり今は話せないと………………?」

「本当にごめんなさい……わたくしもどうしていいのか……でも今は、こうするのが最善かと考えまして………………」

「轟さん! こんなもの受け取ったらダメですよ!! ……轟さん!? ………………轟さん?」

「わかりました……ありがたく受け取っておきます……」

「――ッ!? と、轟さん……どうして……?」

「俺たちの独断で判断すべきではない……感情的になるな、冷静に受け止めるんだ」

「そんな! 轟さんは悔しくないんですか!?」

「悔しくないハズないだろ……しかし、これは久藤さんと天ヶ崎さんに渡すべきだ……可能性を僅かでも上げる為に……」

「さすがは轟さん……賢明な御判断ですわね……」

「……礼宮院会長、これはありがたく受け取っておきます」

「……感謝される程のものではないかもしれませんがね……………………では、ごきげんよう」

 長い沈黙の後、どこか悲哀に満ちた表情で礼宮院会長は最後に一言、そう言い残して立ち去った……儚げになる鈴の音と共に――――。


「んもぅ! ホンッッットに嫌味な人ですね!!」

「そうかも知れないけど……でも、仕方がないことなのかもしれない…………しかし、本当に寂しそうな瞳をしていたな………………」

「そんなの気のせいですってば! 少しタレ目気味だから、そう感じるだけですよ! 心の中では舌を出しているに決まってます!!」

「彼女からは、いつも儚さを感じるんだよね………………」

「ですから気のせいですってば! 余計な事は考えずに練習しましょう! 負けてたまるか! ですよッ!!」

「……いや、もうそろそろ着替えて準備したいんだが………………」

「まだまだですよッ! ギリギリまでやります! さぁ、いきますよ!! ――あっ!? それと放課後もミーティングの後に練習ですからね!!」

「………………………………はい」

 六車さんの直情径行は今に始まった事ではないが、とにかく熱くなりやすく、周囲が見えなくなりやすい性格のようだ。そのおかげでギリギリまで基礎訓練をさせられ、朝早くに家を出たにもかかわらず、危うく授業に遅刻するという間抜けな結果になる寸前だった――。そんなこんなでどうにか一限目の授業に間に合わせ、眠い目を擦りながら、ひたすら放課後を待つという苦行に耐え抜き、俺はミーティングの為に備品室へと向かっていた――――――。


「――失礼しまーす……って、また俺が一番最後ですね………………」

「気にするな、待ち時間も無駄にはしていない……ところで、礼宮院会長から設計図らしきものを受け取ったと聞いたが?」

「あ……はい、これです………………」

 礼宮院会長から受け取った設計図らしきものを俺はカバンから取り出し、久藤さんに手渡した。すると、久藤さんも天ヶ崎さんもしばらく黙りこんでしまい、机に広げた設計図を凝視しながら首をかしげ、頭の中をグルグルと駆け巡る疑問符を拭い去れないようだった――――。


「罠かと思っていたが、どう見てもこれは本物の設計図だ……」

「ステータスの信用度も間違いないのですぅ」

「これって一体どういう事なんでしょうか?」

「………………わからん、これほどまでに矛盾点のない正確なデータを相手に渡すなんて……僕には理解できないよ」

「もっとよく調べてください! 罠に決まっていますよ!!」

「しかし六車くん、罠にしては奇怪な点が多すぎる……意味が解らないよ……」

「礼宮院会長からのなんらかのメッセージでしょうかね? あの人、何か事情を抱えてるみたいですし…………」

「残念ながらそれも不明だ」

「そうですか……、わからない事だらけですね」

「ここで考えていても仕方がない……とりあえず、これは天ヶ崎くんに託す。天ヶ崎技研でよく調べてみてくれたまえ」

「了解ですよ? かしこまるのです!」

「うむ、頼んだぞ……さて、話は変わるがね。もうすぐ夏の公式戦が始まるのだが、そのまえに練習試合を行おうと思う……なにしろ轟くんは公式戦以前に練習試合の経験さえない」

「まだ始めたばかりですから、仕方がないのですぅ」

「………………面目ない」

「いや、轟くんが謝ることではないよ。それに、心配には及ばない……勝手かも知れんが、練習試合をこちらで組んでおいた。事情を話したら地元のチームが一肌脱いでくれるそうだ……まぁ、協会に登録されていない非公式のチームだが実力は確かなチームだ、お言葉に甘えて胸をかりようと思う」

「――ホントですか!? さすが久藤さん、ありがとうございます!!」

「練習試合は再来週の日曜日に行う予定だ、それまでにこちらの車両も調整は済ませておくから、轟くんと六車くんのペアはより一層、シンクロ率を高めておくように」

「再来週かぁ、相変わらず余裕はなさそうですね……」

「練習試合の次の週には、公式戦が待ち構えている……余裕などあるハズもない、気を引き締めていけ」

「了解致しました! ベストを尽くします!!」

「うむ、期待しているぞ――。では天ヶ崎くんは設計図の解析を、そして轟くんと六車くんは練習を怠らない様に……僕は何としてでも車両の調整とカスタマイズを間に合わせるから、各自が責任を持って各々の責務を果たすように……以上だ、解散!!」

 久藤さんの号令によって集まりは散会し、俺と六車さんはそのまま学園に残り訓練に勤しんだ――。ベンチワークや技術的な事は久藤さんと天ヶ崎さんに一任し、俺たちはひたすら繰り返し繰り返し訓練を重ねる……その甲斐あってか俺と六車さんのコンビネーションはそれなりに高いシンクロ率を維持できていると思う。六車さんの誘導とウェイトシフトに最近では遅れずに反応出来ているし、六車さんのやろうとしてる事もなんとなく感じ取れるようになっていた。こうした日々の訓練を重ねているうちに、自信というものは自然と培われていくようで、もしかしたら自信というものは、うんざりするほど反復継続して訓練を重ねてきた者だけが得られる精神的な技能なのかもしれない――――――。


 そんなこんなで、訓練に明け暮れる日々を送り、それなりに自信もついた俺はこころのどこかで練習試合を楽しみにしていた。何かを楽しみにするなんて事が最近は何時あっただろうか……しかも、こんな自分が練習とはいえ試合を楽しみにするなんて考えられない程の変わりように自分でも驚きだ。期末テストにしてもスポーツの昇段試験にしても、子供の頃は只々、憂鬱なイベントに過ぎなかったのだが、今では日曜日の練習試合に胸を躍らせている。自信というものは、人間をこうも変えてしまうものかと初めて実感した。前向きな努力というものを心のどこかで小馬鹿にしていた事も過去にはあったが、今では自信を生み出す継続した努力こそが人生におけるスパイスなのではと思う。味気ない人生より、ピリッとスパイスの効いた人生の方がきっと熱くなれるし、面白いだろう。そして、何時の間にやら日曜日をむかえ、そんなスパイスの効いた人生の為に、俺は練習試合に挑む――――――。

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