15 合宿Ⅱ
「――ここが天ヶ崎技研……すげぇ広い……信じらんねぇ………………」
「そんなに驚くほどでもないですよぅ……田舎の山奥ですから……」
「轟さん、ここはダウンヒルの練習にはうってつけですから、ビシビシ厳しくいきますよ!!」
「……お、お手柔らかに………………」
「――では早速、訓練開始といきたいところなのだがね……轟くん、君にはこれを装着してもらいたい」
「――? 久藤さん、なんですか? これ?」
「これは、君の心拍数や筋肉の動き、それに神経の微弱な電流から何から様々な事を測定できるシロモノだ」
「なんか、これを付けると動きづらそうな感じが……」
「確かに多少、動きづらくなるかもしれんが……しかし、正確な測定の為だ、早いところ慣れて我慢してくれたまえ」
「……はい、わかりました……でも、そんな事を測定してどうするんです?」
「君のデータをどうしても取りたくってね……最新のDLSとの適応性を高める為には必要なんだ、轟くんのデータに合わせてDLSを調整できれば、高いポテンシャルを発揮できるハズだからね」
「なるほど、そういう事でしたら喜んで」
「うむ、助かる……では、着替えて測定器を装着後、すぐに合宿を開始しよう――――」
こうして俺は、練習着に着替え、奇妙な測定機を装着後にエレベーターに乗せられ、そして更には、ロープウェイにまで乗せられて山頂付近まで誘導される――。
いくら敷地面積が広大とはいえ、まさかこれ程とは想像もしていなかった……。どうやら、ダウンヒル専用のコースが天ヶ崎技研には常設されているらしく、今回の合宿で俺は、このダウンヒルを徹底的に叩き込まれるようだった――――――。
「――ひえぇ……すげぇ高さだな……見晴らしも最高だけど、この急斜面は………………」
「さすがにこの角度の斜面は怖いかい? でも、これほど急なのは最初だけだから安心したまえ……、この急斜面で勢いを付けてから、その勢いを殺さずにうまく台車をコントロールしてゴールまで無事にたどり着く事が最初の課題だ」
「轟さんなら大丈夫ですよ! 基礎動作はほとんど問題ありませんから、あとは恐怖心を克服して慣れるだけです!!」
「まぁ、この段階でつまづかれては困るがね…………最初は只、坂道を降りて来るだけでいい、簡単だろ? 早速やってみてくれ」
「え!? 早速ですか!?」
「そうだ……僕らに遊んでいる余裕などない………………」
「わ、わかりました……」
「とりあえず、練習用の車両を使って、君ひとりで降りてきてくれ」
「は? ローダーはいないんですか?」
「まずは補助なしで、君ひとりでやってみせてくれたまえ」
「わかりました、やってみます……」
「それと、ゴールに着いたら下で待機しているスタッフに声をかけて、すぐにデータ化した記録を上に送信するように伝えてくれ、そしてリフトを動かしてもらって、君もまたすぐに、ここまで戻って来て欲しい……僕の言っている事、わかるかい?」
「あ、はい……ゴールしたら、スタッフさんに声をかけて……それから、自分もまた上に戻ってくればいいんですね?」
「うむ、御名答、その通りだ。後は、もう行動あるのみ……轟くんのタイミングで好きな時に行ってくれ……慎重にな……」
ただの練習かと思いきや、なんだか試験を受けているような気分だった。しかし、緊張感と同時に闘志も湧き上がってくる――。
俺だって、ここ数日はみっちり操台の訓練を受けてきた身だ、これくらいの滑走はやってのける自信はあった。そして、その自信通りに、おれは問題なく急斜面を颯爽と下り、左右のスラロームも難なくこなし、それなりに納得のいく操台でゴールまで走り抜けた……しかし、俺の予想に反して久藤さんと天ヶ崎さんのリアクションは冷淡なものだった――――――。
「――まぁ、初心者だしな……最初はこんなものか………………」
「基礎動作を覚えて間もないですからねぇ……仕方がないのですぅ……」
「あの……俺、自分で言うのもなんですが……そこそこ上手く出来てたと思うんですが……」
「まぁ、基礎動作を覚えたての人間にしては非常によく出来たとは思うよ……」
「理亜たちが勝手に期待というハードルを上げてたのも悪いのですぅ」
「も、も一度……もう一度やらせてください!!」
「……別に何度でも結構だが、今度はこのウェイトを載せてやってみせてくれるかい?」
「――? これは?」
「なに、これはただの砂袋さ……まずは軽く四十キロ分の砂を乗せてやってみせてくれたまえ」
「わかりました……次はもっと上手くやってみせます!!」
――長い間、忘れていたと思われる『悔しさ』という感情が久しぶりに込み上げてくる……絶賛とはいかないまでも、それなりの称賛を期待していた俺の思いは見事に打ち破られた。次こそはと思い、俺は砂袋を載せた台車を急斜面手前まで押して発進スタンバイ後、気持ちを落ち着かせ、出るタイミングを見計らっていた――。
一呼吸置いて、やや追い風が吹き始め、スピードを乗せるには好都合な状況と判断した俺は、即座に台車を強く押し、一気に急斜面を滑走する――――――。
「――!? なんだ!? さっきとはまるで違う!?」
砂袋を積んだだけでこれほど操作感覚に差が出るとは夢にも思わず、右に左に流れる車体をギリギリで制御するのが精一杯の有り様だった。もちろん、こんな状態でスピードを乗せる事など出来ず、只々ゆっくり、砂袋を落とさない事に専念して、ノロノロとゴールまで台車を転がしていった……これほど惨めな気持ちになったのは初めてかもしれない――――――。
「今度はどんな感じだったかね? 轟くん?」
「………………………………なんか、期待外れで……すみません……」
「そんなに気を落とす事もないさ、まだまだこれからだ……、これからの努力次第では、君は大きく化けるかも知れないんだ」
「……でも……俺………………」
「確かに、今の君はまだまだ未熟だ。多少自信があったのかも知れないが、自信というものは必ず崩れ去るものだ……上には上がいるし、世界は広いからね。だから君の気持はよくわかる、僕も同じ事を何度も経験している……誰しも一度は通る道だ、悔しかったら努力をするしかないんだ………………」
「……んもぅ、久藤部長は少し厳しすぎますよ! 轟さんはまだ初心者なんですかね!!」
「確かにそうだが、甘やかす訳にもいかない。少しでも早く、上手くなってもらわないと……」
「本番はローダーのあたしがナビゲートしますから、大丈夫ですよ!」
「轟くんだけの問題じゃない……六車くんのローダーとしての資質も試されているんだよ」
「――!? ちょっと酷くないですか!? あたしの腕が信用できないんですか!?」
「いや、そうは言っていないさ……ただ、大会では一切の甘えも許されないんだ、だから……」
「そこまで言うならわかりました! 轟さん、もう一度トライしてみてください……、今度はあたしがローダーとして台車に載りますから、自由に滑走してくださって結構ですよ!!」
「……? いや、しかし………………」
「ゴネゴネしないでください! さぁ、いきますよ!!」
「いや、でも……いいんですか? 久藤さん?」
「やれやれ……仕方がないね、いきなりローダーとのコンビネーションは時期尚早とは思うが……まぁ、やってみたまえ」
意外にも久藤さんに対し感情的になり、食って掛かる六車さんだったが、そのおかげでもう一度、俺はトライする機会を得る事が出来た。しかし、今回はローダーとのコンビネーション……実戦さながらのトライだった。実際、砂袋を積んでの滑走は惨憺たるありさまで、自信を完全に喪失しつつあったのだが、彼女が載りこむとなると、それもまた手応えや感覚は違ってくるだろう……、とすれば話はまた別で、過去の失態はすっぱりと忘れて気持ちを切り替え、モチベーションをどうにか取り戻し、また俺は、滑走にトライする――――――。




